もう戻れないB09
ガッチリと両腕をシェリーとユリンに掴まれる。背後は壁。正面はヒナの双丘。逃げられねぇよな。
「言ってくれないなら、口を割らせるだけだけど?」
「出撃前だからって手加減されるとでも思ってます?」
左右から悪魔みたいな、いや悪魔そのものの囁き。こいつら、隠していたことを言わないと俺を破壊するつもりだ。
「黙っていてもなにも始まらないよ? ………わかった。もういい。体に聞く。行こう」
ヒナさんは今日はドSですな。多分、俺の部屋にあった軍服の予備のベルトだろう。それを持ってきて俺の首に回し、犬の首輪とリードみたいにして手に持ちやがった。
男として、そんなプレイを要求したくはない。でもなぜだろう。ゾクリとした。まさかこの俺が犬の散歩プレイを望んでいるとでも?
ミーティングルームから連れ出される。
誰もが振り返って青褪めた。俺をこんな目に遭わせられるヒナたちの正気を疑っているのだろうけど、それならいっそのこと叱って止めてほしいもんだ。けど巻き込まれたくないから、誰もなにも言えないんだ。
薄情な連中だこと。
俺と一緒に散歩したくないってのか。もし俺が第三者なら、こんな可愛い子たちに引いて歩いてもらえるなら喜んで犬に───待て俺。人権を自ら捨てようとするんじゃない。
「あー。今日は良い天気だな。甲板行って、コーヒーでも飲みながら───」
「エー先輩。あまりふざけたこと言ってると、ドイツ支部に帰ったら本当にワンちゃんのトイレを勝って、そこで排泄させるからね」
「………わ、ワン」
まずいな。ヒナがガチギレしてる。久々にあんなどす黒い目を見た。本当は黒くないんだけど、不思議と深淵の闇のような色をしているんだな。目の錯覚だろうけど。
またもや人権が剥奪されるところで、俺の部屋に着く。ここが俺の処刑場だ。
出撃前に、死ななけりゃいいんだけど。
「入って」
「あう」
ヒナに部屋に蹴り入れられる。床に倒れてしまった。
シェリーがロックをかけ、ユリンはタイマーをかけた。まるで死へのカウントダウン。
「まずは裸になって、お尻を私たちに向けてもらいましょうか?」
ユリンが冗談じゃ済まされない表情で述べた。誤魔化しが効かない目だ。
渋々とシャツのボタンに触れると「冗談よぉ」とユリンが妖しい微笑を湛えて言う。
なにがしたいんだと抗議を秘めた目で見上げると、シェリーが手を差し伸べ俺を立たせ、同時にしがみ付くように抱き付いた。ヒナとユリンも続く。
「………なんで、黙ってたんですか?」
俺の体についてだ。
もう誤魔化せないなら、いっそ………
「自分が死ぬ、って実感はなかった。いや、あるにはあるんだ。でも死って感じが………うん。どうにも、誰よりも近くにあったからな。慣れてしまった………に近いのかもしれない」
「なんでそんな………エー先輩が一番辛いはずなのに、なんでそんなヘラヘラしてられるんですか!?」
泣きながら訴えるシェリー。ヒナは右肩に額を埋め、ユリンは左腕のカバーをそっと撫でた。
「ヘラヘラって………そんなしてるかな?」
「してます! 怖くないんですか!?」
「………怖いよ。とても怖い。………そうか。だからか。自分で誰かに言ってしまったら、俺は………死を自覚してしまうかもしれない。いつかわからない。でもこのままいけば誰よりも早くその時期を迎えてしまうかもしれない。だから………自分でもそう思わないためにも、なんともなく振る舞っていた、ただの強情だったのかもしれないな………」
誰かに打ち明けることで自分を知ることができる。
まさに今がそうだ。俺はみんなに心境を打ち明けることで、俺が自分でなにをどうしたかったのか、どう生きたかったのかを知ることができた。
最初は苦手だったマルチタスクだったとしても、今は至極当然にそこにあり、常に同時進行で複数の事象を解決させるべく奮闘し、確実な邁進を得る。
それが俺の精一杯であり、そして他のなにかに集中することで死を忘れ、生を実感していたのだ。
今の俺は痛みですら喜んで享受することができる。痛みもまた、生きている証だからだ。
………犬の散歩プレイは他としてな。
「………ごめんなさい」
「え?」
「それじゃ私たち、エー先輩が一番怖いこと、させちゃった………」
発言の途中から3人はハッとして渋面していたので、どうしてなのかと疑問に思っていたらこれだ。
震え、泣きながら謝る3人。
次第に謝罪の意味がわかった。
俺は死を自覚したくなかった。新たなナノマシンを注入して、左腕に異変を覚えてから、多分そうなるだろうと思ってはいた。でも、それでも気が狂いそうにならなかったのは、やるべきことがあったからだ。
ひとはいつか死ぬ。俺はそれが早いだけ。それだけのこと。
けれども今、3人に打ち明けてしまったことで、俺は否が応でも死を自覚した。俺自身の発言がそうさせた。
ヒナたちは、自分たちの質問でそうさせてしまったのだと思っているのだけど、ここまで来てしまったらもう俺だけの問題ではなくなるだろうから。
悲しそうにする俺のパートナーたちをいっぺんに抱きしめた。
「みんなが悪いわけじゃない。これは、俺の選択だから」
「けど………こんなのって」
「せっかくエー先輩が生きて帰って来てくれたのに、死んじゃうなんて………嫌だぁ」
子供のように泣くみんなを抱きしめると、なんだかな、俺もなぜだか、泣けてきた。
ああ、そうだよ。
怖いんだ。
怖くて、怖くて、怖くてたまらない。
少しでも気を緩めるとガクガクと震え出し、気がおかしくなってしまいそうになる。
かつて何度も死の淵というものを彷徨ってはきた。
けどその度に生還した。奇跡的なものもあった───いや、毎回奇跡だったのかもしれない。
あれが死なのだと実感すると、頭が真っ白になる。
これじゃ、推し活の申し子失格だよな。
俺はなんのためにここにいるのか、忘れてしまいそうになる。ソータとアイリがイチャイチャしてくて、カップルが成立してその先を見るためなんてお題目で、いつも俺自身のことなんて二の次で、目的のためなら手段を選ばなかったのにさ。
いざ、自分にそのツケが回って来た時に後悔し始めるんだ。
「怖い………怖いよ………」
「っ………エー先輩!」
俺のものとは思えない、薄れ、掠れた声で呟いた。
みんなに届いてしまった。本当なら隠すべきなのだ。
気を遣わせるべきではないのに。俺はこの時、本当に怖くてどうしようもなくて、意味がないとしてもヒナたちに自供してしまった。
それでも、その次の「助けて」だけは噛み殺すことができた。これを言ってしまったらおしまいだ。
俺はグラディオスを降ろされるかもしれない。ペンタリブルの悪夢の再来だ。
こんなところで計画を頓挫させてはいけない。
シェリーが絶え間なく流す涙で潤んだ目を向ける。腰に回っていた手が俺の頬を両方から包む。
「まだ時間はありますから。この怖さ、今だけでも………忘れさせてあげます」
そこからは優しい時間だった。処刑場とか言ったの誰だ。
ベッドに押し倒された俺は、みんなの献身的なケアのお陰で正気を取り戻し、英気を養い、本当は怖くても、また一歩を踏み出せる勇気をもらえたのだ。
例え、それが長続きしなかったとしても。
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