天を破りて・前A08
「補助エンジン出力最大。推力上昇。水面まで30。そのタイミングでメインエンジンに切り替えるよ。一応聞いておくけど、艦が海上へジャンプしたことってある?」
「ねぇな。でもスペック上、なんら問題がないはずだ」
「そりゃいい。頑健さも売りのグラディオスだ。僕も負担をかけないよう、タイミングを間違えられないね。もちろん、最初から間違えるつもりなんか無いけどね」
「お前、どこでそんな技術を覚えた?」
「エースくんが艦長席でシミュレーションしている間に、僕もこの操舵席で色々やってたのさ。不安にならなくてもいいよ。知ってのとおり、元エージェントだ。200メートル級の宇宙戦艦だって操縦できるし。ほんの100メートル延長されて、出力が桁違いの魔改造済みの最新鋭艦だろうが、きっとやってみせるさ」
まったく。心強いなトーマスは。味方にするとこんなのにも違う。
「海上まであと5秒!」
「っ………!」
ベルトを再確認する。実際にやれば艦内が大変なことになるので、クランドは海に潜行したがらなかったが、今となっては俺とトーマスのふたりだけの艦だ。唯一の艦載機であるリヴァイヴは徹底的に固定した。機材も職人連中がトリプルチェックを済ませている。
日本人の意地と魂を信じて、グラディオスは、ついに海上へと飛び出した。
「レイライトリアクター、メインエンジンに直結! 点火!」
「ぐっ」
リヴァイヴほどではないにせよ、物凄いGが艦内を襲う。
その衝撃や重圧は、ただ海上から離れて飛翔するためのものではない。たったそれだけのことをするなら、海上に出たあとに垂直に浮上すればいい。
これまで以上の推力が必要なのだ。
「観測班からの情報どおり、進路に連合軍の飛翔物、ならび敵影無し!」
「飛べ!!」
「アイアイサァッ!!」
グラディオスが所持する3基の巨大なレイライトリアクターが生産する膨大なエネルギーを勢いよく消費しながら、巨大な艦が垂直に見えるくらいの角度で、全身がシートに深く埋まるくらいの重圧を生むほどの加速を開始。
前世ではロケットの打ち上げをテレビ中継で見たことがあるが、まさか転生してから、自分の手でそれをやるとは。原作ではアメリカ支部のマスドライバーを使ったので、まだ大人しかった。
今回は独力で大気圏を突破しなければならない。元日本支部跡地に住む、日本人たちと、ケイスマンの意志による計算を重ね、可能とするくらい改造した甲斐があった。
「ド派手に加速! 加速! 加速っ!」
「っるせぇな、この馬鹿………」
「連合軍が誇る最新鋭艦を操縦するだけでなく、打ち上げに携わって興奮しない男の子はいないよお!」
「男の子って歳か、テメェ」
これが体力と筋力の違いだろう。俺は意識が途切れかけたけど、トーマスはこのGのなかでピンピンしている。アドレナリンが大量分泌しているからって、こんなはしゃぎ方をするはずがないのに。
化け物か? トーマスは。
「コーネリア少将の艦隊より入電! 元日本支部跡地近海、南極近海より巨大な熱反応あり! 監視衛星の分析結果、来ます!」
「………やはりか。グラディオスとアリスランド。ほぼ同時に発進した。場所と時間、すべてシーナの記憶とハルモニの計算どおりだったな」
同時刻、ドイツ支部のバリアの外。かなり距離がある荒野と化したポイントにて。
アスティオールはこの日、兄弟艦と同じく初めてとなる大気圏突破に備え、浮上していた。
浮上と飛翔の訓練は何度も行っている。
グラディオスクルーとアリスランドクルーが併合し、半年間の慣熟訓練を受け、やっと一体化したからには、全員の色違いであった軍服を新たな色に統一し、腕章の下に新造のバッジをつけた。アスティオールクルーであるという自覚を持つために、かつての軋轢を隅に押しやり、仲間であるという自覚と、一体感を促すために。
グラディオスの倍はある広域のアスティオールのブリッジ。艦長席に座るクランドは、コーネリアからの合図を静かに待ち、受け取った瞬間に眼光を隅々まで飛ばす。
