天を破りて・前A01
2ヶ月が経過した。
長いようで短い時間だった。ワープしたかのような、あっという間の時間。
元日本支部跡地では、急ピッチでグラディオスの魔改造が行われている。職人たちは誰もが疲れの色が濃くなり、時々集中力が途切れて失態を嘆く雄叫びが聞こえた。
されども日本人というのは、元々連帯感や仲間意識が強く、集団で動ける組織のような人種で、個人が発生させてしまった失態も周囲がカバーすることで、自動とも思える所作で完璧なフォローができるようになっていた。
「エースくん。そろそろ休んではどうだい?」
この富士ドックの責任者をしている高田が、機材の下に潜り込んで作業をしている俺に声をかけた。
「皆さんがほぼ不眠不休で作業をしているのに、俺なんかが呑気に寝てなんかいられませんよ」
何本ものケーブルの接続作業を行っていた俺は、オイル塗れになりながらも機材の下からヒョコりと顔を出して答えた。
「1週間はまともに眠れていないそうじゃないか」
「眠くなくて」
「食事だって疎かになっているそうだが?」
「食欲なくて」
「作業は折り返し地点に来ている。我々を信用してくれてもいいんだよ?」
「信用してます。だからこそ、俺もなにかしていなくては落ち着けないんですよ」
一昨日からこんな会話をするようになっていた。
みんな俺を心配してくれている。仲間だと認めてくれたからだ。
でも、俺は高田たちに嘘をついた。
睡眠と食事を欲しない体になりつつある。
すべては脳内チップによる副作用の影響だ。
人間の三大欲求のうち、睡眠欲と食欲が消えて、機械のような体になりつつある。それを治すために性欲を解放することで、人間が人間たる人間らしさを呼び覚ましたのだ。
そこに愛情を加味して、ヒナ、シェリー、ユリンが性欲を解消してくれたのだが───もう、彼女たちを抱くことはない。
よって、ケイスマンの意志による制御によって遅行性になりつつも、確実に体に影響が出始める体質へと変化しているのだ。
今はわずかな睡眠と、栄養剤で命を繋いでいる。苦痛でしかないはずなのに、なんともないし、むしろ体調もいい。体が重たくなること以外は平常運行だ。
「辛くなったら、言うんだよ? いや、なにも言わずとも抜け出して、ベッドで寝ていてくれても構わないから」
「ありがとうございます」
「いや、本当にわかっているのかい? きみは、うちの職人たちより労働時間が長いって気付いているのかな? ………気分が高揚してしまうのも無理はない。せめて、体力をつけなければ。家内が作ったおにぎりを持ってきた。あとで必ず食べてくれよ」
「わかってます。お世話をおかけします」
普段なら、おにぎりでも喜んでがっついて食べるんだけどな。
高田が去る。すると、近くで同様の作業をしていたトーマスが、俺のところに来た。
「そろそろマジで休まないと、倒れるよ?」
「倒れないようにできてるんだよ。俺の体は。………それから、そこのおにぎり食っていいぞ」
「あ、そう」
俺と同じく、つなぎ姿をしているトーマスは、やはり前進汗とオイル塗れになっていて、頬には煤だってついている。重厚な手袋を外すと、アルミホイルに包まれていた海苔で巻かれたおにぎりを掴んで食べた。
「うぅーん。すっぱ………僕、まだ梅干しってのには慣れないなぁ」
「クエン酸が疲れた体を癒すんだよ。ありがたく食っておけ」
「もちろん、残さず食べるけどさ。体力勝負だし。エースくんの1個だけ残しておくからね。そんな体にいいものなら、ちゃんと食べなよ? ほら、今」
「………ったく」
また作業に戻ろうとする俺を射殺すような視線で射抜こうとするトーマスから逃げられず、仕方なく手袋を外して、床に座る。投げられたおにぎりをキャッチし、アルミホイルを外して一口。
「どう? おいしい?」
「………わかんねぇ」
「え、どういうこと? わかんないなんてこと、ないでしょ?」
「食欲減退の理由は、空腹感が薄れているのと、あともうひとつ。味覚の麻痺にあるんだよ。味覚まで麻痺してくるのは初めてで、最初は焦ったけど………今じゃもう、焦りすら感じなくなった」
