天を破りて・前A06
「い、いや………えっと………私、お前に感謝されるようなことしたかな?」
ガラス越しの睨み合いの果て、思わぬ行動に出たヒナに驚いた私は振り返ってしまい、その真意を探ろうとした。
ついに直接目が合うと、ヒナは俯いてしまう。それでも言葉は止めなかった。
「シーナちゃんは………エー先輩のこと、私たちより知ってた。同じ転生者ってこともあるし、私たちにできないようなこともして、そういう会話にもなったんだと思う。だからシーナちゃんは私たちを止めて、正しい方に修正してくれた。………そうでなきゃ、今頃アスティオールでエー先輩のところに突撃してたんじゃないかな」
「………それはつまり、お前の、いやお前たち全体の指針が変わったってことか?」
「どうだろ。私はみんなの総意を代表してるわけじゃないし。気持ちは同じだったとしても、シーナちゃんと、ちゃんと話し合うべきだって思ったのは私個人の意思だから」
なるほど。ヒナはヒナなりに、覚悟があってここに来たのか。
「明日………行くんだね」
「ああ」
ヒナは歩き出し、私の隣に並ぶ。ともにドイツ支部の夜景を眺めた。
それにしても、横から見てもイカれたサイズだよな………私の顔くらいある胸をしやがって。揉みしだいてやろうか。
「シーナちゃんのお陰で、エー先輩との関係の………覚悟もできた」
「………世界中から指をさされるかもしれないぞ」
「その覚悟もできた」
「………でもひとつ、問題がある。これは………言う私も覚悟が要るし、さらに受け入れるお前の、お前たちの覚悟が必要だ」
「………うん」
わかっているということか。
エースの、予想される最悪の事態のことを。
「………もし合流できたとして、直接再会できたとしても………あいつ………もう、私たちの知っているエースじゃないかもしれない」
「っ………うん」
「脳内チップの副作用。半年間、お前たちと離れた影響で………しかも、あいつある意味で自棄になってるから、新しい異常性のあるナノマシンをリミッター外して使うかもしれない。………私はそんなことになってほしくない。でも、あいつならやる。本当にこの世界は、エース・ノギという名もなき整備士だった学徒兵のいない世界になるかもしれない。いや、それが正常な世界なんだろうけど。でも………」
「大丈夫だよ。生きていれば」
「え?」
「生きていれば、強制的に元に戻してあげるもん。何年かかっても。………シーナちゃんの言う正常な世界って言えば、私はもちろん、シェリーちゃんやユリンちゃん。コウくんやハーモンくん、クスドくんが、もういない世界だよね。でも、今私は生きてここにいる。それは、多分理由があると思う。エー先輩に助けてもらった命だもん。きっと、そこに理由があるんだ」
強い。なんだかんだ言って、ヒナは強い。強くなるために鍛えてたから───とかではない。ここまでの道のりが、経験が、ヒナを強くしたのだ。
本来なら早期退場するはずだったキャラがここまで来た。そこに意味を求める。
まるでエースのようなことを言いやがる。それも確固たる意志を持って。
それにしても「強制的に元に戻す」か。なにをしようとしているのかは知っている。でもそれを実行したら、エースは死ぬと思うのだけど。なんて告げるのは野暮か。
「………わかったよ。お前がそこまで言うなら、私もなにか対策のひとつでも考えてやらぁ」
「できるの?」
「機械工学だけは前世から強かったんだ。そりゃSFチックな分野じゃなかったけど、転生してからとんでも科学にどっぷり漬けられた人生になったからな。………いくつか考えてることがある。エースが帰って来て、ナノマシンに体を蝕まれてるって知ってからプランを考えた。すぐには実行できないかもしれないけど、希望がないわけじゃない。時間もかかるかもしれない。………それでも、いいか?」
「わかった。待つよ。いくらでも。私だって、こんなところで終わりにしたいわけじゃないんだもん」
並んでからも対面する。至近距離からヒナの顔を見るのは初めてだ。
これが男子受けのいい美少女の顔。私の超薔薇園的理想郷を邪魔する要因のひとつ。でも、やっぱりとんでもなく可愛いんだなこれが。エースの惚れた女の顔というやつは。吊り上がっている私の目の形とは対照的に、ヒナの目は猫のように大きくて丸い。デッサンを学ぶために某美少女漫画のトレースをしたことがあるけど、まんまそれに近い。背丈はヒナの方が高いけど、胸囲の格差社会は歴然としている。クソが。なんだよこの大きさは。なに食べたらこんなに大きくなるんだ?
