龍紋を放つA08
「え、エー先輩………せんぱ………ソータ………アイリ………あいつ、ヤバい奴だ。怖い………怖い怖い怖い!」
なんだか、動物に慣れていない幼い子がシェパードなどの大型犬を目前にして、親の足に縋りつく───そんなリアクションだった。
でもこいつはシェパードやドーベルマンなどといった、警察や軍事にも共に行動できる知能と戦闘能力を持つ動物ではない。
比較的、小学生みたいな外見をしているが、整備士をやっているだけあって筋力が割とあるだけの腐れた欲望をしているハムスターなだけなのだ。
彼女がグラディオスの補充要員としてドイツ支部から引き抜かれ、搭乗してから数ヶ月。今やカイドウの弟子のひとりとなり、パイロットを支え、後方支援をし、なにより俺と同じ転生者。
そんなハムスターのなにを怖がるのかと思えば、俺が不在の時に、アークはシーナから手酷い精神攻撃を受けて汚染されたのだった。
多分、その時は強気に振る舞っていたのだろうけど、素の状態では太刀打ちできず、トラウマが再起したってところか。
「………ニヒィ」
「いぎぃッ!」
「阿呆が。その顔をやめろ。腐れハムスター」
俺たちを舐め回すような邪悪な視線で堪能したあと、邪な感情を面に出したシーナは、それはもう極悪非道というか、煩悩全開の邪悪な笑みを浮かべる。アークはまた奇声を上げて飛びあがった
かなりオーバーリアクションだなと内心で苦笑するが、トラウマとはそういうものだ。個人の感情など、他人がすべて理解したり制御したりできるものではない。
「ハァァァ………尊いわぁ………ソータきゅんと、アークきゅんの兄弟愛、マジたまんねっ。ジュル、ハァ、ハァ………おい。おい、そこの。モブ。モブオス。退け。邪魔だ。ソータきゅんとアークきゅんの間に入ってんじゃねぇよ! 私の理想とする聖域を汚染すんなブチ殺すぞッ!!」
「え、エー先輩! ソータ! なにあいつ! 言ってることはわかるけど意味わかんない! いったい何語を使ってるの!?」
「えっと………俺にもよくわかんない」
「気にすんな。ド腐れハムスター語ってやつだ。あまり真剣に聞こうとするなよ? 脳みそが溶けて耳や鼻から滴り落ちるからな」
「そうなの!? や、やっぱりあいつは敵………いや、悪魔なんだ!」
「そうそう。あいつはド腐れ悪魔ハムスターだ。アークは賢いな」
「えへへ」
「エェェェェスゥゥウウウウウウ!! 気安くアークきゅんの顎をくすぐってんじゃねぇぇぇええよぉぉおおおおおお!!」
うるせぇハムスターだこと。
暴走したシーナが、対面時にそれが酷くなることはわかっていた。
ライラを置き去りにして、つなぎから白い肌をした腕を捲り上げると、俺をぶん殴りに大股で歩き出す。
ところが俺がパチンと指を鳴らすと「ヒギィィイッ!?」とアークみたいな悲鳴を上げて停止する。ビュンと逃げ去り、なんとライラを盾にしやがった。
なぜそうなったかって?
