星に抱かれし者A02
しばらく目を閉ざしていた。
場所などどこでもいい。
本来なら艦長席にでも座って、光が届かないほどの深度を進むグラディオスのブリッジから、海中を見るのもいいだろう。
だがそれは有事の際と決めていた。
ハルモニはグラディオスにない。その代わり、ケイスマンの意志がハルモニの代行をしている。
リヴァイヴのレイライトリアクターのブラックボックス内に潜伏していたそれは、ドイツ支部から持ち出されることなく艦内で調査をすると情報操作を行ったこともあり、カイドウがハルモニのシャットダウン作業を陰で着々と進行させると同時に、ケイスマンの意志をグラディオスにインストールする作業も進められていた。
そのお陰で、ハルモニが不在であってもケイスマンの意志がグラディオスを統制し、操舵することができる。俺は不要だ。
よって、体を休めるべく、俺はとある場所にいた。
営倉である。どこももぬけの殻と化して、クルーの私物はひとつとして無い艦内は、あるいは忘れ物や処分すべき不用品もあるだろうが、空室だらけで、どこを使ってもいい。男子部屋だろうが女子部屋だろうが。
ここは田山花袋の「蒲団」を見習って、もうここにはいないクルーの、主人公勢の存在を認知するために、各部屋のベッドに潜り込み、ここにいたという証を確かめるべく、かつて俺が不在だった時にヒナたちが俺の私物で行ったように、嗅覚で堪能するのもまた一興だろう。ド変態の所業と忌み嫌われようが、推し活の申し子としては一度は挑戦するべきだ。
しかし俺には自戒がある。一度とは言わず何度も戒めを破っておいて今さらなにをと自嘲してしまうが、これだけは守らなければならない。
もう俺には戻るべき場所がない。正確に言えば、待ってくれるひとがいない。俺が推し活を超越した、自ら禁断としてしまったファンとしての立場を瓦解させた愚行の数々。その果てに俺は選んだ。選んで選んで、迷いながらも、愚かだと理解しても決めた。どうせ長くない命。賞賛などない未来。俺の命の使い道。
営倉にひっそりと身を置く。これが俺の自戒。自らを独房に置くことで女々しく罪人であることへの自覚を促す。俺はどうあっても逃げられないのだと。
けれども、そういう状況にあっても腹は若干空く。症状を抑えているので、空腹感が少し戻ってきた。営倉にぶち込まれた当初は空腹で死にそうになったが、弱弱しく見せなければならないので、あえて食事を控えたのだ。脳内チップの合理化システムが容赦なく俺の頭脳を支配しようとするのを阻止しながらの戦いはきつかった。
エネルギーバーを齧りながら硬いベッドに寝転んだ。ケイスマンの意志は「無駄なことを」と軽蔑する意見をくれるが、これが俺の決意であると見せ続けることで、やがてなにも言わなくなった。
ちなみにエネルギーバーは購買部から拝借した。食糧庫にはまだ備蓄があるが、俺はそこまで料理がうまくないし、こんなところで無駄遣いをしたくはない。適当な食事で栄養さえ満たせればいい。
「………あいつ、捕まってないだろうな」
『その心配は不要だ。連合軍はそのような発表をしていない』
持ち込んだエネルギーバーを食べ終えて呟くと、ケイスマンの意志が応えを返す。そこまでリクエストしていないのだが、せっかくなので質問してみた。
「なんでわかる?」
『無論、無線や様々の通信を傍受したからさ』
「そんなことしたら、こっちの位置がバレるんじゃないのか?」
『それはない。この艦は連合軍の最新鋭艦だ。で、あるからには相応の能力も秘めている。大したものだ。今なら地上のすべての通信を傍受することができそうだ』
「………なんで、クランド艦長はそれをやらなかったんだ?」
『消費するエネルギーが大きいのもある。100名を超えるクルーが乗った艦でそれを実行すると、ライフラインにも異常が出るかもしれない。だが今、この艦に乗っているのはきみひとりだ。極省エネモードで航行したとしても、たったひとりの生命維持にはなんら問題が出ない』
「なるほどね。だから普段できないこともやれるのか」
『そういうことだ。目的地まではまだかかる。きみはこのまま休んでおきたまえ』
一々偉そうにするケイスマンの意志という人工知能と議論したところで勝てるはずがない。
出番はまだ先ということもあって、俺は眠れるかどうかはわからないが、目を閉じて呼吸だけに専念する。
しかし人間、そううまい具合にできたものではない。
集中しようとすると、どうしても他のことに意識が向いてしまう。前世なんて、翌日に大切なイベントがあるので早くベッドに潜り込むも、どうも目が冴えてしまって眠れず、スマートフォンに手が伸びて、動画サイトでも開いて、気が付いたら朝だった。とう前例もよくある。
ここには動画サイトなんてものはない。
やることもないのはモチベーションの低下に繋がる。そういえば、俺の自室の私物を入れていた箱はヒナたちが触れていなかったし、そこに封印した隠し撮り映像もあったはず。思い出のムービーなど。
ただ懐古すると傷が開きそうなので、漁りに行くのはやめた。
代わりに、とある記憶を思い出す。
それはビーツがドイツ支部の艦に収容されたばかりの頃、俺とシーナで面会しに行った時だ。
俺はビーツを「負け犬」と嘲笑して、ビーツは辛辣に「死ね」と返した。
───そう。あの時から、俺とビーツの共同戦線が始まったのだ。
ビーツを収容するに至り、コーネリアは一室を完全な電波遮断素材で覆い、外にも装置を置くなどして、徹底してビーツの能力を奪った。脳内チップに至っては9割ほど遮断された───とシーナたちに教えたが、実はあれは嘘だ。
実際には6割くらいの制限だったのである。
側頭部を針で刺すような痛みしかないのがその証左だ。脳内チップを搭載したジョーを完封したことがあるシーナにバレるのではないかと思うとヒヤヒヤしたが、うまく誤魔化せた。スパイであったジョーは、シーナがガリウスのレイライトリアクターを一定の数値まで回転させることで発生する周波数をすべてぶつけることでジョーの脳内チップを破壊する勢いで封じた経験があった。多分その時、ジョーは立っていられなかったはずだ。それが9割以上を封じた際の正しいリアクションである。
ビーツはいつでも脱走できたのだ。それをしなかったのは、敗北したという自覚があっただけ。監査に謎の冤罪を突き付けられ、営倉に入れられていた俺の時と同じように。また、腕の端末や、なによりアリスランドを強制停止させられ、漆黒のイレイザーも大破してしまっては、もう成す術もない。仮に漆黒のイレイザーが修理してあったとしても、俺という抑止力があっては、自ら死にに行くような真似はしない。ビーツ、いや楠木美壱とはそういう男だ。
そこに俺が接触したことで、うまい具合にビーツにとっての起爆剤となった。
俺とビーツが子供のような論争をするのは、あの時同席していたコーネリアの部下たちにはさぞかし滑稽にも見えただろうが───実はすべてがブラフだった。シーナさえもわからなかっただろう。
あの時、俺とビーツは口では罵り合いながらも、脳内チップをリンクさせ、全力で情報のやり取りをしていたのだ。
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