天を破りて・前A10
グラディオス改に俺の居場所など無いに等しい。
以前はあった。帰るべき部屋。
でもこの帰るべき艦を墓場にする予定だ。そんな不躾でしかない俺に、帰る場所などという贅沢は、もう必要ない。
戒めのために寝床にしている営倉で休憩する。眠れないので、硬いベッドで仰臥して目を閉じるだけ。目を開いているよりマシだという。
グラディオス改は今も航行中であり、俺とトーマスとケイスマンの意志で点検と整備を行わなければならない。予定では俺がたったひとりで行うはずだったのだが、トーマスが案外万能で化け物みたいな体力をしていることもあり、多くを任せてしまっている。
「………」
大気圏を突破して、どれくらい経過しただろう。
日数にしてみれば数日は経っているはずだ。
遠い───数々の星々を超えて、さらにその奥にある宙域。
今もなお勢力を拡大し、戦力を募って進行するアンノウンの群れ。
原作ではサフラビオロスがあったポイントで衝突する。始まりの地とされる場所が最終決戦のリングとなるのだ。物語りを第三者として客観的に俯瞰すれば、展開だけなら単純に胸が熱くなる。またそこに戻り、人類の存亡をかけた戦いに身を投じる。これぞバトルものの真骨頂。
けれども、こうして第三者ではなく主観で見てみると、なんとも面倒くさいし厄介極まりない。地球から離れているから、サフラビオロスがあったポイントまで移動するために時間がかかる。
万全な準備をする時間があるとはいえ、艦内では極端にやれることが少ない。
その日の就寝時間は、特に目を閉じていても、やけに心が騒いで落ち着くことができない。感情を失っているとはいえ、苦痛は生じるのだ。感覚まで失ってはいない。
仕方なく艦内を出歩いてみることにした。点検以外ではあまり周囲を見ることはなかったし、どうせこれが最後なのだ。見ておいても損はない。
最上階のブリッジはもう見飽きた。
下の階にあるすべての部屋を覗く。そこには形だけの艦長室があった。クランドの所持品はすでに調査するという名目で、協力者であるハヴェクによってすべてドイツ支部に運ばれている。
他の部屋も、やはり引っ越し直後のようにがらんとして、ひとの生活痕すべてが撤去されて物寂しい印象だ。
下の階は宇宙なら無重力区画と重力発生区画に分離されている。
主に人間が往来する場所だから、通路もそれなりに広い。
ミーティングルーム。目を閉じれば、誰かがなにかを叫んだり、笑っていたりと、声を思い出す。
食堂は憩いの場。誰かがそこにいて、俺が少尉になる頃にはみんな気さくに話しかけてくれた。
シミュレーションルーム。クスドが頑張っていた場所。パイロットたちもよく使っていて、学徒兵が訓練に使用したりもする。足を踏み入れれば、いつだって誰かが「エー先輩!」と声をかけてくれた。
レクリエーションルーム。主要キャラクターたちと暇な時間に使用したりした。無重力区画だったので、しばらく浮遊して当時のことを思い出す。
メディカルルーム。レイシアと密談したり、説教を受けたり、頭のおかしい指導をヒナたちにレクチャーしていた諸悪の根源たる場所。用済みの医療ポッドは1基起動中。トーマスになにかあった時のため。
購買部。大量の物品が集まり、学徒兵のみならず大人も菓子を買い求めに来た。補給が順調に確保できるとラインナップも増えたのは嬉しかった。
ハンガー。俺の始まりの場所。ただの整備士A先輩はここから始まった。整備士見習いとしてカイドウから教わり、のちにドローンカメラでダイレクトサポートをしたり。
所狭しと密集していたブースにはガリウスGが収容され、製造ラインも加えて大勢が勤務していたが、今は俺のリヴァイヴしかいないし、俺以外に歩く人間はいない。
その奥にレイライトブラスター、グラディオスの主砲を収容する区画がある。タイタンジャケットを改造して冷却システムとした主砲は、その恩恵で安定し連射を可能とした。
他にも各セクションを見て回った。新たな発見がある───かと思いきや、無人かつ全クルーの所持品が持ち運ばれてしまっては、もうもぬけの殻だし、残っているものなどなにもない。