チビチビと米粒を齧り、梅干しも齧ってみる。
米には適度な塩気が、梅干しの酸味がマッチしているのだろうが、今ではもう、塩も薄いおかゆみたいな味しかない。
嗅覚が辛うじて生きているので、まだ不快感はないが、それでも………いつかそれさえも消えるのだろう。
「大変な体になったね」
「後悔はしてねぇよ」
「僕だったら絶望してたよ」
「元エージェントが、なにほざいてやがる」
「それを変えてくれたのはきみさ。そのきみが、こんな形で苦しむようになってしまった。………友達としては、なんとかしてあげたいんだけどね。ねぇ、それなんとかならないの?」
「さぁな。忘れたよ」
まさか抱かせろとも言えないし、同性を抱く趣味もないし。
もしトーマスに治し方を相談したら、なんだか最近は友情に感化されたトーマスなら、高田に告げ口し、元日本支部跡地に住まう誰かを生贄然に差し出すかもしれない。
見たところ、子供たちも多くいる。幼児から高校、大学生くらいの年代とか。
そういう若い女を宛がわれても、お互いに迷惑なだけだろう。
前世なら、その、ね? 風俗とか、そういう金銭による性欲の解消手段を使えたのだろうけど、そんなところ行ったこともないし。
なるべくなら、愛のない性行為は避けたいのだ。童貞みたいなことを思っているのは認めるけど。
「さて………これが終われば、全体の組み立てと、シミュレーションによる実験だ。今日こそ0.1秒短縮するぞ」
「無茶するよ。まるで自殺が趣味みたい」
「俺だって、できることなら死にたくねぇよ」
「ん? なんか言った?」
「なんでもない」
「そう?」
トーマスは多分、聞こえないふりをしてくれた。
彼は俺の身の上はすべて知っているし、これからなにをしようとしているのかも知っている。
だからこそ、聞かなかったふりをすることで、俺の覚悟が揺らぐことなく、意識のなかにしっかりと存在することを優先してくれたのだろう。
奇妙な関係ではあるが、今はトーマスが頼りな部分もある。言葉にして伝えるのはまだ先だが、俺はこいつに確かに感謝していた。
2ヶ月が経過した。
長いようで短い時間だった。ワープしたかのような、あっという間の時間。
過ぎ去りし日々のなかで、私たちは新たな力を手にした。
原作よりも規模が拡大化した、規格外なサイズとなった特殊強襲特装艦グラディオス級三番艦、アスティオール。一番艦グラディオス、二番艦アリスランドに続く、翡翠色の艦。
そのサイズたるや、100人では制御できないということで、急遽アリスランドのクルーを受け入れることで200人以上が揃い、これまで以上の予想外な事態に備えることになった。
そして今。アスティオールの上空。
この日、急な敵襲があった。Jタイプを中心に、様々な敵がドイツ支部を包囲するように布陣を展開。アンノウンといえば戦略のせの字も知らないような存在と思われたが、最近では目を見張る成長を遂げているようにも思う。質と量を兼ね備えた波状攻撃だ。
アスティオール勢の艦載機はすでに収容していて、アスティオールにハルモニを取り付けてから急ピッチでセッティングを構築していたため、ガリウスはその恩恵をあまり受けることができない。
それでもナンバーズは出撃し、連携で対応。
そして、整備科からパイロット科に転属することとなった私は────
「私の腐力は53万ですッ!!」
『ふりょく………たったの5か………ごみめ!!』
ライラと同化して、エメラルドグリーンの姿のアンノウンとなり、上空を飛翔しては超薔薇園的理想郷イメージを続々と敵にぶち込んで、内側からの崩壊を誘発させていた。
それにしたってライラのこのノリの良さときたら………いったい誰の影響だ? 私しかいないのだけど。
リアクションありがとうございます!
ついに最終決戦が始まろうとしています。私はシーナとライラのペアが大好きになってきました。構想段階では、こんなコミカルなやり取りをさせる予定はなかったのですが………
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