因縁との決着B01
夜明けと同時だった。
富士ドックの直上にはバリアがない。誘導弾を1発でも叩き込まれれば、大地で偽装したハッチが露呈してしまう。
それでもこれまで露呈しなかったのは、地球の人類の固定概念と認識により、日本にはもう誰も住んでいないというノーマークから発生する誤解だ。
流石に監視衛星は免れることはできないから、ある程度距離を取ってから加速をかけなければならない。
「皆さん。お世話になりました」
敬礼ではなく、頭を下げることで敬意を示す。
富士ドックには元日本支部に所属していた者たちと、これからの時代を担う子供たちが勢揃いしていた。
貸し与えられた服ではなく、修繕されたパイロットスーツに身を包んで現れた俺に、のっぴきならないなにかを感じたのだろう。まだ眠いだろうに、見送りのために叩き起こされた子供たちも、やっと不安を覚えて親の服を握り、俺を見ていた。
「エース。我々にできることはやった。出せる力のすべてを振り絞り、最善を尽くした。形となってなによりだ。………しかし、未だに出ない答えもある」
「この戦いの行く末、ですね」
「そうだ。我々はこれからもアンノウンがいる限り、この鎖国じみた状態を継続するだろう。プラントの稼働も上々。畜産と産業も安定している。向こう50年は限界など見えないはずだ。ただ、それでもね。私たちの子供らが、なに不自由なく育ち、閉鎖的な空間に囚われてばかりでは………不安も尽きない」
一見、矛盾して聞こえる。
この元日本支部跡地の地下で生活する日本人たちは、全世界規模で考えれば、毎日満腹になるくらい食べられる。恵まれているのだ。世界の情勢などそしらぬ顔をして背き、自分たちだけが幸せになろうとしている。
まぁそれも、ひとつの部族という考えによっては真理なのだ。人間という生物の観点からしても、すべてが否定できることでもない。
高田たちの不安というのは、つまるところ現状維持しても自分たちは困らないが、それは世界を知っているからで、世界という全体図を未だ見たことがない子供たちが、日本こそすべてという思い上がった感性を構築しないか、といったところだろう。ならば今すぐそのすべてを連合軍に譲渡して、子供たちに世界を見せてしまうこともできるが、簡単にはいかない。
「………できれば、その機体を使って………この戦争の早期終結を、頼みたい。戦争さえなくなれば、我々も世界に進出しよう。約束する」
簡単には言うが、それがどれだけ難しいことか。いや、それは高田たち自身がよくわかっている。俺がとやかく言うべきではない。
「わかりました。俺もできる限りやってみます。米、また食べたいですし」
元日本支部跡地に保護されて、体が回復してから主食が米になったのだが、それがうまいことうまいこと。
昨日はすき焼きに加えて、また鮪を食べることができた。解体ショー付き。トーマスは案の定失神しかけた。
「ああ。いつでも食べに来てもらえるよう、地上に田畑を増やしたい。だから平和を、頼んだ」
「任せてください。………じゃ、行きます」
「気を付けてな」
「そちらも」
みんなに背を向けて、搬入口へと通じるエレベーターに乗せられたリヴァイヴへと進む。
コクピットに搭乗する前に振り返り、軽く手を振った。子供たちはまだ不安そうにしていたが、控えめに手を振ってくれた。
「ふぅ………待たせたな」
『いいや、問題無い』
コクピットに乗り込むと、エレベーターが動き出す。上へ───ではない。もっと下だ。操作はケイスマンの意思が行っている。ある程度まで俺はなにもしなくてもいい。
「トーマス」
『はいはい。なんだいエースくん』
よって、手持無沙汰を解消するためにも、通信機でトーマスに話しかける。トーマスはドックの指揮所にいた。職人たちは発進シークエンスをするために大勢がそちらに移動した頃だろう。
「お前はまだ日本支部に残るんだな?」
『そうなるね。まだやることがたくさんあるから。数週間は滞在するよ』
「請求書は預かった。必ず振り込む」
『そうしてくれるとありがたいね。さもなくば、僕は本社から差し向けられたエージェントに殺されてしまう』
「そうはならねぇから安心しな」
『信じてるよ。ああ、それと』
「うん?」
妙に声のトーンがいつもよりも高い。なにかいいことでもあったのだろう。
