もう戻れないA01
グラディオスクルーの大半が甲板に集結し、再会を祝福してくれた5分後のことだった。
四方八方から飛び交う質問に、どう答えたものかと悩んでいると、テンションが上がって「こいつを胴上げしようぜ!」だなんて叫び出すかつての同級生たちに同調する後輩たち。
さてどうしたものかと苦笑していると、主犯の男の頭頂部に拳骨が炸裂。一撃で黙らせたのは、細腕から繰り出したとは思えない悪魔が宿る手を持つレイシアだ。俺もあの手に何度黙らされたことか。おかしいよな。軍医兼カウンセラーなのに、その手はひとを治すために存在するはずが、凶器にもなるんだもんな。
「はいはいみんな、落ち着いて。嬉しいのはわかる。私だって嬉しい。できればその胴上げにも参加したいもん。でもね、エースくんを見てわからない? さて問題です。グラディオスの問題児とも言われたエースくんが、出撃後にメディカルルームに直行した回数は何回でしょう? ことある毎に問題ばかり起こすエースくんが、無事だったことの方が珍しいじゃない。………鼻血出るくらい脳内チップ使ったんだよね。あんな戦いするんだもん。今、エースくんの体には半端ない負担とダメージが蓄積されてるの。だからみんな、落ち着いて行動して。エースくんはこのままメディカルルームに収容します。なにかあってからじゃ遅い。いいですね? 艦長」
「あ、ああ。そうだな。では詳しいことはメディカルルームにて聴取を………」
「お父さん? 晩御飯はキャロットケーキ3ホールがいい?」
「………聴取は治療が済み次第行うものとする」
「了解です艦長」
相変わらず怖いなレイシア。グラディオスで最大の決定権があるクランドを強請れるんだもんな。しかも今回は有無を言わせなかった。
ヒナたちは相変わらずコアラみたいに俺の胴に抱き付いて離れようとしない。その問題もレイシアが説得することで離れて解決した。
ところが、今回はレイシアに異を唱える者がひとりいた。
「レイシア。エースの身体検査、そう難しいことでもねぇ。脳内チップのことは俺がやる。こいつもタフだからな。………見たところ、死に体だったみてぇだが、体内に保存していた治療ポッドのナノマシンを使って傷を治したみてぇだし、外傷もねえ。なら、クランドも同席して、簡単な聴取はさせてもらうぜ」
「カイドウさん。禁酒令を出されたいんですか?」
「………頼む」
「………わかりました」
珍しいこともあるもんだ。
カイドウが伏目がちで懇願すると、なんとレイシア先に折れた。
それからカイドウは俺を見上げる。なにか言いたそうな顔をしている………なんだろう。よくわからない。ヒナたちのお陰で三大欲求が復活して、思考の機械化現象が停止したのはいいが、脳の負担が大きすぎて、リヴァイヴから降りてからまともに喋れなくなってきた。
「親父。その聴取、俺も参加させてもらう」
「ま、お前は隊長として知っておかなきゃならねぇだろ。エースを背負いな。このまま移動する。………おう、お前らはその………えっと、なんつったか? まぁいいや。エースの新しい機体をハンガーに運んでおけ! やっとポッカリ空いて寂しくなってた、タキオン用のブースにぶち込んで整備しとけや! なーに、タキオンの時と仕組みはそう変わらねえだろ!」
「おう! おやっさん!」
整備士たちも良い声してる。気合いのある返事をする。俺がいない間、多分最初の数日はこうもいなかった………って考えるのは、自意識過剰かな?
