その仮面の下にはB05
ドイツ支部を使者として訪れ、降伏の勧告をした代わりにメンタルを削られたアーク。
彼はこの日、合計3度目のブリッジの入室を果たした。
換気はされていようとも、数人が寄ってたかってひとりの男に身を捧げ、恍惚とした表情で床に仰臥し、体の至る部分から液体を流す女たち。異臭がたちこめてしまうのも無理もない。
アークは、そんな娼婦然とした女たちの裸体を一瞥し、目的たる人物の前に立つ。
「アポ無しで来るとは、お前も偉くなったものだな。アーク」
「今日こそ、僕の求める答えが欲しいので」
「見てわからないか? 情事を目の当たりにしても眉ひとつ動かさないとは、お前のその年齢では不安になるのだが、そんなことは関係ないか」
「はい。艦長には、なにも関係ありません」
アークはたったひとり、アリスランドの艦長、いや王様然としたビーツを睨みつけた。
ビーツの膝の上には裸体の女がいて、腰を激しく上下させる度に痙攣し、嬌声を上げる。
かなりの美人だった。確か、航海航宙科の中堅クルーだ。アークは顔を知っているだけで、面識もなければ会話をしたこともない。
しばらくして、その女はぐったりとして動かなくなった。ビーツは乱雑に、しかし床に置くときは丁重に女を上からどけると、長い足を組む。
「………それで? どんな答えがほしい?」
「あなたには感謝している。この艦でテンプスの奴隷のようにパイロットをするよりは、あなたに使われた方がまだ人権を感じ取ることができた。しかし」
「しかし?」
ビーツはアークの微動だにしない態度を見て、愉快そうに笑う。
「僕は………これでいいのかと思い始めてしまった」
「………ほう?」
それでいて、初めて興味深そうにするビーツ。
まるで、これまで感情や意思がなかった人形に、初めてそれが宿ったと確信を得た目だった。
「なにを疑問に思った? 言ってみな」
乱れた軍服を正そうともせず、悠然とシートに座りながら尋ねる。
「僕はこれまであなたに尽くしてきた。あなたから言われたことはすべてやった。理不尽な内容はひとつもなかったし、あなたはいつでも正しかった。でも」
「ふむ?」
「あなたの言葉はいつだって正しかった。でも、僕にはどうしても、その先の展望が見られなくなった。なってしまった!」
「お前、グラディオスでなにを吹き込まれた?」
「それは………あなたが予想したとおり、誰もが殺意を突きつけるばかりで………でもただひとり、奇妙な女がいた」
「………奇妙な女、ね」
ビーツは興味深そうにする。アークのアポ無し訪問よりも興味が傾いた。
「その女の名前は?」
「シーナ・サクラと言っていました」
「………ふぅん。で、そのシーナとやらはなんて?」
「あなたは僕に指示以外のなにか………例えば愛情を与えてくれるのか、どうかと」
「愛情? プッ、なんだそりゃ。よりにもよって愛情とか………ククク。ぶっ飛んでんなそいつ。面白ぇ。で? お前は欲しいのか? 俺からの愛情。欲しけりゃくれてやるよ。寵愛ってやつ?」
「………僕はあなたの愛人になりたいとは思わない」
「俺だって野郎を抱きてぇとは思わない。ハァ。お前、疲れてんだよ。ちゃんと休暇ならくれてやってんだろうが。お前の趣味………えっと、なんだっけ? 知らないけど。それに全力を注ぐとかやらねぇの?」
「話をすり替えないでください!」
「別に、すり替えてるつもりなんてねぇけど………」
ひとしきり笑ったあと、ビーツは黙考する。アークはビーツから視線を逸らさずに凝視した。
「愛情………特に愛ってのは、色々な種類がある。親愛、友愛、熱愛、愛着、慈愛、恋愛………果てには憎愛なんてものもな。お前はなにが欲しいんだ?」
「………わからない。いずれ答えが出るとは思うけど………」
