もう戻れないB10
目が覚めたのは予定時刻の1時間前だった。
今回は魂のぶつかり合いみたいな愛を確かめる行為ではなかったし、俺はみんなに支えられ、みんなを俺が支えるような行為だった。
ただそれだけでも体は軽くなった気がする。
生きる意欲、あるいは活力、あるいは希望をもらえたのだ。
「大丈夫。俺はまだやれる。まだ生きる。………守るよ。みんなを」
仮眠を取ったらすぐに本番が始まるかもしれないので、全員衣服を着用して寝てしまっていたらしい。それでも肌蹴ていたところもあって、特にヒナの胸なんてもう大変なことになっていた。シーツをかけて隠してやる。
俺はなんとかベッドから這い出て脱出する。脳内チップで3人の端末にアクセスし、ユリンの端末で設定した時刻にアラームをかけてやるようセットする。
きっと今朝から俺のことで気が気ではなかったはずだ。悪いことをしてしまった。こんな、俺が少しだけとはいえベッドを揺らしてしまっても熟睡しているほどだ。消耗していたのだろう。
「………ありがとな」
3人からもらった活力を胸に、衣服を整えて部屋を出る。急ぎ、クスドの作戦を確認しておきたかった。
しかし、通路の曲がり角を直進したところで、とある女に出くわした。
「………よう」
「シーナ?」
「あ、えっと………悪かったよ。お前のこと、みんなが聞かれちまうくらい大きな声で、おやっさんたちを詰問したんだ。だから、元凶は………私にある。済まなかった」
俺とシーナに垣根は無い。平等な立場からものを言い、そしてこの物語を完結に向けて進ませ、誰も見たことのないハッピーエンドに導くための同志である。
ただ、今朝のことはシーナにも思うことがあったのだろう。素直に謝罪をするとは思わなかったが。
「いいよ。もう過ぎたことだ。気にするな」
「けどよ」
「いいんだ。頼む。さっき、ヒナたちにも言ったんだ。誰かに謝られたり、気を遣ってもらったりすると、どうしても俺も俺の体で起きている反応を自覚させられちまう。………ジャンルこそ違うけど、どこぞのゲームの主人公みたいな心境になって、同じようなことを言うとは思いもしなかったよ」
「………俺は悪くねぇ?」
「そう、それ」
「ふっざけんな。あの主人公の男の子の可愛さと、テメェのモブ感丸出しのビジュを比較すんじゃねぇ! ブチ殺すぞテメェ!」
「ひでぇ」
でもこれでシーナからしおらしさが失われた。こいつはちょっと剛毅なところがあるくらいが丁度いい。
それでもシーナは謝りに来たのだという目的をすぐに思い出したのだろう。ハッとして、またしおらしくなった。とても似合わない。
「実際問題………どうなんだよ」
「なにが?」
「その………お前のことだから、どうせ砕け散っても戦うって気概があるんだろうけど」
「おっ。よくわかったな。大正解」
「ハァ………ヒナたちも可哀想にな。こんなのに惚れたばかりに振り回されて」
それはよく知ってる。
「………戦うのか?」
「当然だろ」
「………死ぬかもしれないのに?」
「ガリウスで出撃すれば、誰だってその危険性はあるよ。敵にやられるかって意味じゃな」
「そうだけど、お前の場合はもっと酷いだろ」
ともにハンガーまで歩き出す。ただし、シーナはいつものように俺の隣に並ぼうとはしなかった。常に一定の距離を保ち、後ろを歩いている。
俺と目を合わせたくないのかもしれない。気まずいものな。
「お前の症状が悪化する原因をおやっさんから聞いた。リヴァイヴに乗るのはあまり問題じゃねぇ。オールパーパスとかいうジャケットを使うことなんだってな」
「強すぎる力の反動ってやつだよ」
「かっこつけてんじゃねぇぞ小僧が。………でも、それでもお前は使うんだよな。あのジャケット」
「それを使わないと勝てない相手ならな」
「イレギュラーとか確定じゃねぇか」
「今回はソータとイレイザーが完全な状態で手元にある。たった1体のイレギュラーだ。もしかしたら使うまでもないかもしれない」
