龍紋を放つB08
ハルモニを失ったグラディオスなど、ただの鉄の箱だ。
一応、それでも基礎となるシステムは残っているので、眩暈がするほどの量のマニュアルを熟読すれば操舵くらいは可能だろうが、基礎だけでも覚えるのにどれくらいかかるのやら。
無論、カイドウのみならずクランドもハルモニを多用しているが依存はしていない。すべて記憶した上でハルモニに簡略化させ、作業効率を上げたのだ。
デーテルは優秀だが、若年でグラディオスの艦長に就任し、すべてを管理できるとは思えない。絶対にハルモニを頼るに決まっている。で、いざ実際に艦長職をスタートさせてみれば、グラディオスを統制するハルモニが不在で、カイドウに泣きつくという図式が完成するわけだ。
「もしデーテルが泣きついたら、使わせるんですか?」
「頼み方によるだろうがな。もし素直に頭下げりゃ、毎月ドイツ支部の運用費と同額の使用料を請求してやらぁ。だが上から目線で使わせろと命令してくりゃ、同額の使用料を日ごとに請求することになるだろうぜ。振り込まなきゃ強制停止する仕組みも付けてな。あの虫けら野郎が、どこからそんな予算を持ってくるのか楽しみだなぁ」
悪徳金融会社も真っ青になる価格設定だ。だが、かなりスカッとする顛末が予想できる。
それにしても、ハルモニのような高性能AIがあるのかどうかは知らないが、明らかにデーテルより歳が下で、というか私と同年代のはずのビーツがアリスランドの艦長を務めていた事実に、今さら戦慄する。優秀とか、どういう次元ではない。いったい、どれだけ化け物みたいな頭脳をしていたのだろう。
「けど、やはり寂しいものだな。グラディオスに乗れないというのは」
「………そうですね。僕もやっと愛着がわいて、みんなに馴染んできたと思えてきたのに。離れ離れになるのは悲しいです」
体力が有り余っているのか、それとも他のなにかに集中しなければジッとしていられなかったのか、ハナとアレン、キルカたちが整備士たちが運び出す物資を率先して運搬してきた。私たちの会話を聞いて、哀愁を思わせる表情で述べる。
「し、心配すんなって。そりゃあグラディオスよか乗り心地は悪いかもしれねぇけどよ。姉貴の艦隊に拾ってもらえりゃ、ある程度は元通りだ。なっ」
あのハーモンが珍しく他人に気遣い励ます。ハナとアレンの肩をバシバシと叩いていた。
「エー先輩もいれば、元通りなんだけどね───」
「ちょ、ちょっとクスド!」
「あ、ご、ごめんよ………ヒナ?」
副艦長代行として尋問の対象となっていたクスドも、やっと解放されたのか私物を運んできた。
ところが失言を咎めるアイリに、ハッとして背後を振り向く。
そこには死者の葬儀の参列者かと思わせるような面持ちをする、おそらくクルーのなかでももっとも声をかけづらい3人が、ふらふらとしながら鞄を担いで私たちの隣を通過した。
謝るクスドに、ヒナは呆然としながら素通りする。
鞄を降ろし終えると、ヒナはまだ立ち尽くす。そんな彼女を従姉であるハナが抱きしめた。
「………本当に、許せないな。エースは。まさかヒナを、いやシェリーとユリンまで利用するためだけに肉体関係を構築していたなんて………監査どもが宇宙の本部に連行するまでもない。私が射殺してやりたいくらいだ!」
激昂するハナ。それでもヒナにリアクションはない。
「もう、どうでもいいです」
「終わったことだわ」
代わりに、掠れた声で呟くシェリーとユリン。
失意のどん底に叩き落された瞳。無理もない。だがシェリーならともかく、ユリンはやはりこの第23話で裏切るだけあって、危うさが滲み出ていた。彼女が抱える闇というべきか、それが全身から流出しているようにも感じる。
ところが、そんなユリンの闇を払う手が差し伸べられ、その手をしっかりと握りしめた。
「えっと………なにかしら? ライラ」
「えーす、ゆりんをまもりたがってた」
「………それが、なに?」
「どんなにいたくても、まもりたがってた。ゆりんだけじゃないよ。ひなも、しぇりーも。ここにいるみんなを、まもりたがってた。いまでもそうだよ」
「………あなたになにがわかるのよ。エー先輩は異星人とか、異世界人とか、未来人とかいう話しだったじゃない。それともなに? ライラもそうなの? そうだからわかるの?」
