もう戻れないB04
みんなが目に涙を浮かべていた。
こんなところを見たくないから、黙っていた。シドウたちにも秘密にしてもらうように頼んだのに。
「エー先輩、なんで黙ってたのさ!」
「毒だなんて………そんなナノマシンを注入するなんて、必要があったんですか!?」
「エー先輩はジグのようにならないと約束して、帰ってきて約束を果たしてくれたのに………こんなのあんまりだ!」
「どうにかならないんすか!?」
「死ぬの? エー先輩、死んじゃいやだぁああ!」
隠していたこと、いずれ迎える末期症状のこと、改善についてのこと、いっぺんに聞かれる。
俺はどうしたものかと迷い、シドウを見る。シドウはお手上げ状態だったが、どうにかして切り出すタイミングを伺っていた。
俺はといえば、ヒナを先頭に次々と人員が押し寄せ、すぐに包囲されて密着を受ける。パートナーたち3人以外の少女の密着があったのでセクハラを咎められないか心配になったが、今はそれどことではない。
「そうだなぁ………すぐに、じゃないよ。すぐに動けなくなるわけじゃ………あ、おいやめろお前ら! 左腕に触るんじゃない! あっ!」
どう言いつくろおうかとしていると、キルカたちに左腕を掴まれて、ジャケットをめくられたあとカバーを外される。
そこにあった衝撃的な、人間とは思えない変化に、全員が息を呑む。
「………ハァ。見られたくなかったのによぉ」
「ごめんなさいね副隊長。でも、こうでもしない限り、この子たちは納得しないわ。実際に見てみるととてもショッキングだったけど」
二の腕の一部、肘の一部が金属化している部分を見られ、もう誤魔化すことはできなくなった。
「エー先輩………シーナさんが言ってました。これはエー先輩が体のなかに注入したせいだって。なんで………そんなことをしたんですか? ………いえ、そうする必要があったのはわかりますけど………そんなリスクがあったのに、なんで」
悲痛な表情で問うアイリ。
必要性は理解していながら、結果というか、これから迎えてしまう回避しようのない未来に嘆く。
みんなそうだった。
すべては勝つためだった。生かすためだった。助けるためだった。自己犠牲の果て、俺は知ることとなったのだ。
献身と推し活は、両立することはないと。
特に俺が重んじる推し活、死を迎えるキャラクターの救済によって、世界の歯車は確実に外れるか壊れるかなりしている。その反動が元凶たる俺に跳ね返った。
つまり俺がやっているのは、どちらも言い訳にした俺のエゴ。我儘。俺自身を犠牲にしたとしても誤魔化し通すことですべてを幸福にする。それが俺の道。選択である。
こんな時、気の利いた一言でも言えればいいのだが、みんなを慰める言葉がどうしても見つからない。
もう誤魔化しきれない。謝って許されることだろうか。
いっそのことすべて話してしまおうか。それは意味がないどころか、頭がおかしくなったと疑われかねないか。
「俺は、みんなが笑っているところが好きだった」
「そのせいでエー先輩が笑えなくなって、いなくなるんじゃ意味ないよ!」
「………そうだな」
俺が貫き通したエゴのせいで、みんな泣いている。笑えるどころではない。
「けど希望というか、まだすぐに死ぬって決まったわけじゃないから。まだこのくらいの症状だし。ナノマシンの症状なら緩和させたり、完治………できるかどうかはわからないけど、それに近いこともできるかもしれない。詳しいことはこれから調べるさ。だから………ああ、もう泣かないでくれよ。悲しいのはわかる。俺だって死にたくないけど………」
「なら、なんでエー先輩は笑ってるんですか!? まるで他人事みたいに!」
他人事か。まるでそのとおり。シェリーの意見に、まったく反論できなかった。
死ぬのは嫌だけど、自分の命に無頓着。多分それが、これまでの生活や行動を振り返った際における、俺の欠点のひとつなのだろう。
死にかけるほど痛い思いを何度もした。他人の悪意を一身に受けた。発狂も経験した。
それでも俺は、なにが不満なのかは自分でもわからないが、学習能力がないのか、自分のことに無関心なのだ。
………いや、違う。
先程送られてきたデータによれば、本当にもう時間がないのだ。
世界が、動く。
世界という計り知れないものを単位化して、俺という矮小なものと比較した結果、釣り合うはずがないことはわかっている。ただ、俺というほんの少しの小さな存在が打つ楔が、効果を発揮しているのなら。
「………あのことはバレていないか」
「言い訳なら大きな声でしてみてほしいわよ!」
「ああ、ごめんなユリン。俺は………はっきりとした死ってものがよくわからなくて。色々なことがあったからかな………本当、自分でもどうしたらいいのかわからないんだ。ごめん。ごめんな、ユリン」
いつも飄々としているあのユリンが、こんなにも感情的になって叫ぶほどだ。今さらながら、大変なことをしてしまったのだと痛感する。
けど、それでも───
『ブリッジよりクルーへ。エース・ノギ少尉。ドイツ支部、ドルテ支部長がお呼びです。至急ドイツ支部へ移動してください。繰り返します。エース少尉は至急───』
俺にとっては良いタイミングで呼び出しがかかる。
それにしても、ドルテとは数回話しただけで、特別親しくもなければ、なにかを気軽に頼まれるような間柄でもない。アラスカ支部近くで出会ったエングレルファクトリー社のアラスカ支部の支部長の方が、もっと親しい気がする。
俺は呼び出しに応じるために謝りながら移動しようとするも、ソータたちが離してくれない。見かねたシドウが止めに入らなければ、俺はずっと拘束されたままだったかもしれない。
罪悪感があったが、呼び出しに応じないわけにもいかない。昇降口から地上に降りる。そこにはドイツ支部の軍人がふたり待っていて、俺を自動車で送迎してくれるようだった。敬礼を受けたので返すと、促されて乗車。
コーネリアの話しでは近いうちに尉官から佐官になるそうで、その噂が出回っているのか、俺を好待遇で接待しようという魂胆か? いいや、ドルテはそんなことをするほど劣った男ではない。
いつも慣れてしまったゆえか格納庫側の出入り口から顔パスで入るのだが、今回は正当な理由がある召喚だったのだろう。ロビーから案内された。ホテルマンみたいな奴がいて、俺を先導して支部長室まで案内してくれる。半年間もいたのだから、案内をされなくても場所くらいわかるのに。
「───ドルテ支部長。エース・ノギ少尉をお連れしました」
「うむ。入れ」
「ハッ! 失礼します」
「失礼します」
いかにともに戦った仲とはいえ、上下関係と礼節を忘れてはならない。
俺はグラディオス代表としてこの場にいるのなら、粗相でもあろうものならクランドの顔に泥を塗ることになる。
「エース・ノギ、現着いたしました」
「うむ。ご苦労。楽にしてくれて構わない」
「済まないなエース。なにせ、急を要する内容だったものでな」
「コーネリア少将まで。いったい………ん? ところで、そこに立っている者は?」
部屋の隅にはコーネリアがいた。
つい数時間前に艦に戻ったばかりなのに、またドイツ支部にとんぼ返りするなど苦労の絶えない人物である。
そして、その隣に立つ長身痩躯の男に目がいく。
なぜ………いや、なんで? 俺はその男の名前を知らないのに、原作でも見たことがないのに、なぜか知っているような気がしてならなかった。
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