龍紋を放つB02
信じられない。そんな印象だった。
全員が耳を疑った。私もそのひとり。鼓膜が腐ったのではないかと思うほど愕然としてしまった。
いったいなぜ? なにがどうなって、そうなった?
エースが犯罪者? 連合軍を欺いた? あの狂人と書いてファンと読む、生粋の「天破のグラディオス」の信奉者が?
騒然なんてものではない。大混乱だ。
「馬鹿言ってんじゃねぇ!!」
「ふざけんじゃねぇぞテメェッ!!」
混乱を両断するような怒号がふたつ上がる。
ひとつはカイドウ。もうひとつはハーモンだ。
「確かにあいつは、俺らを欺いた前科があらぁな。けどな、それはグラディオスの艦内にのみ限定されるものであって、なにも本部を、連合軍全体を騙したってわけじゃねぇ!」
「なにがどうなってそんなトチ狂った暴論になりやがる! 俺らの副隊長がいつ本部を裏切ったって? ええッ!? あのひとは重態になってもグラディオスに戻ってきた! MIAならとっくに姉貴………コーネリア少将自らが撤回しただろうが! 寝言なら寝てからほざけやカスども!」
元々喧嘩っ早いふたりだ。そしてエースのことになれば、いつでも牙を剥く。狂犬から忠犬に変化したハーモンなら、相手が本部の人間だろうと構わず噛み付きにいく。
だが、そのふたりが強制的に停止することになった。
「エー………ッ!?」
ふたりの前に出た男。その名を呼ぼうとした時、振り返って睨まれる。
「私がエース・ノギです。部下の粗相は謝罪します。………腰に伸ばした手は不要です。解除を要請します」
「それはできない。犯罪者を目前に、拘束する際に抵抗される可能性もあるのでな」
黒スーツの連中の前に出たエースが、カイドウとハーモンを止めた。
理由はたったひとつ。
監査官たちが腰や懐に手を伸ばしたためだ。
宣言どおり、周囲に激しく反発されたため、それを抵抗とみなして、あと1歩でも踏み込めば威嚇射撃を行うつもりだったのだろう。エースはそれを止めたのだ。
「それでも発砲はお勧めできません。火気厳禁です。ガリウス用の武器庫も近いですし。銃弾一発で、ここにいる全員お陀仏ってことになりかねない」
「下手な脅しを。そのような脆弱な壁をしているのかね? 我が軍の最新鋭艦の艦内とは」
「壁なら貫通しないかもしれません。しかし………ほら、見えませんか? オイルとか、可燃性のものが意外とあるんですよ。引火すればどうなるか。………ってなわけだ。お前らも動くなよ。コウ、ユリン、アーク」
監査官たちに向き直るエース。
私の横を抜け、エースの背後に立とうとするコウたち。見上げてギョッとした。激昂している。ユリンなんてビーツによってエースを失った時のような、まともではない表情をしていた。そして新たにエースを慕う一員となったアークまで、まるで親の仇でも見るような目をしている。
「エー先輩を………僕の兄貴になってくれるひとを犯罪者呼ばわりする奴ら………殺してやる」
「大丈夫だ。落ち着いて、下がってろ。みんなを守れ」
エースは反抗勢力となりかけた、武闘派のパイロット全員を抑制する。
それでもエースを守るべく、アークたちが前に出ようとする。今さら銃を抜かれたところで、なんの脅威にもならないと語るかのように。ハーモンとコウ、ユリンとアーク。揃うはずのなかった4人が肩を並べ、たったひとりの大切なひとを守るために立ち上がる。私からすればファンを泣かせるための演出に違いないが、この状況で呑気に感嘆などしていられない。
黒スーツの連中は銃を抜きはしたが、周囲にエースの言うように可燃性のものが多く点在していることと、エースがどういうわけか抵抗しないことから、ひとまずトリガーから指を剥がし、銃口を降ろした。とはいえ、まだ手に提げているから、いつでも発砲は可能と言えた。
「ま、待って………待ってください!」
「エー先輩が犯罪者って、どういうことなんですか!? 私たちにも納得できる説明を要求します!」
抵抗でこそないが、捕縛を妨害、あるいは時間稼ぎとも捉えられる行動に出るシェリーとヒナ。当然だ。いきなり土足で踏み入って「お前は犯罪者だから逮捕します」なんて言われても、周囲が納得しない。