まずい。ユリンの瞳が剣呑なものになってきた。
こんな状況で、全員で不満の捌け口をエースに定めているなかで、それも複数の恋人関係を合意の上で構築してしまった彼女たちの前で、エースを擁護するようなことを言えば、それは苛付く。いやユリンの場合は、最悪原作でソータに定めた歪んだ感情を、ライラにぶつけるかもしれない。
それだけは避けるべく、私はふたりの間に割って入るしかなかった。
「落ち着けよユリン。こんなことになって同情するし、理解もできる。でもライラに当たるのは違うだろ。ライラはいつもこんな感じだ。感情的になるなって」
「随分と偉そうな口振りじゃない。ハムスターちゃん。あなたから先におもちゃにしてあげましょうかぁ?」
標的を反らすことには成功したが、初対面のようにユリンの細くしなやかでいて力強い五指が私の首に絡み、キュッと圧をかけてくる。
慌ててコウが止めに入らなければ頸動脈をやられていたかもしれない。
「冗談にしてはやり過ぎだ」
「………そうね。ごめんなさいね、シーナ。まだ気が動転してたみたい」
「ケホッ………まぁ、理解できるって言った手前だしな。気にしてないよ」
どうやら私に八つ当たりして、少し冷静になったらしい。ユリンは珍しく、しおらしく謝罪した。
でも気にしてないってのは嘘だ。めっちゃ怖かった。死ぬかと思った。失禁しかけたし。
大人たちは、そんな私たちを無言で見ていた。そりゃ、殴り合いに発展すれば止めるだろうけど。
みんなのモチベーションが極端に低下している。
エースめ………こんなのを私が統括して、導けっていうのかよ。はっきり言って無理だよ。
「シドウ」
「レイシア? な、なんだその顔は………」
遅れてやってきた衛生科は、大量の物資を搬出していた。砲雷科のマッチョマンたちが手伝い、やっと全員降りれたのだ。
だがレイシアがいつもと違った。右の頬が赤くなっていた。まるで叩かれた痕のように。
「デーテルが………私の志願書を偽造して………グラディオスに継続して搭乗するように操作して………否定したら………殴られた」
「………殺してやる!!」
泣きつくレイシアの言葉を聞いたシドウは、ついに我慢の限界値を振り切った。大勢が止めに入らなければ、本当にグラディオスに殴り込みを仕掛けていただろう。
シドウとレイシアは不本意ながら恋仲となった。原作ではそんな描写もあったが、くっつくことはなかった。エースの影響である。
そしてデーテルがレイシアに惚れていることも知っている。なにかやらかすのではないかと思っていたら、ひとの恋路を邪魔するとか、本当に無粋な野郎だと、この私でさえ憤慨した。
ところが、その数分後。まだ諦めずにグラディオスに殴り込みを仕掛けようとするシドウを止めていたカイドウが、それに気付く。
「あ、あん? なんだあいつ………って、おい! ありゃあ………エースのパイロットスーツじゃねぇか!? なんでそんなもん着て………あ、あのクソガキ、逃げ出したんじゃねぇだろうな!? あっ!」
タラップからヒョコリと姿を現したパイロットスーツを着用した誰かがいて、カイドウは特徴からそれがエースであると断定すると、全員が敵視する視線を突き付ける。
脱走はエースの十八番だ。拷問から救出後、治療中にも関わらず半ばの回復で中断し、医療ポッドから抜け出そうとした前科があるくらいだ。
営倉から脱出し、追手を振り切って逃げ出そうとするなら、今回の騒動───というよりも、未来視の能力で全員を欺いて操作していたという主張が有力視された現状、誰もが怒りの矛先を向ける。
ところが、そのエースらしき人物は、タラップを降りる途中で足を踏み外して転げ落ちたのだ。
同時に、グラディオスからけたたましいアラートが鳴り響き、計3基の巨大なレイライトリアクターが始動したのだった。
ブクマありがとうございます!
大変なことになってきましたね。この展開は初期から決めていました。つまり逆算して書いておりました。
作者からのお願いです。
この作品は皆様の温かい応援で成り立っております。ブクマ、評価、感想、リアクションなどのありがたい応援を、ガソリンのごとく注入していただければ、作者は尻尾があれば全力でぶん回しつつ筆を加速させることでしょう。何卒よろしくお願いします!
誤字脱字報告、ご質問も大歓迎です!




