因縁との決着A04
グラディオスの士官室にて。
その部屋はイレギュラーながらも、パイロットリーダーであるシドウが、当時大勢から恨まれることになった、ひとりの学徒兵の待避壕とするため貸し与えたところ、順調に地位を上げ、地上に降り立ち半年もするとまさか本当に少尉になってしまったため、正式に与えられた部屋となった。
だが今となっては、借りている者が不在となり、しかしかといって誰も取り上げようとはしなかった。
今、その部屋には3人のパイロットが同居している状態だ。尉官ではないものの、順当に昇格すれば尉官も近く狙える地位にいる。
本来なら尉官でもないのに占領するのは軍規から逸脱している行為であるが、艦長のクランドはなにも言わない。周囲も特に咎めることもない。3人が使うことこそ不文律であるかのような扱い。
いや、そうではない。誰も触れたくないし、触れられない問題なのだ。
エース・ノギ。死亡判定を受けて、もう1週間は経つ。その3人はエースに好意を抱いていた。そして彼の脳に巣食い、だが救う存在たる脳内チップの副作用で合理的な思考に偏り、次第に人間らしさを失っていく彼の性欲を満たすことで副作用を散漫にさせるべく、毎晩どころか時間を見つけては襲い、搾り尽くすべく手を携えて、物理的にも手を携えて毎日同じベッドで4人が密着して眠っていた。
今、エースがいないその部屋は、完全に彼女らが占領し、そして心の拠り所になっていた。もしクランドが「出て行くように」などと命じれば、なにをするかわからないくらい不安定な精神状態なのだ。グラディオスは主力を失うわけにはいかない。この部屋さえ与えていれば、毎朝彼女たちは浮かない面持ちでこそあるが、パイロットの業務を果たすべく出てくるのであれば、特例として貸与すると決定している。
その日の夜。就寝のために帰ってきた3人。ヒナとシェリーとユリン。彼女たちは決まってなにかをするでもなく、ただただ沈黙して所定の場所を使った。
無言であってもひとつしかないベッドは共有。
クローゼットを開く。今日はこれにしよう。とそこにあった男物の衣服を手に取り、お互いに間隔を開いて床に座り込む。
取り出した衣服を抱きしめて、就寝時間までじっとしていた。目を閉じては思い出に浸る。
その姿はまさに、神に祈りを捧げるようで───
「入るよ」
「………レイシアさん」
来訪を告げるブザーが鳴ったが、誰も応じようとはしなかったため、レイシアはハルモニを使って強引にセキュリティを突破。彼女たちが作り出した領域に踏み込んだ。
この艦内で、3人が作り出す領域に土足で踏み込める人間はただひとり、レイシアだけだ。学徒兵として志願した彼女たちは、その当時からレイシアの世話になった。今では全員の姉のような存在である。
もし仮に彼女以外が踏み込んでしまったとすれば、クランドたちグラディオスの重鎮やリーダーのシドウなら半殺しにされて解放される。それ以外は八つ裂きだ。
あのコーネリアでさえ激励を目的で部屋の前まで来たが、その異様な空気を察知して無言で去った。それが正解だった。
ユリンたちは言葉にすることはないが、あの海域から去ることを決定したクランドならびコーネリアを、とても恨んでいたのだ。
同時に自分たちが軍人であり、上官の命令に従わないといけない義務が発生していることも理解している。それがどんな理不尽なことであっても。そしてエースひとりの捜索のため、グラディオスそのものを危険に晒すことはできず、ドイツ支部に向かうのが最善であったとも。
だからこの日も、シミュレーションで徹底的に己を鍛え続けた。ストレスをぶつけるように。
迫りくる敵はアンノウンではない。有人機だ。
アリスランドを発艦するガリウスHならびに、アメリカ支部の艦隊、ガリウスFの群れ。
設定はシビアに。そうでなければ意味がない。
病的に彼女たちはスコアを競い合った。
「うわ、酷い顔。眠れないんでしょ? ご飯は………まぁ、食べてるみたいだけど。ほら、今日のね」
レイシアは部屋に踏み入ると、シドウの部屋と同じ造りであるはずの間取りや設備と散らかるものを頭のなかで比べる。
酷い変わり様だ。なにが酷いって、一応全員シャワーを浴びてはいるようだが、ランドリールームで洗濯された彼女らの衣服や下着が、無造作に床に置かれていることだろう。
誰に見られても構わないということではないのだろうが、それにしたって無頓着である。
そんな彼女たちに毎日処方する薬があった。睡眠薬と栄養剤である。
もうすでに彼女たちの味覚は薄れていて、そうであっても戦うために食事は必要で、能動的に摂取している状態なのだ。炊事兵たちからユリンたちの食事量が減っていることを報告を受けたレイシアは、ならばせめてと栄養剤を摂らせることにした。その数時間後に睡眠剤を服用させる。
今までエースを挟んでいたとはいえ、寄り添って寝るのが普通の環境になっていた彼女たちだ。どれだけ狭くとも、たったひとつのベッドで体温を共有するように、体のどこかがお互いに触れていなければ安心して眠れないのだとカウンセリングで述べていた。
重症である。レイシアは常に彼女たちを診ているが、こうなるとは想像はできていても、いざ直面するとかけてやる言葉が出てこなかった。カウンセラー失格だなと内心で自嘲した。
「あと………6日」
シェリーがポツンと呟いた。
刹那、ゴゥと部屋のプレッシャーが増す。思わず呻いてしまいそうになるレイシア。
彼女は医者兼カウンセラーであり、そして軍人だ。かつて、何人もの猛者を見た。往年の兵士とも呼べるそれが纏う空気に似ている。
ヒナたちは自分よりも一回り歳が下のはずが、もうすでにその領域に達していた。
「戦うのは、まぁいいよ」
レイシアは言葉を選んだつもりだった。3人がゆっくりと面を上げる。
「戦うことで悲しみを忘れられるってことも、生きている証拠だからね。でも………この先、どうするの?」
「どうする………とは?」
ユリンが聞き返す。彼女らしからぬ覇気のない声。しかし妖しさは格段に増している。
「仮に、勝ったとするよ。ううん、勝ってもらわないと困るんだけどさ。でも、その先のこと。戦い続けて、また戦って、戦って………こんなこと言うのもなんだけど、もし戦う相手がいなかったら………どうするつもり?」
言葉を間違えたという自覚はある。それでも聞いておかなければならない。誰よりも診てきたカウンセラーとして、誰よりも見てきた姉貴分として。
「………エー先輩がいない世界なんて………考えられない。考えられないよぅ………」
ヒナは、エースが着ていた私服のジャケットを抱き、握りしめ、顔を埋めて泣き始めた。
シェリーもユリンもそうである。
レイシアの次の言葉は決まっていた。「甘ったれるな」と叫び、3人の頬を引っ叩くのだ。次の男を見つけろだなどとは言わないが、時としてそれに似た荒療治も必要なのだ。
だが………レイシアは、それがどうしてもできなかった。
どうしてもカウンセラーではなく、姉貴分としての情が勝つ。
結局、深く溜息を吐いたレイシアは、床に散らばっていた、自分の倍くらいはありそうなブラを手で退けて、部屋の中央に正座する。
「そうだね。でも、いずれは自分で答えを見つけなきゃいけないよ。おいでヒナちゃん。シェリーちゃんとユリンちゃんも。お姉さんが甘えさせてあげるから」
手を差し伸べると、ヒナがそのなかに収まった。シェリーとユリンまでレイシアにもたれかかる。珍しい反応だが、素直になれるのはいいことだ。
しばらく腕と膝と背中を貸し続けた。
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