もう戻れないC01
しばらく歓声が鳴りやまなかった。
三つ巴の泥沼化しそうだった乱戦を制し、イレギュラーを海に沈めて無力化するのではなく、内部から崩壊させて完全消滅させた事実。
援軍もなく、グラディオスでさえ戦力が半減している状況のなかで、艦載機が奮闘して戦果を掴んだ。
これは紛れもなく快挙である。
そりゃあ嬉しいよな。自分たちで勝ち得た結果とあれば。
ハーモンとコウが「よっしゃああああ!」雄叫びを上げ、女子たちが「やったぁぁああああ!」悲鳴に近い叫びを上げる。
これについてはシドウも「おいおいお前ら。ちょっと煩いぞ」と苦笑しながら苦言を呈するのみで、空気を読まずに黙らせるつもりはないらしい。レイシアの調教の成果かな?
だが流石は隊長だ。やっていることは俺と同じ。残心の構え。
本当に勝ったのか。赤いタキオンがまた出るのではないのかと疑いながら周囲を警戒する。
あの赤いタキオンは不気味な声で言っていた。人間は疑うことを知らない。知ろうとしない。などと。
だったら言われたとおりに疑うまでだ。
消耗戦とはならず、短期決戦だったため、まだ余力はある。脳内チップのキャパシティは37パーセントを使用。なんだったらもう1戦できるくらいだ。
《赤いタキオンから送られてきた暗号の解読はどうだ?》
脳内チップでリヴァイヴの深層に語り掛ける。
『未だに解読できない部分が多すぎて、まだ時間がかかるだろう。なに。気長に待ちたまえ』
深層に隠れているケイスマンの意志が呑気に答えた。そんなに悠長にしている場合でもないのだが、それなら後回しにしてしまっても問題ないだろう。
深層との繋がりを切って、次はハルモニにアクセスする。
「ハルモニ。さっきの赤いタキオン含め、イレギュラーをどう思う? 簡単に見解を述べてくれ」
『イェス。メカニック・エース。───イレギュラーはアンノウンと類似する点が多く、なぜ対立しているのかは謎ですが、外宇宙からやってきたとされるアンノウンに対し、イレギュラーは地球で生まれたアンノウンという見方が有効だと考えられます。しかし潜伏しているのは地中であるがゆえ、おそらく古代の時代、人類が繁栄する以前に地球に飛来し、近年に至りなんらかの事象が契機となり、地表に現れたのではないかと推測できます。つまり現代の、宇宙や地球に存在するアンノウンの祖ではないかという見解もできます』
「アンノウンの祖か。それは考えたことがなかったな」
流石はグラディオスを統御する高性能AI先生だ。俺にはなかった考察をしてくれる。
もしハルモニの仮説が正しければ、イレギュラーとアンノウンは元は同じ存在で、悲劇的に同族同士で殺し合いをしていることになる。先祖と子孫たちによる骨肉の争いだ。
気の毒には思う。同情もする。だが特に助けたいとは思えない。あの赤いタキオンは俺たちに「疑うことを知らない。知ろうとしない」だの好き勝手に言ってくれやがったからだ。それなら自分たちの子孫の説得でもしていろと言ってやりたいくらいだね。
「わかった。とりあえずはイレギュラーのことはいい。………少し疲れた。自動操縦に切り替える。帰投シークエンスは任せる。済まないけどリヴァイヴをハンガーに戻してくれ」
『イェス。メカニック・エース』
肉体的な疲労ではなく、精神的にくる疲労だろう。なんだか肩がものすごく重い。
リヴァイヴが自動操縦に切り替わったことがシドウに伝わったのだろう。七号機がそっと接近した。
『エース。大丈夫か? その………』
シドウは俺がグラディオスに帰還して、体の異変を知った最初のメンバーのひとりだ。
短期決戦だったとしても強敵かつリヴァイヴに制限をかけてしまえば、苦労も絶えないと知っている。すぐに気遣ってくれた。
「腕のことなら問題ありませんよ。ナノマシンを使わなかったんだ。腕の金属化も起きてはいませんし。ただ、予想以上に疲れたのでハルモニに操縦を任せたんです。ご心配おかけします」
『いや、ならいいんだ。………本当になにもないんだな?』
