星に抱かれし者A07
途中参加である私は、どうしても第1話から第12話までの全員を知らない。
わかるのは第12話から第13話の、通称「語られざる半年間」で見聞きした情報のみ。
話に聞けば、クスドは影が薄かったが、とある事件を契機に頭角を現し、予備パイロットから戦術アドバイザーに鞍替えすると、グラディオスの重鎮たちと対等に会話ができるようになったとあった。
その原因の最大の特徴は、やはりクスドにとってのターニングポイントを作り出したエースにある。
クスドはエースが大好きだったのだ。彼の言うことは疑わなかっただろう。私の目の前で何回か頭を撫でられていたが、本当に嬉しそうにしていた。仲の良い兄弟みたいに。それはカイドウやアーレスたちの共通認識であったに違いない。
でも今のクスドは、これまでのクスドとは違っていた。
あんな濁った目をしているのを、見たことがない。
「僕の戦術はもう、エース・ノギにも通用すると確信を持てます。探し出すこともできるでしょう。しかし、いざ対面するとなると………ここにいる全員の意志をぶつけることになります。エース・ノギとの戦いは避けられないでしょうね。エース・ノギの手元にはグラディオスがある。そうなると、僕たちの居場所だったあの艦を最悪破壊することになります」
「構いやしねぇよ!」
「そうだ! あんな悪魔みたいな男の手に渡るくらいなら、いっそのことぶっ壊した方がまだマシだ!」
「グラディオスを奴の墓場にしてやれ!」
全員、殺意で満ち溢れる。
その場に座っていた私は、もうみんなを直視することができなかった。
それでも逃げ出さなかったのは、私の立場を悪くしない保身があったことと、隣で恐怖に震えているライラを見捨てることができなかったのもある。
みんな怒り狂っている。
正気を忘れるくらいに。それは仕方ないことだ。普通の状況ではない。艦内に裏切者がいて、これまで平然と闊歩を許し、そして信頼してしまった我が身の愚かさにも腹を立てているのだろう。
行き場を失っていた怒りが、明確な指針が整い始めると、より凶暴さと凶悪さを増して、おそらく遠い地の向こうにいるエースを殺せと息巻く連中が最悪な方向に走り出さんとする。
私は黙って地面を見ていた。
こいつらはなにも知らない。当然だ。エースはなにも自分のことを教えなかった。
そして、同時にエースの真意も知らず、守られているという事実も知らず、気付かず、暴走する。
私もなんだか、腹立たしくなってきた。気持ちが悪くなるくらいに。
エースへではない。事情を知らないとはいえ、身勝手な暴論を並べる仲間たちへだ。
「しーな」
「大丈夫………お前はなにも気にしなくていい。私が耐えていればきっと、納まるから」
「がまんしなくていいんだよ」
「ッ………!」
ライラは、なんて残酷なことを言うのだろう。
それがなにを意味しているのか理解して───いた。
顔を上げてライラを見る。彼女は今、ここにいる誰よりも澄んだ瞳をしていた。そして私を信じてくれていた。嬉しくなってしまう。
「みんな………エース・ノギを倒そう。いいよね?」
クスドは最後に、なにも言わないパイロットたちへと確認を取る。
ソータたちはなにも言わなかった。エースを殺そうとも、現状維持に徹したいとも。
ただ黙って現状を見守っていた。それが今、クスドによって、学徒兵を代表するグラディオスの重鎮のひとりとして、封印が解かれようとしていた。
ソータは地面に座ったまま、クスドを見上げ、やがて───コクンと首肯した。
「馬鹿野郎………お前らに人殺しなんて、させるかよ。やるなら………俺がやる。エースはせめて俺が………撃ち殺す。お前らは、その咎を受ける必要はねぇ」
「待て親父。その役目は俺だ。隊長として。異物を隊に持ち込んでしまった者として。俺がけじめを付ける」
