龍紋を放つB09
「なんだ! なにがどうなってやがる───」
『総員に警告する。グラディオスは1分後に浮上する。搭乗している作業員は即刻退去せよ。時間となっても残っていた場合、命の安全は保証しない。───繰り返す。総員に警告する。グラディオスは1分後に浮上する。搭乗している作業員は即刻退去せよ。時間となっても残っていた場合、命の安全は保証しない』
「………っだよ、こりゃあ」
あのカイドウでさえ狼狽する展開に、私は呆然とするばかりだった。
グラディオスが浮上する?
というか、この男の声はなんだ?
システムは? カイドウが開発したグラディオスを統括し、簡略化するシステムを有する高性能AIたるハルモニの本体は外にある。私は振り返って、それを目視した。偽物にすり替えられている形跡は───ない。カイドウ自身も認める、正真正銘の本物の本体だ。
これがなければ、グラディオスは知識を搭載し、慣れている者でなければ動かせないはず。
グラディオスから慌てて大勢が転がるように退去する。
ここにいるのは全員がグラディオスのクルーで、退去したのは搬出するための作業をするドイツ支部の整備士たちだった。
30秒が過ぎた頃、グラディオスがゴゴゴッと音を音をたて、メインエンジンの回転数が臨界へと向かっていく。
「本気で飛ぼうってのか!? いったい誰がそんなふざけたことをしようとしてやがる! お、おいエース! 寝てんじゃねぇ! テメェなにか知ってんだろ! なにが起きた………なっ、なんで………なんでデーテルが、パイロットスーツを着て寝っ転がってやがる!?」
「と、止め………奴を………止め、ろ………」
「ぁあっ!? 止めろって………誰をだよ!」
「エース………を………」
「エース………っ!?」
エースのパイロットスーツを着用していたデーテルが、震える手を持ち上げ、昇降口を指さす。
嫌な予感がしながらタラップを見上げる。
………いた。営倉にいるはずのあいつが、なぜか解放されていて、私たちを見下ろしていた。
───ことは30分ほど前に遡る。
打つ手なし。とシーナに告げて、かなり時間が経った。
腕の端末は没収されたが、それはそれで都合がよかった。ハルモニに悟られてしまっては意味がない。物理的にも俺との回線が切れた方が、計画はつつがなく進行する。
シーナには悪いことをした。
彼女には事後処理を押し付けてしまった。いくら聡いシーナでも、俺の計画の全貌を見抜くことは不可能で、こうしてすべてを進行させられることができる。
予定通り、ガリウスだけでなく全クルーがグラディオスの外に出ていく。クランドも退避した。
これでもう、この艦に俺の邪魔をできる者はいない。
「始めよう」
『いいのだね? 本当に』
「これについては………是非もないよ」
脳内チップに響き渡る声。
ケイスマンの意志。
ハルモニに次ぐ、今や俺の主力となるコンシェルジュ。
俺はもう、ケイスマンの意志無くしてはなにもできない体になっていた。
そして、この存在を徹底的に秘匿し続けたことで、ハルモニの存在を途中から感じなくなっても、なにも影響が出なかった。
何日も横になり、やっと慣れてきた硬いベッドから立ち上がる。
ハヴェクという監査が述べたとおり、グラディオスからクルーが退去し、艦載機もリヴァイヴを除くすべてが外に移動した。
今やグラディオスにはほぼなにも残っていない状況だ。
残っているのは、すぐ移せる食料品や飲料水、あるいは新品の薬品や、ガリウス関係の機材くらいか。
弾薬は今すぐに持ち出せないため、そのまま残っているし、保存状態も良好なので新体制に移行してもそのまま継続して使用できるだろう。
『別れを告げる時間ならある』
「さて、そんな機会があるとも思えないけどな」
『あるさ。20秒後に客が訪れる。きみらが虫けらと呼ぶ男だ。彼を利用すればいい』
「………あー。なるほど」