せめてその罪状の内訳を説明する必要がある。さもなくば暴動さえ起こす勢いがあった。
筆頭に立つ男が周囲を見渡す。
エースは周囲を守るために無抵抗を示したが、その周囲が自分のことではないはずなのに、まるで自分のことのように怒り狂っている。
それを収めるための説明が必要であると納得して、腕の端末から令状を突き付けた。
「………エース・ノギ少尉は、スパイである」
「スパイ!? いったい、なんの!?」
「我々が知り得ぬところにいるなにかの勢力。………例えば、アンノウン」
舌打ちしたくなった。
それは間違いなくライラだ。つまりこいつらは、ライラと間違えてエースをしょっ引こうとしているわけか。
これではアメリカ支部での悲劇の再来だ。ライラの代わりに拉致されたエースが拷問を受け、グラディオスは多大な衝撃とダメージを受けた。
それでもエースは割と平然としていて、黒スーツの連中が読み上げる令状の具体を噛みしめるような面持ちをしている。あれは………そう。まさにエースがライラの身代わりになる日の朝に見た表情そのものだ。
「まさか………あいつ、こうなることを予想していたってわけか………!?」
だとしたら狂人の献身にもほどがある。いい加減にしろと殴りに行きたかった。
でも腑に落ちないところも多々あった。
これから最終決戦が始まろうとするタイミングでの逮捕だ。
最終決戦に必要な龍紋は放たれない。放ったところで数ヶ月の猶予がある。エースだって、その準備期間にできることをすべてやりたかっただろうに、どこかに拘置されてはなにもできない。あいつの自慰なのだか自傷なのか、自分が傷つく以外は完璧なプランが、崩壊していくはずなのに、なんで未だに平然と、飄々としていられるんだ?
「アンノウンのスパイだなんて………意味がわからないわぁ。冗談にしてもセンスないわねぇ」
「エー先輩は人間です。スパイ行動なんてできるはずがない!」
「そんなことを疑うなら、エー先輩の交戦歴を見ればいいじゃないですか。アンノウンの撃破数なら、私より上です。それなのにあなたたちは、そんな杜撰な管理を権力でコーティングして振りかざして………恥ずかしいと思わないんですか!?」
流石はエースのパートナーたち。発言が大人相手に容赦がない。
「そのとおりだ。エース少尉は我が艦の大切なクルー。そして諸君らが疑う、スパイ行動についてだが、最初から辻褄が合わないのだ。最大の懸念点であろう脳内チップを、少尉は最初から移植していたわけではないのだからな。では脳内チップを抜きにして、どうやってスパイ活動をしていたというのだね? さらなる説明を要求する!」
場がさらにヒートアップする。
走ってきたのだろう。顔から汗を流すクランドが、黒スーツの連中の背後から現れ、詰め寄った。
「あなたには後程聴取を行うつもりだったのですが………しかし、そうまでして少尉の肩入れをすると、ますます怪しまれるとご理解されての行動でしょうな?」
「疑われるべきところなど、なにひとつとしてない!」
クランドの堂々たる発言に、ハンガーにいたクルーたちは全力で首肯する。
風向きが変わった………と思いきや。黒スーツの連中にも、カードは残されていた。
「怪しまれるところ、ですか。………そういえばクランド艦長。あなたたちはアメリカ支部を本部の命令もないまま飛び立ちましたな。それはなぜでしょう? あなたは理解していたのだ。監査が来ることを。受けたくないがために逃げた。違いますかな? グラディオスならびアリスランドは遊撃部隊ではない。本部からの特務以外には動く権利を持たない。これは軍規違反です。あなたも拘束させていただくこともできるのですがね」
痛いところを突かれた。
完全に失念していた。本編どおり、私たちは本部の意向を無視してアメリカ支部から逃げた前科があったのだ。
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