「別に、いつでもいいぜ? お前を否定するつもりもねぇし。………だから、俺はいつでもお前の好きにさせてきた。ソータ・レビンスをアリスランドに配属させてやってもいいとも言った。なぁ、アーク。俺はそんな意地悪な奴じゃないんだ。だからお前の好きなものを好きなだけくれてやるよ。いつだってな」
それがビーツの答えであった。ビーツからすれば当然であり、隠すこともない忌憚ない答え。本心である。
だがその瞬間、グラディオスの前で受けた仕打ちによって、心に小さくとも刺さった棘が、疼き出す。
「………ありがとうございます。失礼します」
「おう。来週には決戦となるだろうよ。まだ2日も猶予があるってのに、ドルテ支部長殿から直筆の書状が届いた。降伏は受け入れられないとさ。戦うつもりだぜ? 俺らとよ。なにを勘違いして有りもしない勝算を見出したのやらな。てなわけで、これからワプス支部長とミーティングだ。お前は出なくていい。タキオンを万全な状態に仕上げておけ」
「………はい」
アークは浮かない面持ちでブリッジを去る。病的な目をしていたのを、ビーツは見ることはなかった。
アークが去って数分後。全裸で床に倒れていた女たちが目を覚まし、床に散らかした下着や軍服を着て、去ったり配置に戻っていく。誰もがビーツの頬や唇にキスをしていた。
ビーツはもうキス程度で心が動くことはない。自他共に認める冷徹な感情を湛え、離れていく愛人たちを見ようともしなかった。感情の起伏が激しいのだ。
相手からすれば、情事が終わり、休憩を挟んだのちに艦長モードになれる、切り替えの早い有能な男として見られていた。
だが、ビーツからすればそれは違う。
「お前がいなくなって数日………もう1週間以上が経つのか。グラディオスはかなり痛手を負ったはずが、まさか再起するとは………原作に準じたのか? いや、アークの報告ではパイロットたちが不安定だったが、アリスランドとアメリカ支部の艦隊を前にしても戦うと決意できた。………クランドの采配? 原作には登場することがなかったコーネリア・デクスターの檄? その両方………いや。なにかが違う。明らかに異常だ。それもすべて、お前の影響だというのか? 死んでもなお忌々しいな。小此木ィ………」
アークが不安定なメンタルをするように、ビーツもまた、かなり不安定な状況にあった。
エース・ノギこと、かつての大学の同期だった転生者に勝利した。今もなお、絶対的と宣言できるほど優勢なはずだった。なにひとつとして揺らぐ必要がなかったのである。
しかし、それにも関わらず揺れてしまう精神。
すべてはアリスランドがグラディオスから逃亡することになった、コーネリアの登場前にクランドに言われたことが原因だった。
エースは戦いに負けて勝負に勝った。
矛盾していると思える内容であったとしても、これ以上に適切な表現はない。
「俺は勝ったんだ。前世でも、転生しても! あいつを上回ってやった。俺のタクティクスは完璧だった! 極めてテクニカルな切り札をもって、あいつのタキオンを潰した! アリスランドこそグラディオスを上回る救世主に相応しいと証明してやったのにっ! ハァ、ハァ………なぜ………なぜだ? 俺はまだ満足できていない? 馬鹿な。いったいなにが、どうしてっ! どうしてなんだ小此木ィッ! 俺のなにがいけない? なにが足りない! なぜ世界は、俺を認めようとしないっ!?」
「ちょ、ちょっと! なにをしているのビーツ! 落ち着いて………」
「うるせぇ! 俺に意見するなあ!」
「きゃあっ!」
ブリッジで怒鳴り散らしたのが最悪だった。ビーツが愛人の頂点に添えた副艦長兼秘書が、支えようと手を伸ばしたその時。ビーツは錯乱した末に乱暴に彼女を振り払い、驚愕して振り返った愛人たちがいるブリッジの視線と空気に耐えられず、謝りもせずに席を立ち、その場から離れた。
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