鉄格子に触れる。するとロックが解除され、約1週間振りに狭い空間の外に出る。
また体重が極端な減り方をしただろうが、もう、それは気にしなくてもよくなった。
思考なら問題無い。効率化、合理的な偏向があるが、それでも俺自身の自我や意志などはある。残っているのだ。ケイスマンの意志が脳内チップの不可を処理してくれたお蔭である。
すると20秒後、営倉と通路を隔てるハッチが開き、本当に虫けら野郎が入室するのだった。
「なっ、貴様………なぜ外に出ている!」
「さぁ、なぜでしょうね? たまにはご自分で考えてはいかがです? デーテル軍曹閣下」
軍曹に閣下をつけて敬称するのは、俺なりのアレンジした皮肉だ。
デーテルは人員補充のトレードの際、これまでの悪行が審査に影響して、少佐から軍曹まで降格した。異例の降格処分に、それはもうドイツ支部では嘲笑の的となっていたに違いない。
「原作ではこの話しで、アリスランドを占拠したあなたと、グラディオスは戦うことになった。でもまさか、追放して無力化すれば死ぬことはないという俺のせめてもの温情と配慮を無視して、のこのこと戻ってきて、俺と戦うことになるとは思いもしませんでしたよ。まぁ、そっちにユリンがいないだけ、俺の勝機は揺らがないのですがね」
「なにを言っている貴様。………いや、そうか。それが貴様の、未来視の異能、それとも異世界人ゆえの異能なのだったな。だが思い上がるなよ小僧! 私はこれで大佐へと昇格し、このグラディオスの新艦長となるのだ! そして今、勝ち誇っているところに水を差すようだが、無防備な貴様を仕留めることなぞ造作もない!」
ギャアギャアと喚くデーテル。銃を抜くと、俺に照準を定める。
「お前は本当に鬱陶しかった………最初の軍法会議で、銃殺刑にしておけばよかったと思うくらいになぁ! だが、最後は、今回だけは褒めてやろう。実は本部に移送することは反対していたのだ。お前は、私がこの手で撃ち殺してやらなければ気が済まなかった! そして今、鉄格子から脱走したお前を、私は正当な理由で射殺できる!」
「ああ、そうですか。興味ないですね」
「強がるなよゴキブリ」
「そのネタも懐かしいですねぇ。で? ゴキブリを飼いたいとかいうド変態嗜好は、今でも変わらないんですか?」
「ふざけるな! あんな気色の悪い虫など、誰が飼いたいと思うか!」
ああ、じゃあやっとゴキブリを見ることができたんだね。実際に知って、ひとつ賢くなったのか。偉いなぁデーテルは。
「そうだ。いくつか教えて欲しいんですけど」
「なんだ。冥土の土産か?」
「俺のこと、どうやって知ったんですか? 未来視とか、異世界人とか」
「ふん。それなら簡単だ。とある筋からのリークだよ。知らないアドレスではあったがな。そして本部のハヴェク殿から秘匿通信を受け、監査に協力することとなったのだ」
最後かもしれないから、ホイホイと教えてくれるデーテル。すっかり勝ち誇っている。
「あんたはそれを噂話として広めたと。俺がドイツ支部で孤立するように?」
「そうだ。居場所を失っていく貴様を見るのは実に楽しかった。で、どうだった? 私の手の平の上で踊らされた感想は?」
「いえ、別に。俺はグラディオスの外にはあまり出ませんでしたし。ドルテ支部長は協力的でしたし、これといってダメージはなかったです。なにより───すべて想定内だ」
「………なにを言っている。貴様」
そろそろ真実の一端くらい教えてやってもいいだろう。
これから利用してやるんだ。その礼になるかはわからないが、俺なりの手向けというやつだ。
「こんなにもうまくいくとは思いませんでしたけどね。あんたに俺の情報をリークしたの、俺ですよ。あんたはこんなにも必死に働く道化になってくれた。で、どうだった? 俺の手の平の上で踊らされる感想は?」
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