因縁との決着A03
ビーツが率いるアリスランド。そしてその指揮下に入ったアメリカ支部艦隊。
ハーモンの実姉、コーネリア・デクスター少将が筆頭に立つドイツ支部艦隊が国土の近海に展開し、睨み合いの硬直が続くこと数日。
両軍とも沈黙を保っていたが、そこには不文律というものが存在した。暗黙の了解ともいう。
ひとつ。ビーツが宣戦布告したとおり、開戦日の遵守。それについはコーネリア、ドルテ、クランドの陣営の首脳は異論もなく了解を示した。よって敵を目の前にしても、決して先んじて動くことはない。
ただし、唯一両軍が動くことができる、条件があった。
そこは海の上。補給艦体は例外として、互いに所有する戦力を平等に動かすことのできる機会だ。
アンノウンの襲撃である。
両軍ともに、そこは陸上に備えた支部の、バリアの外にいた。
バリアは万能ではないが、アンノウンの脅威から退ける強固な盾だ。その枠外にいては、神出鬼没たるアンノウンの襲撃にいつ遭っても不思議ではないのだ。
アンノウンの襲撃が知らされた瞬間、両軍とも戦闘態勢に移行。そして出現した方向によって、いずれかが出撃する。
例えば東を守護するドイツ支部の艦隊に近ければドイツが。西に展開するアメリカ支部の艦隊付近ならばアメリカが、といった具合に、どちらかの戦力が動く。無知か果敢か、両軍の間に出現した場合、左右からの砲撃に晒されるのだ。前例がないわけではない。たまにそういった間抜けも現れる。
そして、どちらかが出撃した場合、ドイツ支部の艦隊はどうしても手薄な防御になってしまうのだが、その隙を突くようなことをアメリカ支部、ひいては総指揮を執るビーツは選択しなかった。彼には無かったはずの正々堂々を一貫しているようで、コーネリアは「気持ちの悪い小僧だ」とバッサリと切り捨てた。
そしてこの日。6日後に決戦を控えた海の下。時刻は正午。コーネリアは時間さえあれば甲板に出て、アメリカ支部の艦隊を睨む。この時もそうだった。
「不気味ですな」
彼女の腹心の部下が言った。長年付き従えたひとりで、名をブルゾンという。歳でいえばコーネリアの二回りの上。しかし、彼女の有能さに惚れ込んで、服従を決意した男だ。歳の差など大した問題ではない。
部下の男が差し出したコーヒーを受け取るコーネリア。淹れたばかりで、かなりの熱があるはずのそれを、気にもせず飲み下す。
「私はてっきり、奇襲を仕掛けると思いましたよ。それが、何日もこうして睨み合いが続いている」
「油断を誘っているのかもしれん。気を抜くな」
「ハッ。私たちは慣れておりますが、やはり………問題はドイツ支部かと。慣れていない者たちが多数、支部へと戻っています」
部下はそっとコーネリアに耳打ちした。
グラディオスの決起は、ドイツ支部にも影響を与えた。士気の向上である。ドルテが部下たちに火を付けた。
ところが人間というのは、24時間フル稼働はできない。できたとしても翌日に影響が出る。
一時的に高まる士気はモチベーションの維持に直結するも、だからといって長続きはしないものだ。火は燃料となるものがなければ燃えることはないように、人々もまた、軍人という強固な精神力をしているが、人間同士の殺し合いが目前にして行われようとしているのでは、いずれふと冷静に考え直してしまい、躊躇いを覚えてしまう。
「10日というのは長いようで短い。が、特定の条件の下では、1秒であっても永遠に思えてしまうものだ。………ブルゾン。お前はどうだ? もう限界か?」
「まさか。コーネリア少将の部隊に所属する者で、10日で音を上げる者はいません」
「だろうさ。………うまく、あの小僧の策略に乗せられたものだ。ドイツ支部の防衛力はアメリカ支部に続く二番手というが、それはあくまでアンノウンを相手にした時のケースだ。人類同士の戦争に駆り出され、すでに100時間を超える睨み合いをすれば、並みの兵士であっても精神がもつまい。実戦経験があろうが、これだけの物量差を前にしては、どうしても勝機が見いだせなくなるものだ」
コーネリアは静かに舌打ちした。
「………グラディオスは?」
「出撃準備はできていると。来るべき戦いの日に備え、支部のなかで待機しています」
「懸命な判断だ。パイロットの大半が年端の行かぬ小僧と小娘だ。大の大人でさえ精神的に病む空気になりかけているのでは、グラディオスも二の舞になるだろう。地上にいた方が、まだ精神衛生上もまともなまま温存できる」
「弟君は、いかがでしたか?」
「ハーモンか。2日前に補給船に乗って戻った時に会った。ふっ………いつまでも頭に殻の欠片を乗せた雛かと思えば………顔つきが、兄上に似てきたよ。確か、そう………兄上が本部勤めとなった日のようだった。今となっては戦争ではなく派閥争いに躍起になり、父上同様歪み、くすんだ目をしてしまったが………どうか、あのような目をしてほしくないものだな」
コーネリアは久しぶりに微笑を浮かべた。ブルゾンの前だからこそ見せる笑みだ。
ブルゾンはコーネリアの部下になり数年という古参だ。彼女の趣味から好きなものまでなんでも知っている。密かに嫁の貰い手がいるのか心配していて、見合いをセッティングしてやろうとしているのは秘密だ。
よって、コーネリアがハーモンが大好きであることも知っている。
宇宙にある彼女の艦の自室には、幼い頃の自分とハーモンが寄り添っている写真が何枚も飾られていることも認知していた。ゆえにこの機会にと、副官たる自分がコーネリアの代わりに矢面に立ち、なるべくドイツ支部に戻れるよう調整もしてやっている。
大好きな家族と触れ合える数少ない機会だ。その甲斐あって、コーネリアはハーモンの評価を改めた。
「私も一目お目にかかりましたが、磨けば光るタイプですな。弟君を我が艦のパイロットにすべく、推薦状でも書きますか」
「その機会があればな。だが、当分先のことだろう。ハーモンめ。あれだけ軍属になることを嫌悪し、家で同然に飛び出したくせに、グラディオスを我が家のように思っていたよ。あれでは梃子でも動かぬな」
「おや、それは難攻しそうですな」
「いや、それはいい。あれももう、大人になる時だ。パイロット隊の隊長とも話した。一人前のパイロットであると賞賛していたよ。その進退、自分で決めさせるのが筋。………姉としては、少し寂しくも思うがな」
「それが普通のことです。どうかお気になさらないよう」
「ふっ。そうかい」
コーネリアは涼しげな微笑を浮かべる。
ひとりの将としての風貌。
しかしブルゾンはわかっていた。その微笑は将とすてではなく、ひとりの姉として、愛する家族の巣立ちを見送る時の、誇らしくもあり、どこか寂しげな笑みであったと。
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これだけの勢い………くっ。無茶をしてでも3話くらいは更新しておくべきだったと後悔しております。
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