因縁との決着B10
『そんなこと、わかってる!!』
アークは金切り声を上げて、俺の前に立ち塞がる。
『わかってるんだよ、ソータ。………でも僕には、これ以外に道がない。僕は軍に拾われた。養成所に入れられて、死ぬかと思うくらい訓練を受けて………アリスランドに入って、ビーツ艦長に助けられた。このタキオンをくれたのだってビーツ艦長だ。恩があるんだ。………きっと、きっとビーツさんには僕じゃ考えられないような計画があって、僕を試してるんだ。いつだって、そうなんだよ』
泣きながら訴える。
盲目的になりつつあった。
恋の他に盲目的になる原因があるとすれば、やはり信奉がそれだろう。まるでなにかの宗教のようだ。それも危険思想が強い、テロリストを育てるような。
アークはビーツの人形に成り果てた。疑ったとしても、最終的にそれを止めようとする選択肢を用意していない。
俺は、そんなアークになにができる? なにをしてやれる?
そう………そうだ。出撃前、俺はアイリに呼び出された。女子更衣室に連れ込まれ、いきなり抱擁され、そして言われた。
耳元で囁いてくれたのだ。「アークは確かにエー先輩を攻撃したけど、ソータは家族を優先していいよ。みんなわかってる。この前ソータ抜きで話し合ったの」と。
みんな、アークを受け入れてくれようとしている。すごい勇気だ。感涙していたらアイリは続けて言った。「エー先輩もアークを気にかけてた。エー先輩が最初にアークを受け入れようとしていたから、みんなでその意思を尊重しようって決めたんだ」だって。
やっぱり。と俺のなかでなにかが腑に落ちた。
やっぱり、俺たちの中心にいたのがエー先輩だ。エー先輩は俺たちに無情の愛をくれる。変なひとだし、それでいて俺たちはなにも返せないのに、仲良くしているだけでとても喜んでくれる狂人だ。
それでも俺は、俺たちはエー先輩が側にいるだけで心地よかった。
改めて思う。
それが愛という形容し難いものを持つ、エー先輩とビーツの違いと、差であると。
ならば───
「アーク。これは、提案なんだけど」
『なに?』
「アークが、グラディオスに来るってのはどう?」
『………またその話? 嫌だよ。あんな奴がいた場所なんて!』
「エー先輩のこと? それなら、もういいってわけじゃないけど………それでも、アークがアリスランドにいる時よりかはマシだと思う。アークがこっちに来たら、もちろんパイロットとして働いてもらうんだろうけどさ、それでも、グラディオスで兄弟としてやっていける。最初はみんなから殺意を向けられるかもしれないのは仕方ない。けれど行動で示せばいい。アークが変わるんだ。これまでの自分から。アークだって、今の自分のままじゃいけないって、わかってるんだろ?」
『嫌だよ………そんなの、絶対に嫌だ!』
「じゃあ、俺をアリスランドに勧誘するのと、アークをグラディオスに勧誘するのと、どう違うの? 俺だってアリスランドは嫌だよ。俺の大切なひとを奪い、俺の弟を泣かせる艦長なんて、いらない!!」
『っ………!』
アークの意志が揺らぐ。そんな声音をしていた。
今がチャンスなのかもしれない。盲目的になっているなら目を覚まさせてやればいい。
これこそ俺にとっても千載一遇の機会だ。
「だからさ。ここから先は、戦って決めようか。どちらが勝つか。勝った方に決定権を委ねる。俺が負けたら、アリスランドでもどこでも一緒に行ってやるよ。だからお前が負けたら、一緒にグラディオスに来てもらうからな!」
『強引な………』
「うるせぇな。強引に俺を連れ出そうとしたのは誰だよ。………ほら、構えろよアーク。この喧嘩に関しては手加減しないからな。なにがなんでも、お前をグラディオスに連れて帰る!」
やると決めたらやる。エー先輩のように。俺はエー先輩みたくなんでもできるわけではないけど、機体の操縦については負けるつもりはない。
俺だけにしかできない戦いだというのなら。アークを助けられるのが俺だけだというのなら。
絶対にやり遂げなければならないんだ。