「グラディオスとアリスランド、大気圏を突破! 予定どおり、コーネリア少将の艦隊は静観するようです!」
「接触をせぬよう、何度も頭を下げたからな。エースならびビーツは放置! 我々も、彼らに続く!」
クランドはこの時を待っていた。
一時は裏切ったエースを追いかけて殺すという狂気が渦巻いたが、シーナの働きにより修正され、殴ってでも一緒に戦って後悔させ、共に生き残るという正常なテーマに戻すことができた。
クランドはエースに全幅の信頼を寄せていた。大人が子供に抱く感情ではないと知りながら、しかし正体が転生者だったという謎が解け、自分でも驚くくらい腑に落ちた。元々成人していた大人だった。だから歳に不相応な言動をしていたのだと。
そして、エースの代わりとは決して言わないが、自らエースのポジションを半分ほど担うと宣言したシーナにも、同じ信頼を寄せていた。彼女はなんと、前世では自分の娘よりも年上だったと聞いて、13歳くらいの外見なのにと驚いたが、転生とはそういうものなのだと強引に納得する。
「アスティオールクルーに告げる。これより本艦は、勝手を働く首謀者2名を追い、大気圏を突破する。シークエンスは1分後に開始する。総員、所定の位置へ移動せよ」
クランドはオペレーター伝手ではなく、自ら受話器を取って全艦に声を届けた。
ふたつの艦のクルーを預かる代表として。そして歴史に刻む一戦へ参戦する者として。
「艦長」
「なんだね?」
クランドの隣に座るクスドが声をかけた。
副艦長席に座るのはアリスランドの代表として、副艦長をしていた女───ではなく、クスドだった。
その女がクスドに新環境における副艦長を任を譲ったからである。「私はビーツ・クノの副艦長です」と述べて。「だからグラディオスには従えない」という意味ではなく「グラディオスの流儀に従います」という服従を意味していた。
だがクランドは見抜いていた。そのエマという女が、アリスランドに追いついたらなにかをするという目的がある目をしていたことを。それは決して悪い意味ではない。きっと彼女なりのけじめを付けに行くのだろう。
「スペック上、大気圏突破は問題ないと思われます。しかし、急ごしらえで作ったあのシステムは………再考の必要があると思います」
「連合軍が誇る、知将クスド副艦長とは思えぬ弱気な発言だな」
「茶化さないでください。それに僕は、暫定で副艦長に選ばれただけです。シーナさんの言う本編では、とっくに死んでいるはずっていう………」
「それは忘れろと言ったはずだ。我々に必要なのは、今と未来だ。別の世界の自分のことに気を欠いていては、お前の優れた戦術も薄味となってしまう。自信を取り戻せ」
「エー先輩を最後まで信じてあげられなかった僕には………自信なんて」
「………シーナが言うには、その不安こそがクスドの持ち味と言っていたな。どんな局面でも最悪の事態を予想し、回避、あるいは打開することに全力を注げるようになった今のクスドだからこそ、副艦長となることを推薦したのだろう。私は正直、彼女の推薦がなければ、お前を副艦長にすることはなかった。戦術アドバイザー、参謀としてこれまでと同じ業務をしてもらうつもりだったよ。お前は、いつでもエースとシーナの期待に応えているんだ。今抱えるその不安さえも、彼らにとっては希望なのだろうよ。………時間だ。発進シークエンス、開始!」
クランドらしからぬ激励に、クスドはようやく前を向くことができた。
短時間で集中力を取り戻せる能力こそクスドの持ち味でもある。
時間を迎え、アスティオールはついに大気圏突破のためのシークエンスに移行した。
前代未聞の500メートル級の艦が、5基のレイライトリアクターを臨界まで高め、ドイツ支部からさらに離れて飛翔。推力を得ると、艦首を斜め上へと持ち上げた。
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