もう戻れないA03
俺が掴もうとした勝利の代償は、とても大きなものだった。
正直なところ、なぜこれほどまで心が正常なのか不思議に思うところがある。
だって、そう遠くない未来で、俺の体は動かなくなるかもしれないのだから。
対話のために異星人の星へワープして数十年後に帰還した際、肉体を変化させていたメタリックカラーに染まった主人公じゃないんだから。「俺がガリウスだ」なんて言いたくねぇぞ?
「………レイシアさん。そろそろ、離れてもらえると助かります」
「あ、ごめんね。そう………だったね。エースくんはヤルことあるもんね」
なんだろう。言い方にどこか意味ありげななにかを感じる。
………なにひとつとして、間違ってないんだけど。
「そういうことです。さて、そろそろ部屋に戻ります。親鳥が運ぶ餌を待ち兼ねてる小鳥たちが心配だ」
「ヒナちゃんだけに、ね」
「うまいこと言ったつもりなんでしょうけど、ツッコミませんからね。代わりに座布団を差し上げます」
日本の伝統芸能を理解しつつあるレイシア。けれども「ザブトンってなに?」と尋ねる辺り、まだ詰めが甘い。
微笑しながらも内容を説明する。レイシアは聞きながら左腕に包帯を巻いてくれた。二の腕と肘を覆い隠すカバー付き。防水仕様。「これからお楽しみだもんね?」だとさ。見破られてる。いやもう今さらなんだけど。
そんな処置が終わる頃、今回は解散の流れとなった。リヴァイヴのオールパーパスジャケットを使うだの使わないだのという水掛け論はすでに無意味だ。戦争が終わり、連合軍本部からのお達しを待つしかないが、今頃本部は大変なことになっているだろうとのこと。
数ある派閥のなかでも特に過激とされるオルコット派とデクスター派が再び対立。地球で代理戦争をさせるという事件にも発展した。
これについては双方に明確な理由があると主張し、正当性を説いたのだが、地球で人類がアンノウン以外の戦闘で千人単位の犠牲者を出したということもあり、存続が危ぶまれたのだ。
扱いに関しては特に難しかっただろう。オルコットも連合軍の幹部のひとりで、デクスター家も階級は少しだけ低いが現当主も幹部のひとりで、長男と長女がすでに将官である。その長女のコーネリアが自ら先陣を切って事態の収束に務めるために地球に降りたという噂が流れ、オルコットの立場と印象を若干揺らがしたとか。
で、代理戦争はこちら側、ひいてはグラディオスの後ろ盾となっているデクスター家の勝利。他の幹部たちは億劫に思ったり、下手に口出しして粛清の対象となりたくないがため沈黙したまま行く末を見守り、いつしか「勝者が正義」という暗黙の了解が成立。オルコットの勢いに歯止めをかけた。
デクスター家の歴史に新たな1ページを築いた瞬間でもあった。現当主は大変喜んでいると、コーネリアから通信があったとクランドが以上の考察とともに教えてくれた。
いずれにせよ、そんなのは原作にはない流れだ。
オルコット派とデクスター派は対立しているとファンブックに書かれていた程度。だからこんな大規模になるとは思いもしなかったのだ。
「あとで、ハーモンに色々聞いてみるか」
もう立ち上がって歩けるくらいは回復した。ひとりで長い通路を行く。もうすっかり夜間だ。夕飯時に食堂で何回も乾杯の音頭が炸裂したと、擦れ違う整備科の人間が教えてくれた。本格的な祝勝会はドイツ支部で行うという。
擦れ違う誰もに挨拶しながら、今後のことについて考えをまとめる。
ハーモンを頼るのは当然だ。ハーモンはデクスター家の一員だ。家出か追放、あるいは両方の経緯を持っていたとしても、それは中途半端な不良時代ゆえで、今は立派なパイロットをしている。
サフラビオロスで腐っていた時よりも、己が裡にある引き出しの数は増えているだろう。その知識を頼ってみたい。学生時代は不良だったけど筆記試験は一度も赤点を取っていないし、わからないことがあればクスドに聞いていたようだし。つまり頭がいいんだな。
