その仮面の下にはB09
ただ、そうであったとしても、モーリスの腕を認めていた。
あのケイスマンの息子というだけでもスカウトする価値はある。
本編では、モーリスの実力が発揮されるような描写はなかった。実父が遺したという大量のデータを紐解くヒントを与えただけなのだ。
俺はそこに着目した。
モーリスはケイスマンの遺産と称されたデータベースを見ていないにも関わらず、その深い洞察力ですべてを見抜いていた。
そしてエングレルファクトリー本社に務めていながら、異端と称され左遷された経歴も気に入った。
なぜかといえば、エングレルファクトリー社の人間は、ガリウスF程度の平均値より少し優れた程度の量産機しか作れない会社だからだ。モーリスのすべてを理解するには知能が低すぎた。
そこで俺は、俺の知る一部の情報をヒント無しで与えてみた。例えば脳内チップ。特徴のみを述べただけなのに、モーリスは「それならできると思います」と述べて、本当に作ってしまった。心が震えた。絶対に逃がさないと誓った。
そして事故によって顔の右半分を失い、モーリスが作った脳内チップによって脳死から蘇った。
かなり苦労したが、テンプスを追放し、実権を握ってからすぐにアリスランドの改造計画を実行。主幹に添えたモーリスも、控えめな性格ながら仕事はできた。
ガリウスHの設計と製造。前データは無し。あるのは俺の記憶だけ。可能な限り要望を伝えると、モーリスは最短で答えを導き出す。すべて俺の欲しかったものだった。
「モーリス貴様ぁ………なんだこの手はぁ………命令だぁ。今すぐその手を離せぇ!」
「あなたが部下を撃ち殺そうとしないのであれば、離します」
「馬鹿を言うなぁ! こんなヘタレた兵士など、我が艦には不要だぁ!」
「ハァ………ああ、もう。参ったな。この前に調整を終えたばかりだというのに、もうこんなにも摩耗してしまったのか。ビーツ艦長。僕、以前から申し上げましたよね? ビーツ艦長の頭のなかにある脳内チップは、父が以前設計していたそれを覚えていたから製造できたのであって、完成品には程遠いと。それに右の義眼もそうだ。神経加速を促すにしろ、実験も臨床実験もしたことのないそれを使用するのは大変危険だと。けれどビーツ艦長は、僕の忠告を無視してしまった」
「うるさい! 黙れ黙れぇ!」
「黙りませんよ。僕は主治医ではないから、多くに口を挟めない。でもね、暗闇から救い出そうとしてくれた恩人を見捨てるほど、腐ってはいないんです。………普段からニヒルで冷静沈着で、常に第三者の視点から俯瞰したような意見を述べるあなたらしくない挙動と暴言は、すべて僕が未完成品を搭載してしまったからだ。だからどうか、落ち着いてください。ビーツ艦長」
なんだこいつは。
まるで俺を子供扱いしやがって!
俺は偉いんだ。アリスランドの艦長なんだ。それがモーリスの手にかかれば、まるで幼子のような扱いを受ける。
俺はこんな仕打ちを受けるために、モーリスを引き入れたわけではないというのに。
「どうか落ち着いてくださいビーツ艦長。普段のあなたは聡明だ。僕は、そんなあなたに惹かれてアリスランドに搭乗すると決めた。僕を殴ることで気が収まるなら、どうぞ好きなだけ殴ってください」
「黙れ、んぐふっ!?」
それは突然のことだった。
モーリスから引き剥がされたと思えば、頬に強烈な衝撃が走る。
叩かれたのだと理解するのに、数秒を要した。
「いい加減にしてくださいビーツ艦長!」
「エ………マ」
右手をフルスイングした女、俺が最大の信頼を寄せる女が、涙を浮かべてそこに立っていた。
「あなたはそんな愚かなひとではないことは知っています。毎日魘されながら寝ていることも。普通の人間なら耐えられない数値まで悪化したコンディションなのに平然としていたことも! みんな、ちゃんと知ってます! だから………一旦、落ち着いて? 大丈夫。大丈夫だから………」
倒れた俺を優しく抱きしめるエマ。
俺は………アリスランドに乗ることになって、初恋をした。相手はマリアという整備士で、しかし事故に巻き込まれて死んだ。俺も顔側面に怪我をしたが、そこからなにもかも狂い出した。
ただ、そうであったとしてもエマと出会えたことに意味があったと思えた。大勢の女を囲って心の傷を塞ぐなかで、俺はエマだけに特別な感情を抱いていたのだ。
そのエマが俺を抱きしめながら懇願する。
急に自分が情けなくなってきて、同時にスーッと頭が冴えた。頭に昇っていた血が引いたようだ。
「すまん………すまない………俺は………」
「なにも言わなくていいわ。全部わかってる」
「あなたの不安定な思考は、僕にも責任の一端があります。お気になさらないでください。ビーツ艦長」
俺は危うく、俺が敷いてきた万全のレールを自分で踏み外すところだった。
しかし仲間たちが止めてくれた。
俺には信頼と信用を寄せてくれる者は少ない。だがゼロではなかった。
その事実だけが、俺の騒つく心をうまく安定させてくれたのだ。
私はハンガーにいた。
おそらく、この第20話もすぐ終わる。あと1週間の猶予があるとはいえ、今行っている作業に費やす時間を考えればギリギリだ。
エースの生存に希望の光が見えた。だが周囲に吹聴しない。光が見えただけなのだ。完全とは言えない情報を無駄に流布したとて、真実でなければ意味がないし、本当に死んでいた時の絶望の反動が大きい。その時が来るまで、私は心にそれを留めておいた。
また、これは私の心の戒めでもある。
不確定要素に縋ることはしない。今手元にあるカードだけで勝負する。
私がやらなければならない。私しかいない。エースの代わりではない。私がグラディオスを救う。そう、何度も言い聞かせて。
ハンガーで行う作業は、すべてイレイザーの武装にあった。
エースは前回の戦いの時点で動員したいものがあったが、ライラを救うという使命を優先して先送りにしてしまった。
原作にはないイレイザーの専用ジャケット。複合武器を多数備え、どんな戦況においても単独突破を可能とし、ソニックブームを封じる代わりに火力を底上げした優れもの。
そして私が設計した、ショートライフルと展開式のソードを複合した盾というオリジナル武器を持たせて、イレイザーはより高次元へと向かうのだ。
「そういえばシーナ。昨日、オペレーターたちが話していたのを小耳に挟んだのだが」
十二号機の整備が終わり、積極的に私の作業を手伝う、というか軽作業しかできないコウが、話しかけた。
「んー? お前、私っていう女がいんのに、他の女の話しをするのかー?」
「なんでそうなる。噂話だ。………最近、お前にエー先輩が憑依したように思えてきたぞ」
ムッとするコウ。軽くいじってみただけでこの反応。かーわいーいなー。
「ごめんって、冗談だから。それで、なんだって?」
「ったく。………ドイツ支部のレーダーをグラディオスも共有していて、双方で広範囲を警戒しているのは知っているだろ? なんか、中国支部に向けて宇宙から落下する物体があったらしい」
「支部長だったテンプスが、好き勝手し過ぎたことで左遷されて、新しい支部長が据えられた頃か。え………でもなんで宇宙から? 中国支部って、そこまで宇宙にコネがあったっけ? 経済もテンプスのせいでボロボロになったし、そんな余裕はないと思ったんだけど」
それは本編にない会話だった。それでいて真新しい情報だ。つい私は手を止めて、汚れた金属を布で磨いてくれているコウを振り返った。
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