「背負うぞ。エース」
「あ、はい」
「………また軽くなったか? お前、ろくに食べてないんじゃないのか?」
「最近になって固形物を食べられるようになったんですよ。リヴァイヴ製造とリハビリを同時進行させるスパルタスケジュールだったので、体重だけでなく体力も落ちてしまったようです」
スピーカー越しじゃなくて、直接シドウの声を聞くのも久しぶりだ。
嬉しそうにするシドウは、周囲から奇妙な視線を向けられていることに気付いていない様子。あまりにも嬉しそうにするものだから「こいつは本当にあのシドウなのだろうか?」と疑われるくらい柔和な笑みを浮かべている。前を行くレイシアとて、何回も振り返って本人確認するくらいだ。
俺だってそんな爽やかイケメンに変貌したシドウの顔がとても近くにあって驚いたのだけど、背負われてから気が抜けてしまったのか、どうも体に力が入らない。背負われたまま、肩に手を置くこともなく、まるで父親の背中で眠る子供のようにシドウの胸の前にダランと両腕を降ろしてしまう。
「あ、あれ………」
「構わん。楽にしていろ」
「でも………」
「お前が寝ていても検査はできる。あれだけの戦いをしたのだ。休んでいても構わないはずだ」
これじゃまるで老人の介護みたいじゃないか。と思いながらも、その後の返答もできずに意識が落ちてしまう。
みんなの気配が移動するのを感じた。
それよりも気になるのは、なぜレイシアに続くクランドとカイドウが神妙な面持ちをしていたのかだ。
なにか思うことがあったのだろうか。
それにしてもヒナの奴、マジで狂ってたなぁ。というのが第一印象。お陰で私が密かにライバル視している狂人の、せっかくの感動の再会が危うく崩壊するところだった。
「ひゃくじゅ………つまりトップが110以上ある………わかってはいたけど、ヒナは化け物だな。お前もそう思うだろ?」
「………ナチュラルにセクハラをしてくるお前も最近化け物のように思えてきたのはなぜだ?」
失敬な。私はただヒナとかいうメスのぶっ飛んだ大胆さについて語りたかっただけなのに。
コウは私から目を背け、なんだかやりにくそうな顔をして、艦内に戻る。とはいえ距離は取らないのがコウの優しさではあるが。
みんな、満面の笑みを浮かべて戻っていく。戦争は終わり、死んだと思っていたクルーが戻ってきた。大団円の万々歳。ケチを付けようなんて命知らずはいない。これで今日からまた飯をうまいと思って食べることも、安心して眠ることもできるだろう。
とはいえ、これですべてが終わったわけではない。アンノウンとの戦いが待っている。
多分だけど、第21話は終わって、第22話に突入しているはずだ。そこであの痛ましい事件が発生する。ライラの暴走だ。が、それはもう解決済み。なんていってもエースの献身が大きい。拉致されるはずのライラをその身で庇ってグラディオスに留めたのだ。
こりゃあ、しばらく楽ができそうだ。と思える余裕が私にも戻っていた。
「じゃあ、私はハンガーに向かうから。コウはシャワー浴びて休んでな。お疲れ様。グラディオスを守ってくれて、ありがとな」
「………とはいえ、可変機を手放してしまったことについては、やはり後悔の方が大きいがな。攻めも守りも中途半端だ」
「それは適正ってのがあるからだよ。今まで空戦と海戦ばかりだったけど、陸戦や宇宙戦になればコウだって活躍できるんだからさ」
「とは言ってもな。………艦長やカイドウさんが浮かない面持ちをしていたように、俺のことですべてが解決したわけではないし。………なにか、考えないとな」
エースが戻ってきたのに、もう研究モードに入るのか。勤勉な奴め。
苦笑しながらコウを見送る。
それから踵を返し───
「………なんで艦長とおやっさんは、浮かない顔をしていた? 嬉しいはずなのに。………まさか。………ハルモニ。少し調べて………いや計算してほしいことがある。今から述べる条件を基に、理論を構築して教えてもらいたい。いいか? まずは………」
往来が少なくなった通路にて、私は壁に背中を預けて、ハルモニに計算をさせた。
内容は、エースの体についてだった。
「エースの新しい機体、リヴァイヴのログを出せ」
『ノー。なにかよってプロテクトされております。あまりの強固なブロックに、侵入には時間を要します』
「ならエースの肉体についてだ。なにか気付いたことを教えろ」
謎を紐解いていくように。様々な条件を変えて、考察していく。
やがて得た結論というのは、とんでもない仮説で、つい先程「楽ができそうだ」などと考えた私が恥ずかしくなった。
エースの戦いは、まだ終わってなどいなかった。
「あいつ………今度は自分と戦うつもり、なのか………!?」
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