因縁との決着A05
しばらく思考が定まらなかった。
いったいいつから、いつまでこんなことをしているのだろう。悠久の時が過ぎてしまったかのような感覚が浮かび、一瞬で消えては別の感情が浮かんでは弾ける。
シナプスが弾けて、神経が焼き切れては繋がっていく。
体が液体化したかと思えば気体化してしまうような。
麻薬なんて吸引も打ったこともないが、多分これはそれ以上にヤバい。
多幸感など一切ない。
ひたすら浮かんでは消えていく情報の波に揉まれているようだ。洗濯機のなかにいるような。
「エー………く、しっか………も、5時間………げんか………打つよ。も、打つ………ら」
どこかで誰かがなにか言っている。
断片的にしか聞き取れない。その前にこいつ誰だ?
『し、け………せいじょ………しゅうせ………なに………早すぎ………脳内………が、逆に………されて………』
頭のなかにまで誰かの声が侵入してる。うるせぇ。
さっきからなんなんだよ。
なんでこうも苦しまなきゃいけないんだ?
俺、なにかしたのか?
なんでこうなった?
『起きろ………ス! 自我を………た、て!』
自我を、断てだぁ?
なに言ってんだこいつ。
『思いだ………みは、特異て………べてを………いだせ!』
思い出せ? こいつは、そう言いたいのか?
いったいなにを?
俺は誰………あれ? わかんねぇ。
名前………あ、小此木瑛亮だろ。大学生で、趣味はアニメ鑑賞で、んで最近なにかにはまっていたような?
なんだったっけ。人生すべてを捧げてもいいと思えたような?
………馬鹿らしい。なに考えてんだ俺は。そんなのに人生すべてを捧げてどうするよ。
一度しかない人生なんだから、もっと有効活用しなくちゃダメだろ。
例えば、そう。就職とか。サークルの先輩らも、4年生になったら引退するんだよな。だから今の3年生は必死に取り組む。俺たちにすべてを託すことも忘れずに。
でも、サークルにはあいつがいる。ええと、誰だっけ。あのニヒルで成績がよくて、イケメンでモテて、常に女を囲ってるくせに刺されたこともない………あのクズ。クズだけど優秀だからすごく信頼されてるんだよなぁ。1年生の女の子もあのクズを目的に入ってきたに違いない。可哀想に。
名前………あ、そうだ。ビーツ・クノ。アリスランドの艦長をしてるクズ。
あいつ来年も女の子集めて、男女比率を逆転させてハーレムでも築くんだろうなぁ。
ハァ。もういいや。あいつのこと考えてるだけで吐き気がする。おぇっ。
「っ………また、吐い………」
『点滴を………いや、ナノマシ、弾く………トーマス………飲ませ………』
外野がうるせぇな。
トーマス? 日本人じゃないから留学生か? グラディオスに来たのか?
今年から俺も2年生なんだから、就活について考えないとな。
第一志望とかあったっけ? 超文系でも入れるところ………あ、なんかパイロットもやってたかな。前に。飛行機、戦闘機………違うな。ガリウスだ。就活のアピール覧に書けるかな。ミチザネ隊の副隊長やってたって。
じゃあ自衛官? なに言ってんだ。もし自衛官になるなら防衛大学とか通うんじゃないのか?
田舎で農家やってる両親が、もし仮に俺が自衛官になりたいって言ったら、なんていうかな? 前に考えたっけ。グラディオスの一室で。母は賛成するけど親父は「自衛隊舐めんな」とか言うのかな。
なにが舐めるなだよ。こちとら少尉だぞ。1年もせずに最下位から尉官になったんだ。何階級特進したと思ってんだ。二階級特進しかできない殉職者もびっくりだ。
そう。この異例の特進を書けば、どんな企業だって俺を欲しがるんじゃないかな?
オードリアインジェクション社。でも安定しているエングレルファクトリー社もいいな。………あれ? 日本にそんな企業あったっけ? 海外………でもいいけど。
けど宇宙もいいな。コロニーに務めて、日本にいる両親やクソ生意気な弟に向けてメッセージでも打ってやる。………うん? 日本って今、滅んでなかったか? 元日本支部跡地が広がって………あれ? ん? あれ?
