龍紋を放つA09
「なんでお前、アークの面会の時に来なかったんだ?」
「んー? まぁ………結果は知れてたし。それに、ほら。お前も見てただろ? 私………アークきゅんに怖がられてるし」
「うん。俺も怖かった。正直正気を疑うレベルで狂ってんなぁって思った」
「クソが。先にテメェをブチ殺してやる」
展望デッキに到着すると、食事の時間ということもあり、周囲にクルーがいないことを確認してから話題を切り出す。
シーナは俺を通り越して、展望デッキの分厚い防護ガラスの前に立ち、儚げな表情でドイツ支部を見渡す。
夕飯の時間ゆえ、ドイツ支部はアメリカ支部で見たような、それはもう美しい茜色のグラデーションに彩られていた。
で、俺が正直に感想を述べると、シーナはガラスに反射した俺を睨みつける。相変わらずすごい形相だ。顔面破壊兵器の名にふさわしい。幼児が見たらショック死しそう。
「怖がられてるって自覚があったから、邪魔にならないように控えたってことか」
「まぁ、な」
シーナはまた儚げな表情に戻る。それに加えて、後悔の念が色濃く表れていた。
シーナとアークの間になにがあったのかは知っている。俺が不在時、このドイツ支部にアークが非武装のタキオンを駆って現れ、降伏を推奨し、なおかつ素性を明かした、原作にもあったシーンだ。
その時グラディオスは、大きく二分されていた。
これから戦争になるかもしれない恐怖と、巻き込んでしまったドイツ支部への慙愧の念。
そして俺を落としたアリスランドへの報復。
パイロットは精神を病む寸前まで危うい状態で、そこに現れたアークを血祭りに上げるべく画策するも、辛くもシーナが阻止。そしてシーナ自身が、まともに対応できなかったグラディオスクルーに代わってアークと相対する。
そこで彼女はアークを問う。それは精神攻撃にも匹敵する質問ばかりで、完膚なきまでに叩きのめしてしまったんだな。
加えて、アークの威嚇もシーナに通用しないとくれば、もうアークにとってシーナは最大の難関というか、モンスターそのものだったに違いない。アークがどれだけ威嚇しようが、涎を垂らす勢いでむしゃぶり付こうとするんだもんな。そんなの俺だって怖い。
でも、事実としてそれでグラディオスは正気を取り戻した。それはシーナの成果と言える。
頑張ったのに、それに見合う報酬がなくてはモチベーションも保てないだろう。
ならば。
「わかった。アークには俺から言っておく」
「え?」
「だからお前は、アークを前にしても襲おうとか思うんじゃねぇぞ? キュン付けもやめてやれ。まともに会話をするよう心がければ、アークもわかってくれるさ。あいつ、頭もいいし。少なくともシーナは俺と同格の存在だって教えておく」
「いいのか?」
「良いも悪いもあるか。お前だけ蚊帳の外とか、俺だってなんか嫌なんだよ。それに、お前にもまだまだやることがあるだろうが。俺だって頼みたいことが山積みなんだ。こんなことで集中力を失うくらいなら、仲を取り持ってやることなんざお安い御用だよ」
「うわぁ………久しぶりにお前に全力で感謝する時が来るとはなぁ」
感動しているのか、それとも癪にでも思っているのかわからない表情をするシーナ。感謝されるならいいが、屈辱として考えているなら撤回と説教がセットとなる。
「じゃ、アークきゅんとの仲直りの機会はお前に任せるとして、次な。あれからどうなんだよ。腕」
左腕のことだ。
俺は今もなお、新しいナノマシンを注入し、戦いのなかで使用するだけで蝕まれている状態にある。たった一度全力を出しただけで、肘の一部まで金属化してしまった。
だが、それも回復の兆候があったのだ。本当に意外なところに。
ライラである。ライラが服とカバー越しに金属化した肘に触れたら、治っていた。
戦闘前はなんだか軽くなったという認識程度だったが、戦闘後に恒例のごとくメディカルルームに連行され、検査を受けて知った。レイシアなんて「ありえない!」なんて何回も叫んでいた。ヒナたちは喜んでいたっけ。
「あれからリヴァイヴに乗ってないし、ナノマシンも起動してない。悪化する様子もないな」
「ならいいんだけどよ。………それで? 回復してくれた恩人を、売るか?」
