因縁との決着A06
富士ドックへ向かう。あくまでなにもなかったかのように。
休憩にしては長すぎるが、脳内チップによるシミュレーションを重ねていたとでも言えばいい。トーマスも合わせてくれる。
高田たちに見つかると、案の定そのことで心配されたが、言い訳を並べると納得してくれた。それっぽい理由と、俺にしかできない微調整もあるからだ。
フレームはほぼ完成していて、あとは組み立てるだけだ。装甲と武装も同時進行で製造されている。
そして肝心なジャケットだが───
「見てくれ小僧。なんとか形になったぜ」
職人のおっちゃんが、オイルと汗で汚れまくった手拭いで額を拭きながら言った。
「………おお」
「へぇ。こりゃあ、なかなか。斬新なアイデアだなぁ。形になると迫力も違う」
俺が感嘆すると、トーマスに言いたいことの半分くらいは言われた。
「苦労したぜ。なんつったって、俺たちは扱ったこともねぇ新素材だ。形にするだけでもどんだけ失敗を繰り返したか。でもまぁ、お前の持ってる人工知能とやらが出したデータを参考にしたら、一発で成功ちしまうんだもんな。すっげぇ経験させてもらったぜ。液体金属………マジで便利だな」
液体にして金属。それが宇宙で開発されていた万能素材だ。俺の新しい機体のフレームや装甲にも一部で使われているが、やはり惜しみなくフルで使ったジャケットというバックパックを見るだけで感動する。
「射出機構は完成しているんですか?」
「当たり前ぇよお。いつでも背負えるぜ」
「なら、ジャケットから先に調整します」
「調整って………お、おいおい。いったいなにすんだ?」
職人のおっちゃんたちらが見守るなかで、俺は足場を登って、天井から吊られているジャケットまで接近する。製造されたばかりだから、まだ触れられる場所にあった。
「お前の名前、決めてたんだけどな。さて、どうしようか」
左手で新ジャケットに触れる。新機体の背部ハードポイントと噛み合う場所だ。
「シーナからはテンタクルジャケットとかいうふざけた名前をもらったけど、それじゃ芸がない。もっと………なにか。躍動感のある名前がいいな。まぁ、それはあとででもいい。今は………ンッ!!」
方法としてはこれまでと同じだ。一切変わったことはない。けど俺は何気なくジャケットに触れた。まだ名もつけていないそれに、指先だけでも触れようとしたのは、気紛れか、無意識か。
しかしその行動が予想もしなかった結果を巻き起こす。
「うぉぁあああああああ!?」
ドックで悲鳴が連鎖した。原因を作ったのは俺、そしてジャケットである。
俺が触れた次の瞬間、ジャケットの左右で激しくなにかが暴れるように動き回ったのだ。
「やべっ」
たまらず停止信号を送る───よりも前に停止する。
改めて足場の下を見た。怖くて見たくなかったが、避けては通れぬ道でもある。逃げられない。
誰もが無言だった。驚愕し、腰を抜かしている者までいる。目を見開き、なにが発生したのか理解できない者が続出しただろう。
「え、エース………くん? きみ、さ………え? なに? なにした、の?」
足場の下にいたトーマスは災難から逃れられたようで、しかし恐怖のあまりガタガタと震え、薄ら笑いを浮かべながら俺を見上げる。
「いや………えっと、すみません。誤作動です」
俺は高田たちに謝ったのだが、高田たちは未だ唖然として腰を抜かしていてリアクションができない。よって幾分か状態がマシなトーマスが彼らの気持ちを代弁した。
「誤作動って………そんなこと、ある? いやだって、触れただけじゃん」
「それは………あー、ほら。この前に皆さんに説明したとおりです。脳内チップですよ。今、俺の頭のなかには極小のコンピューターが入っていて、ハンズフリーである程度のことは可能にしたって言ったじゃないですか」
「コンピューターが入ってるのに、誤動作?」
「あー、今のはですね、俺の感情が高ぶっちゃって。だってこんなスゲェもの見て、興奮しないわけないじゃないですか。技術は踏襲しているとはいえ、これが初めての日本製のオリジナルガリウスになるんですし。だから、その………済みません。はしゃぎ過ぎたら、制御を忘れてました。俺としては、ちょっと伸ばしてどれだけ稼働するのか試してみるつもりだったんです。でもまさか、こんな感度が良かったとは思いもしませんでしたよ」
これはあくまで事故であり、他意はなかったのだとアピールする。
そんな説得を続けること10分。動かしてしまったジャケットを元通りにしながら被害状況を確認すると、幸いにも全員無傷で、そんな奇跡があったのならと高田たちは許してくれた。
「いやぁ、すごかったねぇ。僕、しばらくイカスミのパスタ食えなさそう」
「うるせぇ黙れ」
「僕の身長くらいある太さの触手が、ここから中心に伸びるんだもんな。びっくりしたよ」
「くそっ」
トーマスは俺がいる足場まで登ると、ジャケットを見上げながら言った。一々嫌味な野郎め。
あの時なにが起きたのか。それは確かに誤動作だ。しかし半分だけ違う。
『反応が良すぎるというのも考えものだな。いや、これに限ってはすでに私の範疇を超えている。今のがナノマシンの、きみがより化け物の高みへと登った証左となったな』
ケイスマンの意思まで言う。いや、彼のは冷静な分析だ。
ジャケットの両翼に設置しているプレートが、落下してから蛇のように踊り狂ったのだ。
これが液体金属。命令によって姿かたちを変える。
それは両翼とプレートの間で発生した。流入した液体金属がそれらを繋ぎ合わせるワイヤーとなったのだ。俺としてはほんの1メートルだけ伸ばしてみるつもりだったのだが、10メートル、いや20メートルも伸びてしまうと動かした俺自身が驚いてしまう。
そのワイヤーの下にいた高田たちなんて、生きた心地がしなかっただろう。
『私の制御が間に合わなければ、下にいた半数が死んでいた。感謝したまえ』
《わかってる。………助かった》
『より高次元の化け物になったからとはいえ、勉強の日々は続くのだな。心せよエース。きみが苦渋の果てに得た新たな力、すでに人知を超えている。ナノマシンにいつ体を奪われるかもわからないのだからな。………その左腕のことも含めて』
………バレてたか。
トーマスには隠せたが、ケイスマンの意思は隠し通せなかった。そりゃそうだ。ハルモニの代わりにバックアップしてくれている。バイタルのことなど筒抜けだ。
それにケイスマンの意思は今、俺の脳内チップそのものの制御についても、軽減処置をしてくれている。
ヒナたちから離れて1週間。音沙汰ないこの体、そろそろ合理的かつ効率重視の指針となり、肉体に関する強制改造が始まる頃なのだが、食欲も睡眠欲もある。それは開発者の頭脳をそのまま人工知能にしたケイスマンの意思が、方法を誰よりも熟知していたからだ。特例として緩和と遅滞の処置をしてくれている。さもなくば俺は今頃、なにも食べられないし眠れなかっただろう。
けど、俺の左腕のことに関しては、どうやら自分でどうにかするしかないようだ。
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