『ミスタータカダと交渉して決めたんだけど、今後はこのドックを、弊社で使わせてもらうことにしたんだ。これから大量の物資を運び入れる予定でね。だから………なにかあったら、力になれると思う。あ、もちろんお支払いはしてもらうんだけどねー!』
「へぇ。そりゃいいな。なら友情割引を適用して、9割引きにしな」
『は? ふざけんな。そんな友情割引なんか存在しねぇよ』
「おーい。ピエロキャラ剥がれてんぞ。怖ぇから口調直せ」
『ったく』
あのトーマスも、思わず本性というか素の性格を俺に曝け出すくらい、一応は打ち解けたってことか。
数秒後、トーマスはひっそりとした声で述べる。
『友情割引、ね。………生きて再会したら、その時は1割引きくらい考えておいてやるよ。だから、勝てよエースくん。友達の墓なんて、そうそう見たいもんじゃないんだ』
「あいよ。次に会ったら、鮪の目玉の煮つけで乾杯しようぜ」
『っざけんな死ね!!』
強引に通信が切られた。
ナノマシンの一件以来、俺とトーマスは妙な友情が芽生えたことには違いない。
このやり取りはその延長上だ。トーマスも本気で俺に死んでほしいわけではないことくらい、わかっている。
『タキオン、固定完了』
『注水開始』
『聞こえるかいエース。なにやらトーマスが怒って出ていってしまったが………まぁ、昨日のきみたちを見ていたぶんには問題ないだろう。ここはかつて、アリスランドが富士ドックから出港した場所だ。海底から出撃してもらうが、リヴァイヴならなにも問題ないだろう。未来を、きみに託す』
段取りではそうなっていたが、やけに広い空間だと思えば、なるほどアリスランドと同じ方法で出撃するわけだ。
海水がみるみると空間を満たす。リヴァイヴなど瞬時に海水のなかに沈んだ。………あとで掃除するの面倒くさそう。
『エース。出番だ』
「あいよ」
スロットにインターフェースを挿入する。
ロールアウトを告げる前、最後の点検のために起動してみたが、それと同じしっかりとした手応えがあった。
唯一の神経接続型ガリウス。その唯一のパイロットである俺。俺にしかわからない感覚というものがある。
「………いい感じじゃないの」
リヴァイヴはタキオン同様、操縦桿やスロットルを操作する必要がない。タイムラグもほぼ無い。すべて俺がイメージしたままに動く。
注水後、高田たちが発進シークエンスをする。とは言ってもグラディオスのような心踊るワードは飛びかわない。けれども古き良き時代を彷彿とさせるようなワードがスピーカーから流れて、昭和の宇宙戦艦アニメを思わせる、荘厳なスケールに鳥肌が立つ。
いよいよ、俺は海から空に上がる。まだ時間はある。間に合うはずだ。
『各部異常無し。リヴァイヴ、発進よろし』
「了解。エース・ノギ、リヴァイヴ、ブラストオフ!」
隔壁が開くと、長く続く岩肌の広いトンネルが現れ、その先に深海が続いている。
いつもと違って微速前進し、トンネルを抜けてから徐々に加速する。
『頼むぞエース。未来を………!』
そこで高田からの通信が途切れる。しかしカメラやレーダーなどでリヴァイヴの姿は捉えられているはずだ。
海底から斜め上へと上昇。
太平洋を西へ進む。やがて海上へ。光の下へと躍り出る。メインスラスター、ジャケットの推進器の出力を最大に。
ズドン! と重たい衝撃。「ぐっ」と呻く。それでも加速は緩めない。
あっという間に雲の上へ。日本支部からすればロケットの打ち上げでも見ているようだろう。
雲の上で進路を変える。
目指すはドイツ。あと少しでグラディオスとアリスランドが衝突する頃だ。なにもかもがギリギリなタイムスケジュールだったが、それを埋め合わせるのも俺の仕事だ。
リヴァイヴは矢のごとく、雲のなかを突き進む。レーダーで捉えられても視認されなければ意味がない。
「待ってろよみんな………ビーツ、楠木………首を洗って待ってやがれ!」
ブクマ、リアクションありがとうございます!
作者からのお願いです。
この作品は皆様の温かい応援で成り立っております。ブクマ、評価、感想、リアクションなどのありがたい応援を、ガソリンのごとく注入していただければ、作者は尻尾があれば全力でぶん回しつつ筆を加速させることでしょう。何卒よろしくお願いします!
誤字脱字報告、ご質問も大歓迎です!