「人聞きの悪いことをほざくな。誰がそんなことするかよ。………ここからはアンノウン、いや………原作っていう運命って奴との読み合いだ。刻一刻と変化する状況も、俺たちの動き次第で推移する。………マジで読み切れねえってのが現状だが、なんとか臨機応変にやってくしかねぇ。もう常識なんてものは通用しねぇみたいだからな」
義手の指先で左腕の肘を撫でる。
ついこの前までは金属化した肉体の表面は感覚を失っていたが、今は確かに義手の感触がわかる。元通りになっていた。確かに、これはレイシアの言う奇跡そのものだろう。
ライラの起こした奇跡は伏せている。なんかいつの間に治ったとごり押した。
ライラは秘密が多すぎるし、露見すれば彼女に関する悲惨な運命が一挙に襲い掛かるだろう。俺が苦労して堰き止めたものも含めて。
そんなことはさせない。クランドもあの様子ではいくつかの謎や矛盾に勘づいているかもしれないし、ビーツも負け惜しみでなにか余計なことを言ったかもしれないが、せっかく救えた命だ。守り切ってみせる。
「じゃ、最後な。………お前、まだ私たちに隠してることあるだろ?」
「………例えば?」
「わかんないよ。エスパーじゃないんだから。はっきり言って、悔しいけど私は未だにお前に追い付けていない。私の考察力なんざ、所詮は趣味全開の偏向的なものばかりだ。比べてお前のはバランスがとれているし、人心掌握っていうのかな。心理学的な部分でも長けてる。私にはできないことを簡単にやってる。だからこそ、怪しいと思えた」
「………俺だって偏向的で、付け焼き刃な部分がたくさんあるんだけどな。人心掌握っていうならビーツが一番だし」
「けどお前は、そんなビーツを出し抜き続けて、最終的には勝った。転生者の頂点にいると言ってもいい。だからイレギュラーにも狙われる。………なぁ。隠さないでくれよ。二馬力でやるって言ったのお前じゃん。それともお前、またなにか………拷問でも受けたいってのか? 正直、今のお前はあの時と同じ顔してて怖いんだよ」
………参ったね、こりゃ。
シーナは着眼点は良いし勘も鋭い。彼女は俺の方が優れているとは言うが、俺からすれば、そこまで差はないと言えるのに。機体に乗って戦えるか戦えないかが負い目やコンプレックスとなり、卑屈にさせているだけなのだと言ったとしても、素直に聞き入れてはくれないだろう。
シーナの指摘は正しい。
俺はまだ隠していることがある。
計画はまた一部の人間しか知らない。知れば誰だって驚く。そして猛反対を受けるだろう。
それはこれまで積み上げてきたものすべてが、俺が目指すものについてのプロセスとなるのだ。偶然か必然か、俺はそのプランを手にしてしまった。ならば実行に移すしかない。
「ここにいる全員が、俺のブラフに踊らされている内に、やり遂げなければならないことがある」
「………なんだよ」
「なぁシーナ。お前、無人島に行く時………なにか好きなものひとつだけ持ち込んでいいって言われたら、なにを持っていく?」
「はぁ? おい。ブラフに踊らされているとか、やり遂げるとか、どこいった? 誤魔化してんじゃねぇぞクソが」
「俺はな………運命を共にできるライバル、かな」
「馬鹿じゃねぇの?」
多分、二重の意味で貶された。「そこは工具だろ」という意味と「ついに頭おかしくなったか」という意味で。
無言の睨み合いが続く。
先に折れたのはシーナだった。
「言いたくないなら、いいけどさ。でも、これきりにしてくれよ? 隠し事されるの、信用されてないんだなって思っちまうから」
「信用と信頼か。………お前には苦労かけてるって自覚もある。でもそれは、そのどっちもあるからなんだぜ?」
「じゃ、そういうことにしておいてやるよ」
シーナは夕飯に先に向かう。俺はまだ、ひとり展望デッキに残って、外の風景を眺めた。
「………そう。踊らされている内に………俺が………」
ガラスにゴツンと額を付ける。
この決意を揺らがせてはいけない。
今はただ、水面下で進めている計画が、外部に漏れないよう努力し続けるだけだった。
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