「ソータもお前の症状が悪化する原因を伝えておいた。だからソータは序盤から全力で行くってさ。お前の出番を潰すつもりだ。………勘違いしないでほしいんだけど」
「うん?」
ソータが序盤からフルスロットルになる危険性は、かなり深刻なリスクを伴うことになる。
これまで俺たちが経験した戦いのなかで、ソータがエースパイロットとして周囲から認識されてきた頃、ソータはどうしても前線に立つ必要があったが、ともに並ぶシドウがフォローするなどして温存されてきたのだ。その流れは昨今にも引き継がれ、先の戦争ではアリスランドの主力のひとつ、漆黒のタキオンを抑えるためにあえて自由にさせたが、オペレーションスリースターでは俺のタキオン同様に中盤に差し掛かるまで温存された。
戦局とは生き物として例えられる。クスドもよく言っていた。生きているように変化する。思い通りになった回数の方が少ない。いやかなり思い通りになってると思うのだけれども。
だから斥候を放ち様子を見て、機会を見誤らずに主戦力を投じて勝機を得るのがセオリーなのに、クスドも了解しているのか、ソータは最序盤からイレギュラーを潰そうとしている。呆れつつ、ソータならあるいはと苦笑してしまった。
するとシーナが俺の横に追いついて並ぶ。
「私は、別にお前に恋愛感情なんて抱いちゃいない。考えただけで吐き気がするね。オェエエッ!」
「………おい。さすがに吐き真似はやりすぎだろ」
「でもな、それでもお前は、私にとってかけがえの無い存在なんだよ。死ぬな。戦い以外でもだ」
無茶を言ってくれやがるんだからな。このハムスターは。
「必ず帰ってくる約束か。そういうのはコウに言ってやりな」
「舐めんな。毎晩のように枕元で囁いて、洗脳してから部屋に戻ってんだよ私は」
「コウも気の毒にな。こんなイカれた粘着ハムスターがパートナーなんて泣けてくる」
「さっきのお返しのつもりか? ブチ殺すぞテメェ」
この返しも知ってた。何回俺はシーナにブチ殺されるのだろう。
「で、次だけど。お前私に隠してることが───」
「えーす! しーな!」
シーナの鋭い眼光を突きつけられ、ギクリとした俺に救いの手を差し伸べた、とにかく明るい声。
ライラが俺たちを追いかけてきたのだ。
「よう、ライラ。今日も元気いっぱいだな」
「うん! らいら、いつもげんきだよ」
第2クール序盤では「あ」とか「う」とかしか言わなかったのに、ライラはもう人語を自在に扱い、俺たちが難しい表現をしても理解できるようになった。凄まじい学習能力だ。
ライラはシーナの腕を掴み、俺の胸に飛び込んだ。この艦のなかで、唯一女性でありながら俺に抱きついてもヒナたちがブチギレない希有な存在である。
「………えーす」
ところが、そんな時だった。
ライラが俺の左腕に触れた。切なそうな面持ちをして、ジャケットとシャツとカバーで隠れている金属化してしまった部分を撫でる。
「………いたい?」
「いや………まぁ、そうだな」
「もう、えーすのうでじゃないの?」
「いや、こんなだけど俺の腕だよ」
「………うしなったんだ」
「ライラ?」
いつものライラではない。怪訝に思った俺とシーナが、ライラの顔を覗き込む。
ところが、悲しそうな顔をするライラは、俺とシーナだけが知る、衝撃的な発言をするのだ。
「うしなったの、かなしいね………えーす。………とりもどしたい?」
俺とシーナは息を呑み、しばらく動けずにいた。
今のは聞き間違いでないとすれば「天破のグラディオス」最終回後の緊急特報で、マッシュボブの髪に散髪したライラが、シルエットのみで語るのだ。
それは劇場版のティザーPVの文言である。
ライラは、虚になりかけた瞳をしながら、ソータにではなく俺に語りかけた。
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いやはやリアルで仕事が忙しかったので遅れてしまいました。申し訳ありません。
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