目には目を歯には歯を。ハンムラビの法則に則って、こちらもカードが揃っているわけだし、トラウマにはトラウマをぶつけさせてもらった。
通路の奥、曲がり角で俺たちを観察しているハーモン、コウ、そしてユリン。このユリンがシーナのトラウマ。「ニタァ」と同じくらい極悪非道で邪悪な笑みを浮かべて、顔だけをニュッと壁から出現させると、蛇に睨まれた蛙みたく硬直したあと、殺意を当てられて敗走したというわけだ。
「ったく………ライラ。ちょっとおいで。そこにいるユリンたちも来い。隠れてないで堂々とすればいい」
ユリンの笑みを見ても怯まないライラは、ガタガタと震えるシーナを不思議そうに観察していたが、俺に呼ばれたので笑顔で走ってくる。シーナは盾を失いたくないが、ユリンに接近したくないがため、仕方なくセミみたく壁にへばりついて、偽装をしていた。いやなにも隠れていないのだが、あれはあれで彼女なりの平伏のポーズなのかもしれない。意味なさそうだけど。
「ライラ。こいつは新しい仲間のアークだ。仲良くしてやってくれ。もう悪い子じゃない。良い子になったんだ」
「いいこ?」
「ああ。物事の良し悪しがわかるってこと。ライラだって、ここでしていいことと、悪いことの区別はつくだろ?」
「うん! しーなが、らいらのおっぱいもむの、じゃましちゃだめ!」
「いやそれはダメだろ。揉ませちゃダメって意味な。チッ………変な教育しやがって。おいシーナ。余計なこと教えると、マジでユリンの教育的指導が入るぞ。24時間耐久コースをご所望ってか?」
「い、いやだ! ユリンのそれはマジで殺されそうだから、嫌だあああああ!」
壁にへばりついたまま絶叫するシーナ。
ユリンはかなり乗り気で「三角木馬と鞭と縄と蝋燭を用意しようかしらぁ」とか、どこでそんなことを覚えたのだと聞きたいくらい気になる内容を呟いた。
「ったく。どうすんだこの空気。お前のせいだぞシーナ。責任とって一発ギャグくらいやれよ。話題を変えな」
「ら、ライラのスリーサイズは上からはちじゅ───」
「ゴホンッ!」
おっと。かなり強めな咳払いが聞こえた。
どうやらはしゃぎすぎたようだ。ここが艦長室の前だと忘れていた。
クランドの「次はないからな」という意味での咳払いで、ギョッとした俺たちはそそくさと撤退することにした。
アークは最初こそキョトンとしていたが、俺に背中を押されて走っているうちに、笑い出す。
楽しいよな。アリスランドでどんな生活をしていたのかは、まだ聞かされていなかったが、拘束されたクルーを見る限り、同年代はいたとしても、全員そこまで仲良くないという印象だった。業務上の繋がりとでもいうべきか、関係性が薄く見えたのもある。
だから歳が近い連中と、艦長室から逃げるように全員で走るなんて体験は初めてだったろう。なにもかもが新鮮で、胸が弾んだに違いない。
「あは」
「はは」
「くはは」
「なに笑ってんだよアーク」
「そういうあなただって笑ってるじゃない」
アークにつられて、全員が微笑を浮かべた。
これでいい。これでいいんだ。
アークは俺の推しキャラで、いつか救済することを念頭に置いていたものの、どうも具体が掴めずにいた。本編ではソータとの和解は完了したが、戦いのなかで窮地に駆け付けるという胸熱な展開でファンを熱狂させて移行、会話するイベントなんてなかった。尺が足りなかったのもある。
けれど今はどうだ。アークがここにいる。本編よりも数話前に仲間にして、ソータとアークの、双子の兄弟のどちらも心を救った。結果、過去の遺恨はまだあれど、ここにいる全員が少しだけ仲が良くなったような印象を持つことができた。
「おっと。そろそろ飯だな。ソータ、アイリ。アークを食堂に連れて行ってやりな。ハーモンたちはアークと同行するついでに、ライラの面倒も頼む」
「ライラも? まぁ、いいっすけど。エー先輩は行かないんすか?」
手近にいたハーモンにライラを託す。ライラは幼い子のようにハーモンの腕にじゃれつき、それを慣れた感じで好きにさせたハーモンは、俺を振り返る。
「このド腐れ悪魔ハムスターの調教だ。聴取次第ではユリンと一晩同じベッドで寝かせることになる」
「やめろお! 命がいくつあっても足りねえよっ!」
新たな展開となる毎に、シーナとのミーティングを重ねるのは通例となっていた。
シーナと交際しているコウは、彼女が俺とふたりきりになるというのに、とても慣れているというか、信じてくれているのか、俺が粗相をすればユリンたちに殺されることを知っているからか、なにも言わなかった。
全員と別れて、俺とシーナは展望デッキへと向かうのだった。
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