天を破りて・前A05
さらに4ヶ月が経過した。
既存のパーツと新規パーツを組み合わせることで、新造グラディオスが………やっと完成する。
約半年を費やしての、ほぼ不眠不休の鬼畜スケジュール。そうでもしなければ、ここまでやれなかった。
仕事に命をかけ、古来より職人の国とまで言わしめた日本人の意地と沽券を見事やり遂げた高田たちには感謝しかない。
「いよいよ、明日だね」
「はい」
「ここまで来たからには、勝ってもらわなければね」
「はい」
「体調は?」
「仮眠も済ませましたし。あとはこちらで」
「………人間をやめてしまったような口振りだね」
「もう人間とも呼べるかどうか」
グラディオス改と名付けられた、白銀の戦艦。300メートル級のそれを見上げ、俺と高田は並んで立っていた。
昨日まではそこらにいた職人たちは、揃って自室に戻り泥のように沈黙し、眠っている。
高田もそうしたいだろうに。もうほぼ眠ることができなくなった俺に並んでくれている。
「本当は盛大に祝って、英気を養わせてあげたいのだが」
「もうほぼ食べることを必要としなくなったこの体には不要です」
「緊張とか、不安はないのかい?」
「特には」
「………そうか」
寂しそうな顔をする高田。
俺はその横顔を一瞥し、特に思うこともなく視線をグラディオス改に戻す。
脳内チップの副作用が極限まで働いてしまった影響で、もうほぼ感情というのが………欠如した。
解答さえも機械然として、抑揚さえ生まれない。
睡眠と食事を受け付けなくなったとはいえ、数分の休眠状態と、最低限の栄養は必要だ。肉体の崩壊は避けなければならない。よって、最近はドーピング同然の、栄養剤の摂取が俺の食環境となっていた。
もう、ほぼなにも感じない。
五感が正常に働いているかどうか。感情の起伏。記憶。───つまり内側の、人間が人間らしく人間たらしめるものが極端に消滅している。
ただ、なにも思わないということはない。感受性というよりも、わずかな感情というものか。こんな機械然とした俺にも、ほんの1ミリくらいは罪悪感というものがある。もう口にする必要がないので言葉にする機会はないのだが。
危機感もあるが使命感が優先。俺の体の回復など必要事項にもない。
それから、かなり長い沈黙が続く。
高田は何度か俺の顔を覗いていたようだが、やがて諦めたようで、そっと踵を返した。
「………そうだ。エースくん」
「はい」
「勝ったあと、地球に降りることがあったら、もう一度ここを訪れるといい。我々はいつでもきみを歓迎しよう。なんなら住居だって用意しようじゃないか。以前、檜の風呂に興味があると言っていただろう。長いこと手つかずの山がいくつもある。伐採し放題だ。だから………この日本を、きみの第2の故郷と思ってくれていい。帰れる場所があるというのはね、それだけでモチベーションが違ってくるんだ。きみに食べさせたい日本食もまだある。できることはそれくらいしかないけど、せめてものご褒美のひとつくらいあってもいいと思う。………帰って来いよ」
「………はい」
俺は高田に安請け合いのような約束はできなかった。そして嘘をついた。
高田は俺の嘘を気付いただろうか。
俺が二度とここに帰って来ることはないと。
確かに帰ってくる場所があるだけでモチベーションは違ってくるだろう。
でもそれは今の俺にとって、贅沢すぎるのだ。そんなものは無くてもいい。
「戦いに勝つ………それだけが、俺の………」
俺のたったひとりの戦い。
それが生きる意味であり、死に場所という終着点。
俺の───
「───ハルモニ」
『イェス。メカニック・シーナ』
その日の夜のこと。私は第3展望デッキにて、夜空に浮かぶ月を見上げて、ホットコーヒーを傾けていた。腕の端末に語り掛けると、知った電子音声が応えを返す。
4ヶ月前に発見したとあるフォルダから、エースが使っていたハルモニのバックアップデータを発見し、初期化してしまったハルモニの教育に利用。予想以上の期間でハルモニは元通りになり、そしてアスティオールの学習に取り組み、今ではグラディオスと変わらぬ運用と制御を可能にしていた。
艦内でハルモニを使える人材は限られている。
艦長のクランド。製造者のカイドウ。カウンセラーのレイシア。カイドウに認められ、新たに許可を与えられたモーリス。そして私。
カイドウとクランド、あるいはどちらかの権限さえあれば許可が下りて使えるようになる。
多くの人員に権限を配布しないのは、悪用されないためとか、過負荷をかけないためとか、色々あるのだろうけど。
私のように、就寝時間前にハルモニを喋り相手にするのは無駄遣いの極みとも呼べるだろうな。
………いや、すべて無駄遣いをしているわけではない。これでもカイドウに認めらたし、エースの代行者でもある。私にできることをするために、ハルモニを呼び出したのだ。
「再度計算。条件そのまま。………結果は?」
『70パーセントを超えています』
「………ま、今さら変更するったって、そんな余裕もないし、私とお前が揃って間違うはずもねえか」
『イェス。………メカニック・シーナ。あなたはこの機をあえて見逃し、出撃したくないという心持なのでしょうか?』
「まだ前のハルモニよか人間の感情ってものの学習が浅いか。恐怖………には違わないだろうな。あえて言うなら、エースのことだし、なにか裏をかいてきそうで怖いんだよ。私たちの努力を無駄にしたくないってのが大きいかな」
『申し訳ありません。うまく理解できませんでした』
「いや、いいよ。私が出した条件が特殊過ぎたんだ。もしたられば、をフル行使の未来予想だもんな。また今度教えてやる。もう閉じるぞ」
『イェス』
度重なる会議に私も参加し、前世の記憶を頼りに距離と時間を計算した結果だ。
エースは明日、おそらく出撃する。私たちはそれに合わせなければならない。手段なら、ある。
「絶対にひとりで戦わせるもんかよ………ん?」
その時だ。
もう就寝時間も過ぎているというのに、私のようにこっそりと抜け出す馬鹿者が、第3展望デッキに足を踏み入れた。
「………」
「………」
私はガラス越しに、その少女を見た。その少女も私の背中、というよりもガラスに反射している私の顔を見ている。
歳の割には胸がデカすぎる、私の対極となる体型のメス。ヒナだ。
そういえば、私が転生者であることを明かし、エースを殺すことを同意したヒナたちを張り倒してから、まともに会話をしていないのだった。
あれから半年も経つのにな。私もパイロット科に転属したのに、顔をじっくりと見合わせた記憶もない。
私にもあるのだろう。負い目というやつが。
「………」
「………」
「………」
「………」
いやなんか言えよ。
目と目が合っているのに、無言のままとかメンタルに来る。
ヒナはサフラビオロスのアスクノーツ学園ではパイロット科にいたし、それなりに鍛えていた。軍人となってからはより磨きをかけたので、それが整備士に張り倒されたことでプライドが損なったので、お礼参りをしに来たというのなら、甘んじてそれに応じて殴り合いをしてもいいのだけど。
けどヒナの表情は、とてもではないがお礼参りをしに来た奴のものではない。
好意はない。しかし敵意もない。
わけがわからない。いったいこの乳だけは立派なメスは、私になにを求めているんだ?
「………り、とう」
「え?」
「だから………あ、りがとう」
「………は?」
お礼参りどころか、礼を述べられただと?
どうなってやがる。このメス。
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