戦況は拮抗状態へ突入した。
圧倒的物量差を覆すべく、コーネリアはビーツの返答を待たずして速攻でアメリカ支部艦隊に砲撃を仕掛け、先手を取って防衛が整う前に数を減らすつもりだった。
だが1分、また1分と過ぎていくごとにアメリカ支部艦隊の防衛力は強固なものとなりつつある。
こちらの砲撃が通用していないわけではない。微弱ながらもアメリカ支部艦隊にダメージを与えてはいる。
轟沈にまで至っていないだけだ。
「………遊ばれているようだ。こちらも向こうも本気を出していないとはいえ」
「茶番に付き合うつもりはないのでしょう。ワプス支部長もやり手ですな。コーネリア少将の意図を、数手で理解し、同調させてしまった手腕は賞賛に値します」
コーネリアが唸ると、荒れ狂う波で激しく上下する甲板に平然と立つブルゾンが述べる。
「だがこの拮抗状態、長くは続かんぞ」
「………ですな。アリスランドの動きが妙です。不気味過ぎるくらい、大人しすぎる」
それがふたりの共通認識だった。
コーネリアもブルゾンも、大勢の人間に関わることで、その本質を見抜く能力を養った。特にブルゾンは人事にも顔が利き、新兵補充の際には必ず面接や実技試験の採点に加わり、将来的に心技体が揃う精鋭の育成にも携わる。
そのブルゾンから見ても、ビーツという若い艦長は異例であった。
確かに優秀で、未成年ながら成人よりも達観した視点を持ち、卓越した技術を持ち、物事を冷静に対処する能力を持っている。
しかし、だからと言って、仮にコーネリア隊の新兵採用試験を受験したとしても、合否を出すのに一番悩みそうな人材であったのだ。
野心が強過ぎたのである。
もちろん、野心を全否定するつもりはない。むしろコーネリアは野心家こそ歓迎する傾向にある。野心とは向上心に直結する。コーネリア隊に入隊すれば勉学に励ませ、いつかコーネリア隊という枠組みを飛び越えて躍進するやもしれない。そのような新人こそ欲しいのだ。
ところが野心の塊というのがいただけない。なにをするかわからないからだ。
そのビーツが今、大人しくしている。
アリスランドは沈みかけている。後傾しつつも、艦載機こそ発進させたがそれ以降の目立った動きがない。
あり得ない。その程度で諦めるはずがない。
「少将! ドルテ支部長より入電! アリスランドが徐々に前傾しています!」
「なんだと!?」
甲板に駆けつけた部下が叫ぶ。
レオ大隊による防衛で、アリスランドの姿が遮られてしまった以上、コーネリアはグラディオスに対処を一任していた。こちらからはドローンカメラやガリウスF部隊に観察させる以外に視認する術がない。
「また、アリスランドの艦首に熱源あり!」
「艦首に熱源? ………なにをしようとして………いや、待てよ? アリスランドの艦首といえば………まずい! クランド艦長! 聞こえるか! アリスランドの凶行を阻止せよ! ある程度の自由が利くのは貴艦だけだ! あのクソガキ、やらかそうとしているぞ!」
コーネリアは端末でクランドとの直接回線を繋ぎ、急を要する要請を出した。
「やはり………レイライトブラスターか!」
コーネリアの通信を耳にしたクランドは、まさかこの戦況で、グラディオス以外の目標へ主砲で使うとは考えてもおらず、隣にいるクスドさえ青褪めていた。
その海域はアイルランドの沖、大西洋。
なんとかスラスターで前傾したアリスランドは、艦首を海面に突っ込んでいた。後部のレイライトリアクターが使用不能なため、艦首のレイライトリアクターをフル稼働して動力を確保するべく熱源が上昇したのだと予想していたのだ。
その固定概念が仇となる。また、宇宙出身のクランドは大西洋のことを詳しく知らない。
アリスランドの凶行とやらを阻止するべく、指示を飛ばそうとした次の瞬間。
アリスランドは海底へ向けて、レイライトブラスターを発射したのだった。
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