『これは………奇跡か………ナノ………定着を………ちが………脳内チップか!?』
「じゃあ中和剤………すか?」
『待て、油断………構え………』
うるせえぞトーマス。ケイスマン。
外野が耳元でワイワイと、なにを楽しそうにしてやがる! 声音的に焦ってるみたいだけど、いつの間に仲良くなった?
『叫べ………エー………好きな………』
「わかり………いくよエー………ヒ………リー………リン!」
好きな? ヒ、リー、リン? ヒリーリン? なんだそりゃ。
そりゃあれか。
俺の彼女か? 彼女のつもりなのか?
出会いは大学じゃなくて、宇宙コロニーの学園だったな。グラディオスに保護されて、距離が近くなって、みんな「エー先輩」って呼んでくれて………は?
俺は確かに英輔だけど、そんな呼ばれ方………されたことあったか?
みんな小此木って呼んでるぞ? 小此木先輩とか。名前呼びとか一回もされたことないんだけど。
いや名前呼びだったとしてもエー先輩ってなによ。
「エースくん!!」
あ、そう。エース・ノギの方ね。
そう。俺はエース。エース・ノギ。もう小此木瑛亮じゃない………え?
「きみの好きなひとは、ヒナ! シェリー! ユリン! 床の上で踊り狂ってないで、とっとと目を覚ませ馬鹿! あと10秒で中和剤を打つ! きみの計画はすべて水の泡! ビーツさんにも勝てない! 嫌なら正気に戻れ! ナノマシンなんかに負けるな! きみはもう一度、彼女たちを抱きたいんだろう!? それとも? ああ、そう! ビーツさんに負けてもいいんだ! グラディオスが負けたら、きみの彼女たち全員、ビーツさんに取られるね! みんなそれで幸せになれるもんね!」
「っざけんなぁああああああああああ!! 俺の女まで、あいつに取られてたまるかぁぁぁああああああああああああああ!!」
なんか久々に叫んだ気がした。
いや、常に叫んでいたのだ。どおりで喉が痛いし、口のなかがパサつく。水分をほぼ失うくらいに狂いまくっていた。
思考が戻ってくる。床に転がる注射器と、困憊したトーマス。ナノマシンを注入して、かなりの時が経っていたのか。
『………奇跡としか、思えないな』
ケイスマンの意思が告げる。
『これまでのことは覚えているかね? 酷いものだったよ』
「………薄々とはな」
ケイスマンの意思は淡々と告げる。
俺が床をのたうち回り、嘔吐や吐血をしただの。記憶が混乱して、いずれ人語を話さなくなっただの。
とにかく人間ではないなにかに変貌しているようだったとか。それでトーマスは中和剤を打とうとして、でも俺は微かに自我が残っていたのか拒否したとか。
記憶の混乱というより、混入というか。小此木瑛亮だったものがエース・ノギの表面に強く浮かんでしまったのだろう。走馬灯のなかに妄想が混じったような。
『だがきみは、自己の確立を果たした。それがなにを意味しているか、わかるかね?』
「新たなナノマシンの注入後、俺が俺であることを選んだ。脳内チップの時とほぼ同じだな。新しいナノマシンを制御したんだろ」
『そのとおり。きみは6時間以上はそうやって体内と戦っていた。正気とは思えん所業でな。常人がそれをやると、発狂した末に死に至る。やはり容易には薦められないな。いったい、きみを突き動かすものはなんだ? なにがそこまできみを確立させる?』
それはつまり、肉欲と………推し活だろ。
それがビーツと違うところだ。性欲を満たしても、自分だけじゃなくて推し活のためにすべてを捧げられるかどうかで、価値が変わる。
「とにかく、これで俺自身は適応した。あとは機体を完成させ………」
「エースくん? どうしたの?」
「いや………なんでもない」
微かに左腕に違和感があった。
床にあったジャケットを手早く着て隠す。触れてみる。生地越しであっても伝わる感触。
………大丈夫だ。大丈夫。
まだやれる。俺はそう言い聞かせて、トーマスとともに部屋を出た。
ブクマ、たくさんの評価、たくさんのリアクションありがとうございます!
作者からのお願いです。
この作品は皆様の温かい応援で成り立っております。ブクマ、評価、感想、リアクションなどのありがたい応援を、ガソリンのごとく注入していただければ、作者は尻尾があれば全力でぶん回しつつ筆を加速させることでしょう。何卒よろしくお願いします!
誤字脱字報告、ご質問も大歓迎です!




