その仮面の下にはB08
〜ビーツside〜
圧倒的優位な立ち位置にいる。そして形勢は動くことはない。
誰がどう見てもそうだ。覆しようがない。
ブリッジで愛人を囲み、メインモニターを眺めること数日。
一定の間隔で宇宙から降下する有象無象。
本部でも手を焼くという少将の直属の部隊らが、危険を顧みずに主君の危機に馳せ参上している。
見事な忠誠心だ。熱心に腰を振る女の顔越しに、そう思った。
このアリスランドで、俺のために命を張る奴がどれだけいるのだろう。ざっと計算して………いや、やめておこう。なぜだかはわからないが、虚しくなってくる。
クルーに信用と信頼がない───わけではない。上司と部下の線引きを行った上で、前世で気紛れで受けたコンプライアンス研修の経験が役に立ち、理想的な環境を作り出していた。
小此木に過去見せたアリスランドの実態風イメージ映像は、AIを駆使して作り出した虚像に過ぎない。
確かにブリッジや自室は愛人たちとのコミュニケーションでよく使うが、それ以外の場所では風紀を守っているつもりだ。
男連中も仕事ができるなら好きにさせている。業務以外で一度も縛り付けたことはないし、24時間労働などさせなかった。
グラディオスと違う部分があるとすれば、やはりネームドキャラの多さだろうか。アリスランドはアーク以外、俺は知らなかった。テンプスは追放してやったから例外として。
艦内は適度に和気藹々としていたし、恋愛も自由だ。俺の愛人がクルーの女の半分を占めているだけのこと。
差というのは数値にしてみれば、歴然たるものはないはずなのだ。
しかし、遺憾なことながら、俺の感覚はそうは語らない。絶対的優位に立つはずなのに、この確証のない胸騒ぎはなんだ?
俺は大切ななにかを見落としている? 「天破のグラディオス」を鑑賞し尽くした、この俺が?
馬鹿馬鹿しい。俺に限って、そんなことがあるはずがないのだ。
思ったようにことが運ばないから癇癪を起こしている? ガキではあるまいに。
内心で自嘲してみる。けれどもそんな俺の心にいつまでも巣食う、正体不明のガキのようななにかが、急に疼き出す。
その正体は知れていた。恐怖と緊張。脳内チップを2個搭載したことにより、俺はすでに引き返せないところまで来ている。血圧は200を超え、心拍数は常時150を超えている。病院にかかっても不思議ではない数値を、少ない食事と短時間睡眠と、投薬と酒池肉林で誤魔化していた。
軍医は最近、恐る恐る述べるのだ。「せめて脳内チップをひとつオミットするべきです」だとさ。
追放してやろうかと思った。この世界をなにも知らない、名もなきモブ軍医が、俺の指針に意見するだけでも烏滸がましい。
けれども俺は優しい艦長だ。男だったからな。顔面に拳一発で許してやった。それ以降、顔を出してもなにも言わなくなった。
ふたつある脳内チップをひとつオミットし、緊急事態にふたつ目を起動する?
ふざけるなと叫びたかった。俺にとってはいつも非常時だ。特に小此木を考えるだけでも、あの憎たらしい顔が悲嘆に染まるためなら3個目の移植も考えていた。
奴はもういない。俺が殺してやった。それで終わったはずなのにな。なぜ俺は、いつまで経っても満たされない?
………そうだ。戦いに負けて勝負に勝った。とかいうクランドの戯言が気に入らないんだ。
アークがドイツ支部に降り立って、警告した際に、とっとと承諾しておけばいいものを。
なにが、勝負に勝っただ。オルコットの豚にも劣る将が、地球に降り立っただけではないか。
あの時、俺が撤退を選択したのは長期戦が望ましくなかったからだ。擬似覚醒を可能にする義眼は、脳神経に直結している。完全覚醒を遂げたソータの阻止をするには時間が足りなかった。つまりこれは勇気ある撤退。次の勝利に繋げるための。
小此木をぶっ殺したんだ。そうだ。俺は戦いにも、勝負にも負けていないじゃないか。ふざけやがってクランドめ。四肢を撃ち抜いて傷口を溶接したあと、目の前でレイシアを犯したあと殺してやる。適当な戯言を言った罪は重いと思い知らせてやる。
「………いや、待てよ? そうだよ。なにを俺は悠長にしているんだ? 10日も待つ必要など、無いじゃないか。コーネリアがなんだ。ドイツ支部がなんだ。………今すぐ、俺が全部破壊してやればいいんじゃないか」
来た道を戻る。
向かう先はほかでもない。ハンガーだ。その分厚い鉄板でできた隔壁を、破るように肩などをぶつけるようにして突破する。
まるで冷めることのない発熱に支配されている苦痛、倦怠感にさえ苛立ちを覚え、ハンガーに飛び入ると、怒りのすべてをぶつけた。
「おい………おい! なにをしている! 出撃準備だ!」
「艦長!?」
「出撃って………え、なに言ってるんすかビーツ艦長」
「俺たちの出番は当分先だって、昨日愚痴みたく言ったばかりじゃないですか!」
無能な整備士どもめ。
なにを能天気に身構えて、臆病者の主張をしていやがるのだか。
敵が目の前にいるのに、いつでも殺せると看過するなど、俺にはできない。
不安の芽は摘み取るべきなのだ。早ければ早いほどいい。そんなこともわからない馬鹿がこの艦にいると思っただけでも吐き気を覚える。
「チッ………使えない整備士どもめ! もういい。イレイザー出撃準備! アークも続きたいと言えば後続として出せ! 今日中にグラディオスを破壊する!」
「ま、待って………待ってくださいビーツ艦長! そんなことをすれば、どうなるか!」
「いくらドイツ支部のドルテ支部長から、服従に対する拒否を告げられたからといって、自棄にならないでください!」
「だ、誰か………エマ副艦長呼んでこい! モーリス、来てくれ! ビーツ艦長を止めてくれぇ!」
整備士の馬鹿どもは、揃いも揃って俺に反旗を翻す。
いいだろう。離反、あるいは不敬罪に問うて、銃殺刑にしてやる!
ジャケットから拳銃を抜き取った、次の瞬間。
「艦長。それはいけません」
「………モーリス、貴様ぁっ!」
「怒鳴っても無駄です。………ハァ。やっぱり、僕が作った脳内チップでは、父のようにはいかないか。感情の制御が甘い。いやそもそも、ビーツ艦長がいきなり来て、父の真似をしろだなんて言うのが間違っていたんだ。僕には完全なものを作れるはずがなかったのに」
ぼやく長身痩躯の青年は、俺が拳銃を抜くと同時に背後に詰め寄り、パッとそれを奪い取る。
鳥の巣を思わせるような独特な髪型。グレイの色の髪。その双眸は生気を感じさせることはなく、隈が目の下を染め上げた。
細身にしては般若のように暴れ狂う俺を背後から抱きかかえ、取り押さえられるほどの筋力。
それがモーリス・テラー。「天破のグラディオス」の序盤で死したケイスマン・テラーのひとり息子であった。
第2クールでグラディオスクルーと邂逅を果たすはずが、それよりも早くモーリスをほぼ強引に、かつ逃げ場を無くす形でアリスランドに配属させたのだ。
モーリスには多くの才能があった。ケイスマンの後継者として認められるほどに。しかし今な亡き父にはいつまでも敵わないと思いこむほど、自尊心が低かった。
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うっ………リアルな多忙により、日曜日恒例の4回更新が、なにやら怪しくなってまいりました………それでも見捨てないでください!
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