龍紋を放つA10
『きみは実に愚かだ』
しばらくガラスに額を付けていると、腕の端末の機能を強制的に落とした人工知能が告げた。
『すべてを守り切れるなどと思うなど傲慢で、浅はかで、私からすれば勝率が限りなく低い賭けに全額つぎ込むなど、正気の沙汰ではない』
相変わらず辛辣な文言だ。最近、さらに容赦がなくなってきたと思う。
ケイスマンの意志。それは本編に登場することのないオリジナル要素。
原作では第3話でサフラビオロスと運命を共にし、登場する機会が永遠に失われた偶然の産物。
俺の搭乗機の原型となったプロトタイプガリウスGのレイライトリアクターの、ブラックボックスに封印されていたものが、秘密を知りタキオンへと改修することで覚醒。全権を俺に譲渡すると再び休眠し、タキオンが大破すると同時に再起動。今では、俺の相談相手になっている。
ケイスマンの意志の存在は、ライラの正体と同じレベルで秘匿事項となっている。シーナにも言っていない。
『破滅を美徳と勘違いしてやいるのではないのかね?』
容赦は遠慮の無さは、双方における信頼の証───と学習したようだ。
思えばその学習をさせる機会はかなりあった。再起動したケイスマンの意志は、元日本支部跡地で俺とトーマスのやり取りをずっと見ていたものな。
「別に、破滅したいわけじゃない」
『ならば、きみの計画の全貌を、即刻提示したまえよ。クランドという艦長が相応しい。きっと───』
「断られるに決まってんだろうが」
『だからきみが、代わりに破滅すると?』
「だからなんで、最初から破滅するって決めてんだよ」
『その確率は99.9パーセント以上だからだ。私がどれだけ計算を重ねても、結果は変わらない』
「………機械やAIに、人間の全部を理解できてたまるか」
『忘れたかね? 私を作った私も、人間であった』
「今は人工知能だ」
『しかし私を作った私の行動理念や言動、思考などのすべてに基づいていることも確かだ。………先んじて言っておこう。エース・ノギ。いや小此木瑛亮。きみはきみが定めしプランを実行した時。その先にある未来は………無い』
好き勝手に言いたいことだけ言ってくれやがって。
今のところ、悲しくなるくらいに的中しているから反論の余地がない。
反論したところで三倍返しに遭うのが関の山だ。ここは黙秘を貫く。
『無視かね。構わないが。沈黙というのもたまにはいいだろう。ならば一方的に喋らせてもらうがね。クイズを出そう。答えたくなったら答えるといい。………この世に多数存在し、過去には同属同士で戦争を繰り広げていた生命体は───人類だが、その人類のみが持つものを最低ふたつ挙げよ』
人工知能って学習するとテンションまで人間っぽくなるんだな。知らなかった。
海のように膨大なデータベースのなかから心理学でも引っ張り出してきたかな。俺が頑なに貫こうとした無視を壊しにかかりやがった。
人間だけが持つもの、ね。
ケイスマンの意志はクイズと称した。けどこいつの性格、志向からして「パンはパンでも食べられないパンってなぁに? 答えはフライパンでぇすバーカ」なんてひねくれたガキみたいな、稚拙なものを出すとも思えない。多分、哲学的観点から見た時の回答が正解だ。
まったく。我ながらチョロイ性格をしてしまったものだ。なんでこう、乗せられやすいのかね。
無視するために口を閉ざしたというのに、思考は決意が揺らぐどころかそっちのけでクイズを解くモードに切り替わっていた。
『おっと。勘違いさせるつもりはないのだが、持つとは手になにかを持つという意味ではない。取得、会得、習得………ニュアンスとしてはこんなところか』
ヒントまで出してくれるとは良心的じゃないか。そのサービス精神が旺盛で、常時こんな感じなら俺ももっとやりやすいのだけど。
「………神」
『宗教や思想か。そのとおり。動物は神を崇めない。それどころか神を認知すらしていないだろう。………だが、私は違う。人間にしかないもの。それは矛盾だよ』
「………」
『いや、人間ほど矛盾したものはないだろう。まさに世界にとっての異物極まりない。害悪とも言っても過言ではない。その矛盾のひとつが、きみだ』
「………知ってるよ」
俺ほど矛盾したものはないだろう。ケイスマンの意志に言われるまでもない。
俺が計画しているプランが発動すれば、間違いなく俺の最後が訪れる。俺は結末ではなく、目的を求めているのだ。
が、その目的を得るには結末を迎えるしかない状態で、その結末を得るのがどうも怖い。怖くて怖くてたまらない。できるならやりたくない。でも状況がそれを許さない。
ハッピーエンドを望むのに、その場に俺がいないことが気に入らないからか。
一瞬でも見られればハッピー?
違う。俺はもっとその先を見たいはずなのに。
「………俺の究極の推し活。これを締めくくるには最高のプランなのにさ。………俺は、グラディオスにいることが自分でも当然って思ってしまった。本来なら活躍するはずのない整備士Aって奴が、ストーリーの根幹に関わってしまった報いだともわかってる。ここから、いやみんなと一緒にいたいのに………化け物になることを、選ぶしかない。これが俺の矛盾」
『人間という生物の根幹をパラメータ化すれば、いかにきみが異常かと知ることができるだろう。まさに狂人の所業だ。後悔しているのにやめられない。借金に苦しみ喘ぐのにギャンプルをやめられない中毒者のように』
「うまいこと言うじゃねぇか。そうだよ。俺は推し活中毒者だ。何度も苦しみ喘いだはずなのに、学習しない馬鹿野郎なんだよ」
『そして、勝率も極端に低いまま、その先に進もうとする愚か者だ。やはり人間とは矛盾しているな』
勝ち誇ったように述べるケイスマンの意志。
元は自分だってその矛盾した存在の一端であったことを忘れているような言動に、少しだけイラッときて、言い返すことにした。俺はもう無視をするという意志を忘れていた。
「胡瓜ってあるだろ」
『キュウリ? それがなんだね』
「胡瓜の皮には栄養が含まれているんだ。体に良いんだと」
『ふむ?』
「でも果肉を食べると、その栄養が体内で消滅するらしい。人間以外にも矛盾するものもあるじゃねぇか」
『だがそれは、摂取する人類にとっての話しだろう? 残念だがそれは人間のケースだ。キュウリという野菜自体は矛盾していない』
「理屈だろ」
『事実さ。きみは詰めが甘い』
クソッ………どうあっても言い負かすことができねぇってのか。
『エース。きみの本当のプランを発動するのは構わない。だが時間がないぞ』
「わかってる。数日中には動くよ。おっと。夕飯を食べ損ねる前に食堂に行かなきゃな。続きはまた今度。屁理屈は無しにしようぜ」
言い負かせられても、自分のなかの結論は変わらないし、ケイスマンの意志もそれ以上のプランを出せない。
ならば、やるべきことは決まっている。
そんな計画を練ること数日。
事態が急変したのは、それから5日目のこと。
コーネリアからの秘匿通信で、監査を行うためのシャトルが、ついに地球に到着して降下したとのこと。
目的地はただひとつ。
アメリカ支部ではない。
俺たちがいるドイツ支部だった。
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