「あ、そうだ。シーナちゃん。ごめんね。半年前は………その、シーナちゃんが怒るようなこと言っちゃって」
「あ? 別にそんなの………てか、そのゴメンっていうのは私だろ。悪かったよ。思い切りぶん殴っちまって」
「………はは」
「………くく」
なんだかな。感謝されて、謝られて、それから妙な空気になった。ヒナが先に笑い出し、つられて私も笑う。
でも、嫌な感じはしない。
これで改めて、ヒナと友達になれたって感じだ。私はグラディオス全体と打ち解けたつもりではいたけど、思い返せば同年代の同性の友人は少なかったし、目だった交流はなかった。いつもライラが近くにいて、守るのに必死だったからだと思う。
うん。たまにはいいもんだ。女の友達と笑い合うっていうのも。なんだかスッキリする。
翌日明朝。
夜明け前だというのに、死体のように眠っていた職人連中が目覚まし時計のアラームが鳴った途端に起床し、その日の作業を開始した。
眠れはしないが、体力の回復のために部屋の簡易ベッドに仰臥し、目を閉ざしていた俺は、その連中に合わせて身を起こす。
これで最後だ。元日本支部で過ごす最後の朝。
炊事班はもっと早く起床していて、全員の朝食を整えている。
決して広くはないが狭くもない食堂に大勢が集まり、配給のように配られる水稲と巨大なおにぎりを手に、歩きながら食事を済ませてドックへと向かう。
そんななか、俺はおにぎりなど必要としない体になっていたので、戸棚からいつものサプリメントを取り出すと、ラムネ菓子のごとくザラザラと口のなかに流し込んでは咀嚼し、飲み込む。サプリメントだし吟味するつもりにはなれない。最後に水を大量に飲んで、食事が完了する。他に摂るものといえば、味が酷くまずいという高カロリーかつ栄養のあるゼリー飲料とか。けど今の俺は味覚がほぼないので、固形の水のように飲み下すことができる。
「………よし」
たった5分の身支度。
なんの感慨もない機械的な作業。
「バイタルチェック………相変わらず血圧と脈拍が高いが、即入院するレベルだ。問題ない」
『生きてさえいれば、それでいいと?』
「それ以外に、なにも問題はない」
『エース。………私がタキオンを、いやリヴァイヴをきみに託した条件を、すでに忘れてしまっているようだな。かつて私を作った私が設計した脳内チップや、インターフェースを用いての神経接続型ガリウスへの搭乗権。きみは昔、そのすべてをクリアしたのでタキオンへの搭乗許可を出した。しかし今のきみはどうだ? とてもではないが、リヴァイヴに乗せられるようなバイタルも、条件も、満たしていない』
「勘違いするな。俺が乗るのはリヴァイヴじゃない。グラディオス改だ」
『とんだ屁理屈だ』
「なんでもいい。けどな、ここで契約終了ってのは無しだ。最後まで付き合ってもらう。人類とアンノウンの最大のぶつかり合いに、お前がいないとグラディオス改は動かないからな」
『………その心配には及ばない。リヴァイヴは封じさせてもらうが、グラディオス改の制御は継続する。ここまで共に来たのだ。特異点たるきみの出す答えと、世界の行く末を最前線で目の当たりにするのも悪くないだろう』
「それならいい。リヴァイヴは好きにしろ」
今さらリヴァイヴを封じ込められたところで計画に支障はない。思えば、搭乗したのはたったの数回だったが、タキオンの後継機として俺なりに愛着があったとはいえ、今となってはそれを失ったところで、微塵も感情の揺らぎはなかった。
ブクマ、評価、感想、リアクションありがとうございます!
明日は日曜日ですね。先週のようなリミッターを外すような飲み会もないですし、4回を目指して更新したいと思います!
最初は0時に更新します。応援よろしくお願いします!
また、この作品が終了したあとに、ちょっとしたものも書きたいと思っております。今からそっちも書き溜めなければですね!
作者からのお願いです。
この作品は皆様の温かい応援で成り立っております。ブクマ、評価、感想、リアクションなどのありがたい応援を、ガソリンのごとく注入していただければ、作者は尻尾があれば全力でぶん回しつつ筆を加速させることでしょう。何卒よろしくお願いします!
誤字脱字報告、ご質問も大歓迎です!