エースの処分を巡って、カイドウとシドウが吐き出すように述べたが、それもヒートアップした意見にかき消される。「あいつをぶっ殺すのは俺だ」とか「私だ」とか、クソ呑気に言ってくれやがる。
もう、限界かもしれない。私は絶叫して、カイドウとシドウに襲い掛かるところだった。
が、その矛先は不意に別の方向へと向けられることになる。
「みんな、覚悟はいいね?」
クスドはパイロット全員に問う。
恩人を殺すことになるかもしれない戦い。それがどこかで歪められてしまった宿命の延長上にあるのかもしれない。
ハーモントコウは泣きそうになりながらも首肯した。アイリは泣きながら首肯する。
キルカ、ナリヤ、マイア、アレンも同じ。気乗りしないが、やらなければならないと理解しての了承。
そして最後に、誰も触れたがらない3人に、クスドは踏み込んで触れて、覚悟を尋ねた。
「ヒナ。シェリー。ユリン。エース・ノギは3人にとって大切なひとだった。でも殺さなければ、もう僕たちは納得できないし、軍人として再出発できなくなってしまう。けれどきみたちにとっては、仮にも愛してしまったひとだ。酷なことを言っているのはわかっている。だから今回は、僕たちの作戦に乗ったとしても同行はしなくてもいいよ」
「………気を遣わなくてもいいよ」
クスドの配慮に、彼と同じくらいの深淵を思わせる闇の色をさせた瞳のヒナが返答した。
それは聞きたくなかった。一番耳にしたくなかった回答だった。
寄り添い、3人で固まって座ってひたヒナたちは顔を上げ、ゆっくりと立ち上がる。
「もう、あのひとのことは忘れることにしたんだ」
「私たちだけじゃない。みんなをこんな目に遭わせたあのひとは許せませんし」
「本当に残念だわ。本当に、愛していたのに。けど今となっちゃ嘘みたいになにも感じないの」
心が麻痺しているのか、壊れてしまったのか。
いや、問題はそこではない。
ずっと一緒だったはずのヒナ、シェリー、ユリンが、エースを殺すことを賛同してしまったことについてだ。その返答だけはなにがあっても聞きたくなかった。
「私がエー先輩を殺す、ッ!?」
咄嗟のことだった。
本当は黙ってやり過ごそうとしていたのに。
ヒナがエースを殺すと宣言した刹那、カッとなった私は立ち上がり、周囲の人間をかき分けてヒナの前に立つと、なんと握った拳で殴り倒していた。
「おい馬鹿なにしてんだシーナ!」
「うるせぇカスどもッ!! テメェらさっきから好き勝手に言いやがって………このクソバカタレ野郎がァッ!!」
「あぐっ!?」
もう収拾がつかないくらい怒り狂っていた私は、目の前にいたクスドの鳩尾に飛び膝蹴りを繰り出していた。
周囲の人間が私を取り押さえようとするのだが、その前にヒナの報復かシェリーが右手を振り上げた。そのビンタが来る前に前蹴りで押し倒す。だが次のユリンはそうはいかない。武闘派パイロットのなかでもトップだ。貫手が迫る。
狙いはわかっていた。ストレスと極限状態で、ユリンも暴走して私を殺すつもりで放った指先は眼球を狙っていたのだ。顔を反らすと爪が頬を掠める。焼けるような鋭い痛みにも構わず踏み込んで、いつもなら躱すだろうが冷静さを欠如しているユリンの顔面に、思い切り頭突きする。
周りは唖然としていた。
パイロットはガリウスに搭乗し、操縦するために日々トレーニングを積んでいたが、それがたったひとりの小柄な整備士によって叩きのめされるという珍事に、驚愕するしかなかった。
もう誰も近寄ってこなかった。手負いの獣然とした私に、どうアプローチするのか迷っている。あのアーレスであっても。
それならいい。もう、どうにでもなればいい。
あろうことか、エースを殺すというもっともやってはいけない計画を練ったバカタレたちに、教えなければならない。
代償が………おそらく、私の命。あるいは未来であったとしても。
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