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その仮面の下にはC01

 日本支部跡地に収容されて、目を覚ましてから3日が経過していた。


 目を覚ましたその日からタキオン改修計画を実行したはいいが、初日と翌日は大変だったな。


 なにせ、弱り切った体だ。回復も半ば。内臓のすべてが正常に機能しておらず、空腹を感じて、久しぶりに白米にありついたら数分で嘔吐した。


 思考が正常なばかりで、肉体がついていけなかったのだ。


 ケイスマン曰く『脳内チップの副作用が始まっている』とのこと。


 当然だ。ヒナたちから離れて生活しているのだから、人間が人間らしく生きる生活という、つまり根源たるもの、三大欲級のひとつたる性欲が解消されていない。


 そうなると食欲と睡眠欲が停滞し、俺の思考は鈍り始める。


 合理的かつ効率重視の思考が、肉体を改造してしまうのだ。そうなると俺にも止められない。


 ちなみに、その症状のことはトーマスにも高田にも説明していない。


 だからといって、高田たちが用意した女性を抱くことなんてできない。愛のない情事など、俺のポリシーに反する。もしそんなことになれば、絶対にやめてくれと懇願するだろう。


「さて、エースくん。本社からプレゼントが届いたし、タカダさんたちがそれを運んでくれている。高くついた買い物だったけど、それでやっとフレームが完成するわけだ。けれども、それで勝率が高くなるとは思えない。勝てる保証はあるのかな?」


 トーマスは試すような笑みを浮かべる。


 これでも元エージェントだ。グラディオスという連合軍の最新鋭艦に細工しようとしたし、なによりガリウスについての造詣も深い。この現場の総指揮官を自ら買って出たことはある。これ以上とないアドバイザーであり、臨時の俺の右腕だ。


 その忌憚ない意見は、利害関係を重視したビジネス上でのパートナーとして、最善だった。


「………勝率なんて、考えてねぇよ」


「なんだって?」


「俺はいつだって限界ギリギリの綱渡りだったんだ。お前を昔助けた時だってそう。危ねぇ橋だろうが渡るしかねぇ。軽蔑したいなら、しろよ。構わねえ」


「まぁ、全力全開で、勝てます! って根拠もなく叫ばれるよりマシかな。及第点をあげようね」


「偉そうに」


「それは失敬。でもねエースくん。これでもきみを信用しているんだよ? すぐやれます最短で最安値で。なんて叫ばれるより、問題点を直視して改善案を出し続け、これでもかって安全確認をする奴の方がまだマシさ。エースくんだって、恐れってやつを無視して現実逃避し続ける奴より、安全策を準備し続けて、とことん先の未来を考えられる奴の方が安心するでしょ?」


「………そりゃそうだけど」


「それと同じさ。僕もエースくんに山を張ったんだ。成長できなければ利益を回収できない。だから多少強引にでも先に進んでもらわないといけない。そのエースくんが無謀なことを言うものなら、投資する側としては見切りを付けなければならないんだ。だからエースくんの姿勢は評価してる。ただでさえも無茶で無謀なプロジェクトを推進してるんだからね」


 とことん現実的なことを言いつつも、友情を感じさせる台詞を吐く野郎だ。


 ただ、友情といっても、俺とトーマスのははっきりしている。利益を伸ばすことに特化している。それがビジネスパートナーである。俺が感じている友情というのは、もしかしたらトーマスのビジネス上の文句なのかもしれない。感化され過ぎたか。


「だからお前は、グラディオスに秘匿回線で俺のことを伝えない、ってか?」


 横にいるトーマスを睨む。


 トーマスは目を丸くしたあと、なぜだかは知らないが、意地の悪い笑みを浮かべてみせた。


「なぁんだ、バレてたんだ?」


「舐めんな。それくらいわかる」


「そっか。まぁ、僕にも思うことがあるしね? 演出って言うべきなのかな。ロマンティックな登場、あるいは復帰をした方が、エースくんも周りも喜ぶかなぁってさ」


 ロマンティックとはよく言ったものだ。


 確かに、死んだはずの人員が仲間の危機に駆け付けて、すべてを覆すような逆転劇を演じてみせるというシチュエーションは、俺好みの胸圧展開だ。


 けれども同時に、俺はトーマスという男は、そこまでロマンティストではないと知っていた。どちらかと言えば極端なくらいリアリストで、重体な俺をいきなり現場復帰させるくらいシビアでタイトな性分をしているのだ。


「で? 本当のところは?」


「え、嫌だなエースくん。僕ってそんな冷徹に見える? 利己的な目的なんか、あるはずないじゃんか」


「じゃあ、言い当ててやるよ。お前はこう思ってるはずだ。グラディオスのみに伝わるならまだしも、アリスランドに察知されるかもしれないって。まぁ100点満点をくれてやるよ。通達しなくて正解だ」


「………参ったね、こりゃ」


 トーマスは初めて、本気で困惑した表情を浮かべる。


 それから改めて俺を見る。いつもの彼らしからぬ、飄々とした笑顔が消えていた。


 それでも俺は続けた。


「トーマス。お前………アリスランドは諦めたって考えて、いいんだな?」


「その根拠は?」


「ビーツから搾り取れるものがなかったんだろ。逆にビーツは、あれからお前たちから搾取するような要求をしてきたはずだ。格安でパーツを提供しろとかな。最初は定価で提供してたとしても、あいつのことだ。調子に乗って値下げ要求をしたんじゃないか?」


「………ははっ。本社の指針を、こうも易々と見抜くのかい。きみは」


「あいつとは、ある意味でそれなりの付き合いだからな。で、見切りをつけたお前らオードリアインジェクション社はグラディオスに鞍替えした。………いや、本社なんてどうでもいい。トーマス。お前個人の見解を知りたい。お前、ビーツに見切りを付けたんだな? そうなんだな?」


「………ハァ。まぁ、そうなるね。商売をするには難しい相手だったし、利益が出るとは思えなかった。そうなると、元アリスランド艦長だったテンプス支部長………あ、もう支部長じゃなかった。あのひとの方が、まだ会社に利益があったんだよ」


 テンプスはかつて、エングレルファクトリー社がコンペで勝ち取った、当時は画期的かつ優れた性能と量産性を有したガリウスFのデータを欲しがっていたオードリアインジェクション社に、所有していたガリウスFを売り付ける代わりに、大量の在庫を抱えることになったガリウスEを安価で買い取るという、転売ヤーみたいなことをしていた。


 オードリアインジェクション社にとっては高い買い物になっただろうが、またとない研究材料だ。先行投資として買い取ったのだろう。確かにビーツを商売相手にするより、テンプスの方がいいかな。どちらも最悪だけど。


「俺が聞きたいのは商売とかじゃねぇ。ビーツとは完全に手を切ったのかどうかだ」


「最近は連絡してないよ。本当だ。グラディオスがお得意様になってくれたからね。そんなの、僕たちには目に見えない電波が見えそうなくらい化け物になったエースくんなら、わかるんじゃないの?」


 確かにそうだ。


 脳内チップを使えば、ここら一帯の通信など傍受できる。特にトーマスのは徹底的に調べた結果、なにもないことは承知していた。


「けどまぁ、ビーツさんとの繋がりなんて、ヤンダーコンのコロニーで一回会ったきりだったしね。そこまで思い入れがあるわけでもない。それよか、ちゃんとビジネスができるひとに寄り添った方が、僕は好きだね」


「お前、そっちの気があるわけじゃねぇだろうな?」


「ないよ」


 今のはビジネススマイルか、本心からのスマイルか。判別がつかなくなってきた。


 俺もまだまだだな。



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