天を破りて・前A09
始まった。
アスティオールの発進シークエンス。
滑走路はない。マスドライバーもない。発射台もない。
人員と機材を半年前よりもたっぷりと載せてしまったゆえに重量が増し、出力を上げなければならない。
それらの問題を解決するのが、3基から5基に増設されたレイライトリアクターだ。
巨大な炉から生産されるエネルギー量は凄まじく、かつてグラディオスに乗っていた頃は、電力のすべてを賄っていながら、火器から主砲にまで転用されるほど。
同時にアスティオールの推進器も優れたものが増設されていて、重力圏にいても問題なく推進力を生み出せるほどに。
アスティオールに道など必要ないのだ。自由に飛べる空さえあればいい。陸路とは違い、空には終わりがないのだから。
十分な推進力を得たアスティオールが艦首を持ち上げる。
「おっ、げ………!」
変な声が出た。
アスティオール艦内には、乗組員用の席がいくつかある。ただ浮上するくらいなら飛行機よりも少しだけ体が不自由になるくらいなのだが、今回は大気圏を突破するためだ。桁違いであるし、そんな経験などしたことがない。前世であってもだ。
「ぐ」
「うっ」
周囲のパイロットたちのリアクションは薄い。苦痛に耐える声が上がるものの、彼らは普段から出撃すれば常にGと戦っているようなものだしな。まるで潰れかけた蛙のような反応をするのは、どうやら私だけのようだ。
「たのしぃね! しーな!」
あ、どうやら変なのが増えたようで。私の隣に座るライラが、物凄いGに晒されているにも関わらず、両足をパタつかせるくらいの余裕を見せた。
そりゃ、彼女は本当は人間ではなく、アンノウンなのだから、疑ってもどうしようもないのだけど。でも体はほぼ人間のはずなのに、まったく影響がないとはどういうことだ?
「わーお! いすがうごいて、べっどでねてるみたいになったぁ!」
「そりゃ、お前っ………アスティオールそのものがっ、垂直にな………げふっ」
「どーしたの? しーな。くるしそう」
「こんな状況で、平然と、起き上がれるとか………お前、やっぱすげぇ」
もしかしたら筋肉がどうこうではなく、アンノウンだから関係ないのかもしれない。
さもなくば、誰よりも華奢なライラが、殺人的な加速の途中である艦内で、ひょこりと頭を椅子から起こせるはずがないんだ。
「ふ、んぐ、ぐぎぎ………もっと、鍛えておく、べきだった、なぁ」
椅子にどこまでも埋まっていくような重圧に、私の体が悲鳴を上げた。
例えばスペースシャトルの乗組員は、ただただ頭の出来が最高に良いだけでなく、尋常ではない自己鍛錬を怠らないものな。
私も軍人として、整備士になると決めてから自己鍛錬は怠らなかったけど、半年前にパイロットに転属したばかりだし、食事量とトレーニング量も増えたけど、やはりまだまだだったようだ。
ライラのなかでは、最終決戦用アンノウンJタイプを全速力で猛追しても、重圧などの苦痛は感じなかったから「へぇ、こんなものなんだ」と油断していた。やっぱりライラは特別だ。
「………よし。加速が終わるぞ」
「ぐ、は、はっ、はぁっ………」
ジェットコースターが最後の坂を下り終えて速度を緩めるように、重圧を感じなくなる。するとシドウが述べて、私の呼吸も少しずつ楽になってきた。
いったいどれくらい時間が経っていたのだろう。体感時間では10分くらい続いていたと思う。本当はそんなに長くはないのだろうけど。
『ブリッジより全クルーへ。アスティオールは初となる単独の大気圏突破に成功しました。これより指定されたポイントに移動します。総員、各セクションに戻り安全確認を行ってください。問題があれば速やかに上長へ報告を。本艦は第1ポイントを通過後、再度加速を開始します』
「………というわけだが、俺たちパイロット科は特にすることもない。ガリウスは整備科が見てくれている。なにかあれば親父からお呼びがかかるだろう。俺たちの本番はもっと先だ。それまで………ふっ。アレンが待ちきれないという顔をしているな。別の場所での待機を許す。ここから近い第2展望デッキが使えるだろう。なにか飲みながら、気を楽にしているといい。今から緊張してばかりでは身が持たないからな」
