もう戻れないB11
「ライラ!」
ライラの頬を包むように手を当てて叫ぶ。
彼女はそれまで呆然としていて、叫ぶとパチクリと瞬きをして正気に戻った。
「あ、あれ………らいら、なんで………?」
「いいんだ。思い出さなくてもいい。ちょっと立ったまま夢を見てただけだろうからな」
「そんなきよーなこと、らいらできるのかな?」
「できるさ。なんなら、俺だっていつもそうだからな」
「そっかぁ」
とにかく今は余計なことを考えさせないのが彼女のためだ。
そのあともなにか不調がないか尋ねて、ついでにシーナが触診する。胸を揉みまくっていたのは、シーナのセクハラ願望だろう。「羨ましいだろ」なんて言いやがって。ファンとして推しキャラと触れ合うのはなによりの夢だが、セクハラはいけない。コンプライアンス大事。オーケー。
するとまたライラがいらない気を回し「えーす、おっぱいもむ?」なんて聞いてきやがるから、軽く説教しておいた。元凶のシーナには拳骨の刑罰を執行。
「眠いなら部屋に連れて行ってやろうか? それともレイシアさんのところに行く?」
「んーん。らいら、じぶんでいけるから。おはなししてたのにごめんね。らいら、もういくね。………えーす。うで、たいせつにね」
「ああ。わかってるよ」
シーナとふたりで手を振って見送る。ライラは朗らかに笑いながら、何回か振り返っては去っていく。
「ライラは………人間の協調性を学びつつある」
「お話してたのにごめんね、か。あんなことが言えるなんて思いもしなかった。でも、今はそれより………」
「ああ………」
シーナと顔を見合わせて、数秒後にガクッと同時にしゃがみ込んだ。
「ヤベェ。マジでヤベェだろあれ………劇場版が決定したって特報で、ライラの声が聞こえたけど………そのまんまじゃん!」
「威力凄まじいな………嬉しいとか、そういう次元じゃねぇぞこれ。興奮し過ぎて鼻血出るところだった」
「私は吐血するところだった」
俺とシーナは転生者である前に、似た者同士だと最近わかった。
触れる琴線が近いのだ。「天破のグラディオス」の生粋のファンにして、願望こそ異なるがともに原作をはるかに超越するトゥルーエンドを迎えるべく日々研鑽し合える仲となった。
最近では俺だけでなくビーツもそこそこ原作破壊行為をしてくれているので、イレギュラーの発生やらと原作とはかけ離れてきて、成果を得られている実感があった。
しかし今のはこれまでの比ではない。ソータとアイリを同じロッカーに詰めて、想いのすべてをぶつけさせて両想いにしてやった時と同等の達成感がある。
「うぉぉ………震えが止まらねえぞこれ。原作ではこの話しでライラが死ぬはずだったけど、今の時点で闇堕ちしてないから、もう二度と聞くことはないって諦めてたんだよなぁ!」
「新人のなかでも特に演技力が高いって評判の声優をキャステングしただけはあって、原作もPVもゾクゾクしてたけどよぉ………画面越しに聞くのと実際に聞くのとって、すげぇ違いがあるよなぁ………あ、嬉ションしそう」
「流石犬の散歩プレイで喜んでたド変態なだけあるよ。いや私も実際に漏らしかけたけどさぁ」
「おいシーナ。気付いてるか? 今の記念すべきライラのPVのボイス、ビーツだけは聞けなかったんだぜ?」
「おっほ。マジじゃん。よっしゃビーツザマァァァアアアアアア!!」
震えて、漏らしそうになって、最後に狂喜する。それぞファンの生き様よ。
しばらく喜び合って、呼吸も落ち着いた頃。急に冷静になったシーナが、俺を見上げて言う。
「………でも、なんでお前なんだ?」
「なにが?」
「私はライラのテレパシーが聞こえなかった。聞こえたのは原作どおりソータ。第2クール序盤と、イレイザーの初出撃で。お前も………聞いたんだっけ?」
「ああ。アリスランドの戦争で、みんなが窮地に立たされた時にな。リヴァイヴのレーダーが故障して、雲のなかを進まなければならないって時に、ライラの声が聞こえたんだ」
「ずりぃ。まぁ、それはあとで詰めてやるとして。今は、なんでライラが劇場版の特報と同じことをお前に言ったのか、だよ」
失ったの、悲しいね。ソータ。取り戻したい?
ライラはシルエットだけで全貌を見ることはできなかったが、あのPVではそう言っていた。
あれはアンノウンとの最終決戦や、そこまでに至る道のりで、ソータは様々なものを失ってしまったからだと言える。そのなかでも特に失い続けたのが仲間だ。
サフラビオロスのアスクノーツ学園から付き合いがあった者がパイロットになり、最初の犠牲者となったヒナを皮切りに悲劇が幕を開けた。
コウを失い、シェリーを失い、クスドを失い、ハーモンを失い、ハナを失い、キルカとナリヤとマイアを失い、アレンを失う。ライラもそのなかのひとりだ。
ユリンはアイリと決闘し落とされ、生死不明となった。
ソータの戦いの道は、まさに失うためだけに用意された精神崩壊まっしぐらの過酷な人生である。
そりゃ悲しい。絶望もする。最後にアイリと笑って手を繋いでくれるようになるくらい仲が治ってくれて安心した。
けど、あのPVでライラは最後に意味深なことを言った。
取り戻したい? と。
あの状況で取り戻せる? 死んだはずの仲間を? それはいったいどんな魔法だろうか。
「はっきり言って、劇場版の情報はあのPVしか知らない。まったくもって未知数だ。俺は最終回と特報PVを見て意識が飛んだ。お前が飛んだのはいつだ?」
「最終回を見て数日後だったかな。でもあれは飛ぶっていうより、事故死だったからなぁ。寝落ちと事故死って、そこに違いがあるとか?」
「今はなんともいえねぇよ。………いいや。今はそのことは忘れよう。まずは目の前のことから始めないとな。………おっと。もう自由時間が終わるまで30分じゃんか。お前、コウと一緒にいたんだろ? 寝かしつけたなら起こしてきな。俺はクスドのところ行って、作戦の全貌を確かめてくる。また今夜にでもミーティングしようぜ」
「………逃がさねえからな?」
「おお、怖い怖い」
薄ら笑いを浮かべながらシーナから離れる。
シーナは、いつまでも俺の背中を睨んでいた。気配でわかる。
それにしても流石はシーナと評価しなければならないだろう。
俺の言動を見て異変に気付くとは。これでもヒナたちには隠し通せてたのに。
けれども本当の目的は、隠すことに成功している───と思う。
時間が、本当に時間がないんだ。
それによってすべてを敵に回すかもしれないが、様々な角度から見た情報により、俺に用意された準備時間は、また限られたものになってしまった。
もういっそのこと、イレギュラー戦である程度ぶっ壊してもらうのも手段のひとつだろうが、それではすべてが計画通りになるとは限らないだろう。
誰にも悟られてはいけないのだ。この計画だけは。
さもなくば、俺たちを待っているのは確実な死である。
死にたくない。戦いでも、それ以外でも。
けど俺にはもう、自分の命よりも大切なものができてしまったんだ。ファン失格なことに。
そのすべてを守り、笑顔を保てるなら、俺は───
感想、リアクションありがとうございます!
いただいた感想は夜にお返事させていただきます。
もうそろそろ終盤なんですね。怒濤の勢いで書き進めてしまったせいで、その実感がありません。毎日更新を続けて半年以上が経過しましたが、まさか500話を超えるとは去年の私は思ってもみなかったでしょう。
作者からのお願いです。
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