もう戻れないA02
微かだが声がした。
男が3人。年代はバラバラ。女はひとり。妙齢。
楽しく談笑している様子はない。なにかに悲嘆しているような───
「このっ………馬鹿が。本当こいつは、馬鹿だ!」
知っている声。しゃがれたようなトーンで、罵声を浴びせてきた。
それについては誰もなにも言わない。フォローしないとか酷いな。
「じゃあなにか? エースは再び戦うために、リヴァイヴという機体を動かすために、自ら異物を体内を注入したということか!?」
「ああ、そうだよ! そのせいで、こいつ………もう二度と治療ポッドに乗れない体になっちまいやがった!」
「再生医療もナノマシンを使うから、もうそれもできない。私たちと違って、もうあとがないの」
「くっ………ぐ………私は………私は、エースにそれをさせてしまった………また私は、間違えた………」
………そういうことか。
どうやら寝ていた間に検査は終わり、その結果を知った4人が苦悩していると。
できるなら、もう少し寝ていたかった。なんでこんなタイミングで目を覚ますかな。と自分の間の悪さを呪う。
けれども、どうせ回避できないのだ。それが今になっただけ。腹を括るしかない。
「やっぱり、ひとつの肉体にふたつのナノマシンが混在することはできませんでしたか」
「エース! 起きたか………」
「かなり大きな声でしたからねぇ。あ、いや。そんな顔しないでくださいよ隊長。別に責めてるわけじゃ………おやっさん?」
どうせなら気の利いたジョークのひとつでも飛ばせればよかったのだが、生憎俺はそんなにユニークでもない。卓越した話術など持ち合わせてはいない。
ハハハ。と苦笑していると、突然ガシッとカイドウに肩を掴まれた。かなり痛かった。
「なに笑ってやがる………テメェ、これがどんだけ大変な問題なのか、わかってんのか? お前は………もう二度と医療ポッドに入ることができねぇんだぞ!? また大きな怪我でもしてみろ。命に関わるような奴だ。最優先で医療ポッドに入らなければ助からねえレベルの怪我をしたとして………でもお前は、そのわけのわからねえナノマシンのせいで、医療ポッドに乗れなくて死ぬことだって………あり得るんだぞ!」
そういうことか。
一応、そこらに関しては覚悟はできていた。予想もできていた。実はケイスマンの意志もそう言っていたしな。
「今、お前の体のなかにいるわけのわからねぇナノマシンは、はっきり言って………人間にぶち込んでいいもんじゃねぇんだよ! どんな害があるかわからねぇ。幸い、粘膜とかで他人に感染するとかいう類じゃねぇけどな。それでもお前の体に居座るそれは、他のナノマシンを拒絶する。医療ポッドなんかに漬け込めば、お前の体は内側から崩壊するだろうよ。エース………お前、なんで………なんでそんな、自分を化け物にしちまったぁ! この、馬鹿野郎がぁ!」
カイドウは怒鳴りながら号泣した。こんな姿、初めて見る。今まで怒鳴ることはあったが、大人として子供を言い聞かせるための姿は維持していた。けどまさか泣くとは。
「エース。なぜそんなものを注入した?」
俺がこんな姿になってしまったことに責任を覚えたのだろう。シドウは血を吐くようなトーンで問う。
「………俺の新しい機体、リヴァイヴっていうんですけどね。タキオンの後継機です。タキオンをベースに新規設計の段階で新素材を取り入れて製造しました。宇宙で開発されている液体金属です。そこにナノマシンを配合してあるので、ナノマシン同士をリンクさせることで、コンマ秒単位で任意の変形を促すことができます。そのリンクっていうのを可能にするために、俺の体に新しいナノマシンを移植しました」
「そんな………死んでいてもおかしくなかったのに!」
レイシアさえ泣きながら訴える。
「実際、死にかけましたよ。なにせ、脳内チップと同調させなきゃならなかった。幻覚を見たり叫んだり吐いたり、っていうのを数時間続けていたらしいです」
「馬鹿………本当、馬鹿だよこの子は」
「おっ………」
ふわりとした感触。温かい。レイシアは泣きながら俺を抱きしめた。シドウも頭を撫でてくれる。ふたりとも労ってくれるのが嬉しかった。
「ナノマシンをリンク………可能………だからこそ、ここにいるのだろうが………どういうことだ?」
「脳内チップも、まぁナノマシンの集合体だからなぁ………しかしよぅ………」
クランドが複雑そうな面持ちをしてカイドウに尋ねる。カイドウもいまいちイメージができなかったのだろう。代わりに解説した。
「俺が医療ポッドのナノマシンを体内で保管できたのって、脳内チップのお陰なんですよ。で、死に体だった俺が最短で全快になれたのも、体内にあった医療用のナノマシンを全部使うことで可能にしたんです。でも、そのお陰で別のナノマシンを移植して、脳内チップと同調させることができました。医療用ナノマシンを体内で保管できた影響で、俺の体にはある程度こそナノマシンを体内で保管、あるいは共存するのが当然って仕組みになってたんです。免疫、みたいな?」
「そうか………ナノマシンが体内にあることが俺らよりも当然だったエースだからこそ、その異物みてぇなナノマシンを体内で保管、制御ができたわけだ。医療用ナノマシンが全部無くなったことで、内部で反発もしなかったし、脳内チップ内の情報の更新を行ったから副作用に襲われた。理屈としちゃ、こんなところだ。………だがな、じゃあこれは、どう説明する?」
「あ………」
子供の悪戯を看破して、咎めるような口調と動作。
カイドウは俺の左腕を掴む。
検査のために継ぎ接ぎだらけだったパイロットスーツは脱がされ、全裸のままシーツを被せられていた状態だった。そうなると、もう隠しようがない。
「お前………寿命縮めてまでよぅ………こんな、化け物みてぇに………」
左腕を掴んだまま、また泣き出すカイドウ。
俺の左腕が晒されて、レイシアは直視するのも辛そうにしていたが、決して俺から離れようとはしなかった。
クランドも言葉を詰まらせる。
「人体に適合しないナノマシンなんざ入れるからこうなるんだ。いくら免疫みたいなのがあっても、それで影響が出ないはずがねぇ。馬鹿野郎が………俺らなんざを助けるために、お前はまた自分だけを犠牲にしやがって………」
ガクリと項垂れるカイドウ。
俺は言い訳も謝罪もできなかった。なんて言えばいいのかわからなかったのもある。
俺の左腕、特に二の腕と肘。
そこが一部、金属で覆われていた。
カバーとか、瘡蓋とかそういう類ではない。内側から皮膚を突き破って現れた。そんなイメージである。
「これはお前の皮膚が、いや皮膚の下まで、下手すりゃあ骨まで金属化してると思うべきだ。………エース。リヴァイヴに乗るなとは言わねえよ。でもな………あのジャケットは使うな。使ってくれるな」
「けど」
「けどじゃねえっ! お前わかってんのか!? このままじゃお前………」
カイドウはその続きを述べなかった。
皮膚のみならず筋肉と骨が一部金属化する異常事態。
その先にある未来など、知れていた。
「お前………もう、長くねぇかもしれねぇぞ………」
それがカイドウが述べられる限界だった。
「………わかってます。わかってるから、俺はここにいます。だから、どうか………最後まで………」
覚悟があっても述べられないのは、俺も同じか。
嫌になるね。まったく、長生きできないなんてさ。
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