もう戻れないB12
時間が許す限りシミュレーションルームで作戦を練っていたクスドに合流し、様々な可能性から多角的に攻めるプランを形成。そのすべてを跳ね返された際は物量差で攻め落とす。いつものことだが、結局はそれで作戦を固めた。
クスドは最後まで迷っていたが、時間が迫っていた。
今はグラディオスのハンガーのブースには、すべてのガリウスが揃っている。負けはしない。と説得し、所定の位置へと共に向かう。クスドはブリッジへ。俺は更衣室へ。
まだ時間には余裕がある。俺は更衣室の中央にあったベンチに座り、ジャケットとシャツを脱いだ。それから左腕を覆うカバーが気になって、外してみた。
「………ん?」
なぜか、不思議なことになっていた。
というのも、ライラに触れられた部分、特に肘の金属化が、少しだけ緩和しているように思えたのだ。
俺の体のことだ。脳内チップなんてものを脳に移植したからには、俺は俺の肉体を、より多角的な視点から分析することができた。
積分や左腕の比重などを計算。または肌から突き出ている金属化した部分の面積を前回目視した際のものとを比較する。
「やっぱりだ………2ミリくらいだけど改善してる」
凝視しなければわからないことだったが、俺の体は確かに不可能とされる現象を跳ね除けた。なにがあったのかまではわからないが、なぜか改善の方向へ向かい、鉄から肉を取り戻した。
それどころか重くもないし痛みもない。
「ライラの………お蔭なのか?」
もしそうだとしたら、俺はまたライラに助けられたことになり、大恩ができた。
そもそもライラとはなんなのか。スパイなのか。メッセンジャーなのか。当初は人類を観察するためだけに送られた存在だろうに、なぜこんなことができるようになった?
考えれば考えるだけ謎になってくる。
「………いや、今は任務に集中しないとだよな」
俺にしかできないことがあるはずだ。
腕が軽くなったのなら、その分パフォーマンスも上がる。
胃に穴が空きそうなくらいのストレスフルな空間から解放されたような気分だ。が、これから始まるのはイレギュラー戦。決して油断ができない敵がいる。
どれだけ集中して戦えるのかが肝となる。パイロットスーツを着用し、更衣室を出た。その頃になると時間に余裕を持たせて集まってきたパイロットたちが続々と更衣室に入る。入れ替わりでハンガーへと向かった。
「おうエース」
ハンガーでカイドウに声をかけられる。
「はい。おやっさん」
やることはいつもと同じだ。なにひとつとして変わらない。
カイドウに応じてそこまで歩く。
「本当にオールパーパスジャケットを外さなくていいんだな?」
やっぱりその件だったかと、苦笑してしまう。
「はい。リヴァイヴ単体でも飛翔はできますけど、オールパーパスジャケットがあった方が機動性が増します。それに、いざとなったら短時間だけワイヤーを使えば、そんな負担にもなりませんし。ガスの注入はできましたか?」
「ガスの高圧縮注入は完了してらぁ。けどなぁエース。ジャパンにはこんな言葉があっただろ? チリも縺れれば山場を迎え………ん?」
「塵も積もれば山となる、ですね。わかってます。だから多用するつもりはありません。飛翔時の可変翼程度にするならワイヤーを使わずに、ヒンジの上下左右の運動だけで済みますし。クスドもやってくれますよ。せっかく新機体で戻ってきたのに、俺を主力として扱わないなんてね」
クスドはすでに俺の体のことを知っていて、シミュレーションルームで作戦を詰めている際、泣かれてしまった。俺はクスドの頭を撫でて謝るくらいしかできなかった。
そんなクスドは俺が極力消耗しない戦術を組み立てる。大したもんだと感心する一方で、俺をソータと組まさずに中間配置する、ある種のオールラウンダー的な役割をさせる辺り、黙っていたことの報復行動だと思った。