「ハーモンに、聞く………か。ふふ」
無意識に笑ってしまった。
原作ではハーモンはすでに死んでいる。ビーツのタキオンに落とされて。
それが今はみんなここにいて、いつでも会話できるという実感があると、とても充実感があるのだ。嬉しくなってしまう。
さて、3週間ぶりくらいに歩くグラディオスの通路は、当然と言えば当然なのだが、なにひとつ変わっていない。若干揺れるくらいだ。というのも、グラディオスは現在、海上に留まりつつ不測の事態に備えているのだ。
戦いが終わったからといって「じゃあ拠点に帰りますアディオス」というわけにもいかない。
海域にはつい数時間前まで殺し合っていたドイツ支部艦隊とアメリカ支部艦隊が合同で展開していた。大規模な捜索ミッションを開始している。
敵将ビーツが乗っていたアリスランドの暴挙により、双方に多くの被害者が出てしまった。
ドイツ支部艦隊なら回れ右して北海に入り、東へ進めばドイツだ。だがアメリカは違う。西へと航路を向けようにも、アメリカが遠すぎるのだ。途中で沈没しないように修理する必要がある艦がいくつもある。ドルテはアメリカに手を差し伸べ、彼らが無事に帰れるように支援をした。立派なひとだ。
窓から外を見る。すぐ横にアリスランド。そしてコーネリアが乗っていた艦。
アリスランドは戦意喪失したかのように完全に沈黙。コーネリアの艦にはビーツとアークが乗っていて、治療が終わり次第尋問を行うとか。
おそらくしばらくかかるだろう。ドイツ支部から補給船も派遣されると言うし、気長に待てばいい
それよりも今は、もっと集中すべきことがあった。
「………みんな、ただいま」
最大の緊張。カイドウに詰められた時よりも恐怖が勝る。
グラディオスにある俺の部屋に入る。照明がついていない。脳内チップで───いや脳の回復を促すため、今日明日に限り、大半の機能が制限されてしまって照明のオンオフもできない。
壁のコンソールに手を伸ばし、オンにしてみる。もぬけの殻………いや、清掃されているが、まだ微かに生活痕がある。俺が不在の時に3人がここを使ったのだろうが、なぜか今に限って誰もいない。
「あ、あれ………参った………こりゃ、マズいか」
つい数分前、俺の端末にリヴァイヴからメッセージが届いた。内容は、これまで引き受けていた三大欲求の活性化と不活性化の均衡を保つ代用措置を一部解除するので、早急に必要なものを摂取するべしというケイスマンの意志の警告だった。
言われずとも、彼女たちと離れて3週間分のストレスと、レイシアの密着によりスイッチが入りかけていたので、彼女たちに助けてもらうつもりだった。きっとここにいると思っていたのに、今回はなぜこうなってしまったのか理由がわからない。また俺はみんなを怒らせてしまったのかと不安になり───
「うん?」
耳に微かに水の音が聞こえた。部屋の奥、シャワールームからだ。
一縷の願いに希望を託し、恐る恐るドアを開いて、
「獲物がかかった! 拘束!」
罠だったと気付いた時には、背後から現れた者に両腕を掴まれて、シャワールームから飛び出した者に服を掴まれた。
「な、なになになにモ゛ッ!?」
こちとら脳内チップが使えないから、なにが起こったのか反応に遅れたというのに。
というかこいつら、なにやってんの?
いきなり胸倉掴んだシェリーにキスされた。つまり俺を拘束したのは彼女たちで、どうやら隠れて俺の不安を煽ったらしく。
俺は成す術もないまま、肉食獣に捕まった草食獣がごとく、巣穴に引き摺られるようにシャワールームに連行されましたとさ。
あれ? 俺もしかして今日死ぬの?
3人が「もう逃がさないゾ」と目で語ってるんだけど。遺書くらい書かせてほしいな。あ、ダメ?
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