シドウめ。会った頃なんて、まったく俺を信頼するどころか化け物みたく扱ってくれたのが懐かしく思えるぜ。サフラビオロスの一件で同情してくれてからというものの、シドウはたまに俺を弟みたく扱う節がある。世話の焼ける弟として可愛がってくれるのはとても嬉しいが、最近一層過保護になりつつあるような。以前、そのことをレイシアに相談してみたら「違いないね」と爆笑していた。解決策などない。
「大丈夫です。このあと、メディカルルームで検診を受ける予定ですし。問題ないことはそこで証明できますよ。………むしろ問題なのは夜の方でして。隊長。なにかアドバイスもらえません?」
『………それを俺に期待すること自体が間違っていると知れ』
あ、通信切りやがった。逃げたなあんにゃろう。でも絶対に逃がさねえ。あとでレイシアと手を組んで詰めてやる。
機体の制御をハルモニに託し、脱力する。気が抜けた。俺にとってビーツの次に緊張する相手だったからかもしれない。その脅威を、海というアドバンテージ無しで退けられた事実に安心してしまった。ただ完全にリラックスできる状況でもない。機体のレーダーと脳内チップのリンクだけは切らずに警戒を続行した。
『周囲に敵影無し。レーダーの反応も消失。山火事も鎮火しました』
『よし。状況終了。各機、帰投せよ。よくやってくれた』
クランドから許可が降り、14機は揃ってグラディオスへ戻ることになる。
リヴァイヴのレーダーよりグラディオスの方が高性能だ。信用に値する。ここでやっとリヴァイヴのレーダーとのリンクを切ることができた。
「今回はうまくいった。でも、次にどうなるかわからない」
左腕を見る。パイロットスーツの下には、範囲が収縮したとはいえ、まだ金属化した皮膚がある。
今回の戦闘で悪化した感覚はないものの、長続きするとは思えなかった。
残り4話。地上であと1戦が残っているのだが、すべての可能性を潰した今、それが発生するとは考えられない。とある馬鹿がやらかしてアリスランドを占拠、グラディオスに牙を剥く。そこに付いていってしまったユリンとアイリが決闘する。
ユリンはソータに歪んだ愛情を向けていたが、精神的に限界を迎えたソータの反応が薄くなったことで見限った。それならいない方がマシだと考えたようで、グラディオスごと沈めようとするのだ。
全26話の壮大なストーリーを展開しつつ、じっくりとソータのメンタルを破壊するような流れであったが、そんな殺伐とする環境のなかで戦い、生きようとする人物たちの輝きに魅了されたファンが多い。
だが今回は違う。ソータは万全。ユリンは俺しか見ていない。一時的に俺が離脱したせいでソータとユリンだけでなく、グラディオス全体が危うくなったと聞くが、戻って来れたのだからもう大丈夫。
ほら、この第22話だってそうだ。
闇堕ちしたライラが暴走して、グラディオスを襲うことはなかった。彼女は今グラディオスにいて、俺たちの帰りを待っている。
「やっと終わった………あと少し………」
『エース。待たせたな。暗号文の解読が終了した』
脱力していたのに、より脱力してしまう事態となる。
なぜ今? もっと時間がかかると言っていたじゃないかとツッコミたくなる。
語りかけるケイスマンの意志は、俺がリアクションをせずとも続けた。
『現在は誰も使っていないとされる、ジャパニーズの言語、日本語なるもので変換してみた。すると全容が鮮明となった。これから詳細を送る。確かめてくれ』
確かに全世界の認識では、日本支部の消滅とともに日本人が絶滅したとある。今でも生き残っている人物がいるが、それは秘密だ。だからって日本語で解読できる暗号文ってなんだよ。
呆れつつ暗号文を脳内チップでキャッチする。
それを読み進めるうちに、俺のなかで電流が走った。
「なんだよ………これは………っ!」
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