最後に居住区。テーブルや椅子も撤去されている。二段ベッドなんてジャマだし、なにより魔改造の影響で多くが入れない。他にもそういう場所があった。それは仕方ない。ちなみに更衣室もその影響で潰してしまっている。
「………結局、ここに戻ってくるんだよな」
俺に貸与された士官室だ。近くにシドウの部屋もあったが、そこは潰してしまったので入れない。
「………」
沈黙しながら周囲を見渡す。
不思議と騒いでいた精神が落ち着いてきた。
ここはこんな俺を愛してくれた3人の少女がともに住んでくれた場所だ。彼女たちも貸し出されたベッドがあったが、俺のために毎日この部屋で寝泊まりしてくれた。
今は彼女たちの私物が撤去され、俺の私物が段ボールにまとめられて床の隅に置かれていた。魔改造の範囲ではなかったものの、ブロックごとにバラバラにする必要があったから、職人のおっちゃんたちがひとつも見逃さずに確保。魔改造が完了するとひとつにまとめて置いておいてくれた。
段ボールを開ける。
俺の私物といえば極端に少ない。そこそこの大きさの段ボールひとつに収まるくらいだ。
なかにはみんなが買ってくれた俺の服だったり、ドイツ支部の近隣で買ったアクセサリーだったりがあった。
その奥底に………あった。目的のメモリー。
「これを壊したら………戻るか。いや、ちょっとだけ試しに見てみるか………」
なにも、このなかにはソータとアイリのファイト一発動画だけではなく、みんなと過ごした際に録画しておいた映像もある。たまには懐古するのもいいだろうと、端末にメモリーを挿入し、半透明の立体モニターを出現させると、ベッドに座って鑑賞してみた。
最初に流れたのは、初期のミチザネ隊が結成してから数日後。俺が整備士見習い兼パイロットチームの副隊長に任命され、祈念の集合写真をレイシアが撮ろうと言い出したから、どうせならと俺の端末で映像を残すことにしたのだ。
ブレッブレの映像だった。カメラが定まっていない下手くそな撮影。でも音声だけは鮮明に聞こえる。
みんな、笑っていた。笑いながら俺を祝福し、一員と認めてくれた。
色々な映像が出てくる。俺が撮ったものだけでなく、誰かが撮影したものを送ってくれたりと。なかには俺の義手のリハビリとか、展望デッキでふざけてダンスしていたりと。戦争をしているのに、それとは無関係の平和な時間があった。
俺がそこにいた証拠。
そしてもう俺がいられない場所。
もう二度と手にすることはない時間。
『エー先輩。だぁい好きだよ』
「ふ、ぐ………っ………え?」
中盤で、この部屋で撮影されていると知ったヒナがカメラに顔を近付けて愛を叫んでくれた。
それを目の当たりにした途端、俺は自分でも理解できない現象が起きていたことに気付く。
もう、とうの昔に欠落したはずの感情が、わずかに戻っていた。脳内チップの副作用で思考までマシーンと化したはずなのに、泣いていたのだ。
『負けないよ、ヒナ。エー先輩、愛してますっ』
『面白いことしてるじゃない。いつも一緒にいましょうねぇ。エーせんぱぁい』
シェリーもユリンも愛を述べてくれる。
その頃には涙が止まらなくて、ベッドの上に倒れていた。そこはいつもみんなと一緒に寝ていたので狭かったが、ひとりで横になると広くて嫌だった。
こんな映像見るべきではなかった。
せっかく定まった覚悟が、揺らいでしまう。
「ああ………ああっ。俺も、大好き………っ」
もうアニメではなく、現実として認知したこの世界。
無関係でいられないからこそ、俺はまた惜しくなってしまったのかもしれない。
「会いたい………会いたいよ………ヒナ。シェリー。ユリン」
叶わぬ夢というのは、なぜこんなにも残酷なのだろう。
やり遂げなければならない使命があるのは理解している。
でも、でもせめて、今この時だけは………
「死にたく、ない………っ」
リアクションありがとうございます!
いよいよ次回から最終話の最終決戦へ突入します!
9ヶ月も毎日書いていたのですね。自分でもビビりました。
作者からのお願いです。
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