「エースよぉ………お前、マジで自分のことなんだと思ってんだよ」
「俺は俺ですけど………なんです? おやっさん。いきなりそんなこと言うだなんて」
「サフラビオロスから保護してから、お前の狂人みたいな異常さに何度も驚かされた。血に塗れ、煤に包まれるくらい焼け焦げて、拷問で傷だらけになって戻ってきて………俺ぁ、お前にそんな地獄を歩かせるために蘇生させたんじゃねぇんだよ! けど、状況がそれを許さなくて………お前だって遠ざけようとしたら勝手に戻って来て、退役を撤回させざるを得なくなって、それで………お前が生死不明になってよぉ………あの時の俺らの地獄を、教えてやりてぇよ。どんだけ落ち込んだと思ってる? グラディオス全体の士気が低下したんだよ。お前っていうたったひとりの狂人の離脱程度でな!」
カイドウに腕を掴まれて、ガクンガクンと揺さぶられる。
こんな必死になるとは思わなかった。気付けばハンガーにいた全員が手を止めて俺を見ている。俺の迂闊でしかない自傷じみた行為について咎め、引き止めたいと強く願う目をしていた。
「………その力、使うな。使ってくれるな。死ぬな………死ぬんじゃねぇよエース。今度お前の機体になんかがぶっ刺さったり、帰還したお前が動けなくなってたら………俺の心臓が、もたねぇよ」
「わかってます。俺は、こんなところじゃ死にません。今は万全ですよ。機体も体調も。パイロットチームだって健在だ。イレギュラー戦だろうが勝ち抜きます。………アンノウンとの戦いでもね。じゃ、そろそろ時間なので」
涙すら浮かべるカイドウの手を丁寧に外し、横を通り過ぎる。
カイドウはなにも言わなかった。振り向きもしなかった。それでいい。
タキオンが設置されていたブースには、リヴァイヴが固定されている。階段を登って足場からコクピットへ直接乗り込んだ。
「エースのリヴァイヴのオールパーパスジャケット、大したセキュリティだな」
「イリス?」
出撃前までリヴァイヴのコクピットで座って待つ。エンジンをかける必要はまだない。外部電源によって最低限のエネルギーでシステムを起動。脳内チップとリンクしてリヴァイヴの状態を調べていると、製造ラインに移ったはずのイリスがコクピットの縁に立ち、上半身をねじ込んできた。
「なにしてんだよお前。こんなところで油売ってるとおやっさんにドヤされるぞ」
「そのおやっさんから言われて来た。メカニック総出でオールパーパスジャケットを解析して、機能の一部だけでも制限をかけてやろうとしたんだ。失敗に終わったけどね」
「なに勝手なことしてやがる」
「必要なことだったんだ。エースの状態を聞いたら、もう正気じゃいられなかった。いっそ、接続基部を切り落とすか爆破するかして、海に落としてやろうかとさえ考えたよ。エースを守れるなら、それくらいやらないとね」
「失敗に終わってよかったな。成功してたらお前も海水浴だ」
「いいよ。エースが助かるなら。いっそみんなで24時間耐久の海水浴でもするさ」
イリスは本気で言っている。それくらいわかる。だから俺も軽口で返すことができた。
「ジャケットを使うなとは言わない。でも極力使うなよ」
「同じじゃねぇか───おっ」
ハンガーに、いやグラディオス全体が揺れる。
イリスがコクピットから転げ落ちないように襟を掴んで固定する。
「………アンノウンとイレギュラーがぶつかったな。距離は………ざっと7キロ先ってとこだ」
「出るんだね?」
「まだ先だ。アンノウンとイレギュラーが潰し合いを、なんだとっ!?」
脳内チップを艦外カメラに接続し、得た新たな情報に驚愕する。
なんとEタイプにぶつかったイレギュラーが反転。アンノウンと殺し合わず、グラディオスへと躊躇わずに猛進したのだ。
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