その仮面の下にはB06
初手、フレーム改修。───最悪。
日本支部跡地、富士ドックにて。かつてアリスランドが製造された広すぎるドックを間借りして、俺のタキオンを修理することになった翌日のこと。
近くの倉庫に置かれていた俺のタキオンは、すっかり変貌していた。
そりゃあ、ビーツの擬似的な覚醒にビビッたことも認めるけど、死ぬかと思った拷問を受けて医療ポッドで半分だけ傷を治した状態で出撃すれば反応も鈍くなる。
ビーツの擬似覚醒で加速したイレイザーにボコられてから、タキオンに背中から貫かれ、またイレイザーにボコられる。オーバーキルってやつだ。
四肢欠損。頭部もない。胴体だって酷い有様。コクピットブロックは半ば潰れ、フレームなんてどこもひしゃげている。カイドウたちが見たら半狂乱しそう。
けれど唯一無事だったのが、コアたるレイライトリアクター。機体が爆発しても破損するどころか傷付くこともない頑丈な造り。そこにケイスマンの意思たる高性能AIが眠っていた。
一番頑丈なところに居座って高みの見物かと思えば、危うく俺とともに海の底で永遠に眠りにつくところだったのだ。慌てて跳び起きてみたところで、そこまで事態が好転するとは思えないが、超一流にしてマッドサイエンティストの頭脳そのものがAIとして組み込まれている以上、有能と呼ぶ意外になにもない。
なぜなら、今の俺には他のサポートの一切がないからだ。
その最たるものが、ケイスマンの遺産をこじ開ける際に使うようになったグラディオスを制御する高性能AIたるハルモニ。思えば俺はハルモニにいつも助けられていた。助けられなかった時がないと思えるくらいだ。
日常から有事まで。私生活から戦闘における幅広いジャンルで支えてもらっていた。
すべてはカイドウのほんの気紛れであったとしても、使えるようになってからは、ハルモニがあるのと無いとでは、環境がまったく異なる。わかってはいたけど。
脳内チップと義手のコントロール。肉体のコンディションから管理とナースコール。日常生活においてはこんなものだが、それでも俺が思うままに動けたのは間違いなくハルモニがいたからだ。
今はそのバックアップをしてくれるハルモニが遮断されている。
距離がありすぎた。
ドイツとローマくらいなら繋がるが、ドイツと日本は遠すぎるし、なにしろ初めての特務では輸送機に専用の端末を取りつけていたのでハルモニを運用できたのだ。
タキオンにも取り付けることは可能だろうが、あの戦闘に巻き込まれてしまっては、漆黒のタキオンの腕に潰されていたか、海に沈んだ際に故障するかのどちらかだ。
そんな俺に、今はケイスマンがハルモニの代わりにバックアップをしてくれている。ハルモニは俺の端末だけでなく脳内チップ、果てにはタキオンを媒介に俺に情報を与えてくれていたし、管理もしてくれた。そのログがあったのだろう。数秒で解析、内容をすべて理解したと言っていた。
『ふむ。フレームの材質を一部変更したのが、予想外の弊害を招いたか。しかしよくあることだ。気にしなくてもいい。次の工程に移るよう言ってくれ。おそらく私の予想では、あと3度ほど失敗を繰り返せば成功するはずだ。急がずともいい』
ハハッ。マッドサイエンティストは言うことが違う。
職人たちが膝を突き合わせて話し合い、実験をしている空間で「失敗なんてよくあることだから、気にせずに次をやれ」なんて言えるかね普通。少なくとも俺には言えないんだけど? 強面の職人気質の中年男性グループって、なんかカタギって感じがしないから怖いんだよな。酒を飲むとフニャフニャになるくせに。
今、彼らには新素材を使った新しいフレームの設計をしてもらっていた。
タキオンとはまったく異なりつつ特徴を継承、より発展させつつ俺の趣味全開の機体を最短爆速で製造しなくてはならない。納期なんて眩暈がするくらい短いが、ケイスマンが設計の段階から最終工程までシミュレーションしているので、機動実験を省略するとかいう寿命短縮まで賭けたリアルタイムアタックに挑戦している気分だ。もしカイドウが耳にしたら「ガキになんてことをさせやがる!」と顔を真っ赤にしてブチギレそう。
『耐久値についは問題ない。きみたちが作ったイレイザーなるオリジナルガリウスの機構を参考に、新素材を組み込めば、いずれその効果の真価を発揮するだろう。しかしエース。本当にいいのか?』
車椅子に座って、デスクに並べた設計図を睨みながら黙考する俺に、常にケイスマンが語り掛けた。そのペースたるや、お喋りトーマスといい勝負だ。
『きみの案は、一部は評価に値する。トーマスなる男を使い、宇宙で研究されていた、あの素材に目を付けるとはお目が高い。しかし素材自体はよくとも、その実態は私を作った私ですら、完全な理解に及ばなかった。完全制御ができなかったのだ。いずれ完全制御を完成させるつもりではいたが、夢半ばにして私を作った私は、サフラビオロスとともに散った。未だ、多くの科学者がその答えを知りたがっている。………エース。私を作った私であったとしても解けなかった難問を、きみはどう答えるつもりだね?』
まったく………今日に限っては、本当にお喋りな人工知能だ。
有能だし、いなければ困るのはこちらだから「煩いから黙れ」と言えないのが辛いところ。
それにしたって、なんでこうも………ケイスマンはテンションが高いんだ?
いや、理由はわかっている。彼の問いかけにもあったじゃないか。
俺はこれから、この世界の全科学者が研究しては挫折したり断念してしまっている、超困難な難問に挑もうとしている。というか、ここにいる全員にも手伝ってもらっていた。
そのためにオードリアインジェクション社から、地上にはない材料を送ってもらったのだ。トーマスにはそのせいで苦労をかけた。
《フゥ………さっきからやかま………テンション高いな》
『やかましい? きみは今、私を喧しいと称したのかね?』
《そんなことはどうだっていいでしょ。そう騒がれると集中できないので、ちょっとヒントを出して差し上げましょうね。それでもしゃぶって我慢してくれ》
『まるで地団太を踏む聞き分けの無い子供をあやす大人のそれではないか。いや、確かに私がそうであったか。それは申し訳ない。それで、しゃぶれるデータというのは………む?』
ケイスマンに、まだプリントアウトしておらず、脳内チップに封じたとあるプランを送った。
それはかなりの強硬策で、はっきりと言って成功確率の方が低い最悪な計画でもあった。
ケイスマンはそれきりしばらく喋らなくなった。
次に言葉を発したのは、5枚目の設計図の直しをしようと捲った時だった。
『エース・ノギ。きみは………死にたいのかね?』
まるで、初めて異空間で会った時、肉体と精神が脳内チップの支配下に置かれそうになった時の咎めるような口調で俺に告げた。
《別に………好き好んで自殺したいなんて願望は、ないけど》
『で、あるならばきみは異常だ』
マッドサイエンティストに正気を疑われる日が来るとは思いもしなかった。失敬な。
『ナノマシンを自分の体に注入して制御するなど、無謀だ!』
そんなことは、百も承知なんだよなぁ。
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