パイロットスーツのヘルメットを外したシドウは、部下に待機命令を下して、先に部屋を出る。
すると、先程まで私と同じくらいヘロヘロだったアレンが瞳を輝かせ、第2展望デッキへと急ぐのだった。
「あらあら」
「元気ねぇ。アレンくん」
ナリヤとマイアが笑いながら、しかし大人の余裕を感じさせないくらい機敏な動きで、キルカとともに部屋を出る。
「あん? どうしたんだ?」
「なにをあんなに急いでいる?」
4人が大好物が乗った食事を目にしたような子供のような姿をしているので、ハーモンとコウは首を傾げる。どうやら、このなかで正解が理解できるのは私だけのようだ。
「そんな不思議なことじゃないさ。私たちドイツ支部出身は、宇宙ってものが初めてだからな。初めて宇宙から見る外の世界が、本物なのか確かめに行ったんだよ」
「あら。なら、そういうあなただって宇宙は初めてだから興奮してるんじゃないの?」
ユリンはどこか試すような視線を投げつける。
今日の作戦開始間際、ユリンとシェリーにも、ヒナと同じように感謝され、謝罪を受けた。私はそれを素直に受け取り、謝罪を返した。それで打ち解けたからか、ユリンはいつも以上にねっとりとした視線を突き付けた。ロックオンしてやがるなこのメス。
「そりゃ初めてだから興奮してるよ? 前世でもそんな経験しなかったし。でも、ほら………大気圏突破って、思った以上に体力きつくて………すっげぇ疲れた」
「すごい声出してしましたもんね」
「うるさいよ………事実だけどさぁ」
ユリンだけでなく、シェリーまで容赦なくなってやんの。
サフラビオロスから来た、つまり第1クールから登場したキャラクターたちは、宇宙なんて見慣れてるもんな。第2クールから登場したハナは、本編が始まる前にヒナに会いに何度も宇宙に出たと言っていたし慣れているだろう。まるで実家の窓から見る景色みたいに。だから今さら、なんの感慨も湧かない。
「しーな、めでぃかるるーむ、いく?」
「いや、そこまでじゃない。宇宙が見たいんだ。コウ、肩貸してくれ」
「もっと甘えてもいい。運んでやるよ」
コウに助力を請うと、横抱きにして連れ出してくれた。
全員で向かう展望デッキ。デザインはグラディオスとほぼ変わらないし、トーマスもアリスランドと変わらないと言っていたので同規格なのだろう。しかし広域でいえば同じくらいだ。ハンガーなりブリッジなり広域化が進んでいるのにどういうことかと思えば、第1から第4まであるとおり、数が増えていた。
アレンたちはすでに4人並んで宇宙に感動しているようだ。アレンなんて強化ガラスに顔を押し付ける勢いで
観察し、時折変な声を出している。
私たちも一列に並んだ。私はコウに抱き上げられたままで、ヒナたちがニヤニヤしてくるのが耐えられず、肩を叩いて注目させ、降ろしてもらう。
初めて見る地球。こんなにも綺麗だったとは、知らなかった。
「………エー先輩は………やっぱり、いないか」
私の隣でコウが呟く。
「発進で差が付いた。どうしても後出しだったからな。しかし、追いつけるさ。アスティオールなら」
「そうだぜ、コウ。弱気になったら負けだって、シーナが言ってたじゃねぇか」
ハナとハーモンがコウを励ます。いい感じに成長しやがって。というか息ぴったりだなこいつら。エースが新規推しカップル候補とか言ってたけど、どこまで進んでいるのだろう。
「………あ、あれ!」
アイリが叫ぶ。
彼女が指差す方向を目で追う。
どうやらうまくいったようだ。
まず指定されたポイントに向かうのが目的で、アスティオールは地球の丸みに沿って飛ぶと、展望デッキからもそれが見えた。
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