その仮面の下にはB04
『きみが脳内チップを介して、記憶媒体とした端末から設計図を拝見したよ。私を作った私なら、まず顔を顰める内容だったが、それは単に好みの問題だ。合理性に問題はない』
《それはどうも。前より遠慮なくなった口調だなぁ》
『なにも気にする必要はない。特異点であるきみと、最早人類とは呼べなくなった私。双方が複雑に絡み合った末に奏でられる異音のようなもの。しかし、機体を完成させられれば合奏曲となる。指揮は私が執ろう。きみはコンマスとなり、フルオーケストラを完遂するのだ』
指揮者はわかるが、コンマスってなんだろう。要するに一番重要なポジションってやつか。なんか大学のオケ部の友人が言ってたっけな。ヴァイオリンを演奏する自分は、3年生になったらコンマスをやらせてもらうとか。つまりそういうこと?
以前よりもロマンチストになっちまいやがって。なんだか扱いづらいぞ。
『ただ、ひとつだけ………彼らは理解していないことがある』
《トーマス含めてな》
俺とケイスマンは理解していたことがある。
富士ドックに収容された俺とタキオンだが、そのままタキオンを修理してはダメなのだ。
例え俺が万全であったとしても、疑似的に覚醒を使えるようになったビーツが駆るイレイザーを相手に勝てるのかといえば、そうではない。
やはりタキオンの上位互換にイレイザーがいて、覚醒を使えるか使えないかで戦いが左右されるのだ。
俺は覚醒が使えない。使えるようになる予兆ですら現れなかった。
であるならば、覚醒は諦める。この際、スパッと。未練がましく無いものねだりをしていても仕方がない。
だから今は勝率を上げるためにも、機体そのものを進化させなければならないのだ。
《リヴァイヴ。洒落たネーミングセンスじゃないか》
『やはり未知数であるきみと、私を作った私がかつて設計したタキオンでは、その領域への入門程度にしかならなかっただろう。ならば、より昇華させるだけのこと。その名を気に入ってもらえたならばなによりだ。生まれ変わろうとしている者の名として適切だと思ってね』
確かに、そのとおり。
今の俺ではビーツに届かないだろう。
それはビーツが数年かけて準備したからだ。そしてその先に偶然俺がいて、宿敵と定めたからには極めたそれを惜しみなく動員することで俺を圧倒してみせた。
主戦力のパワーバランスはうまく均等が取れていたのだ。頂点に立つソータに続き次点にビーツ。近い場所にアークがいて、その足元に俺がいた。
俺が努力と策略とエゴと我欲でのし上がり、四番手に甘んじていたのだが、これからはそうもいかない。
ビーツを超える。たったそれだけのために。俺は最短で用意する。
「エースくん。お待たせ。車椅子持ってきたよ」
『ああ。ありがとな。あとひとつ、頼みたいことがある』
「ひとつと言わず、なんでも言いなよ。あ、でも今から宇宙行って新素材取って来いってのは無しね。よいしょっと」
トーマスが部屋に戻ってきて、押してきた車椅子に俺を運ぶ。介護されるのも久しぶりだ。まだ第1クールの時は、リハビリの時に事故を装ってレイシアの胸にぶつかってしまったラッキースケベを堪能したっけ。今回はトーマスか。ハァ。なにが嬉しくて野郎に抱かれなきゃいけねぇんだ?
『そんな難しいことじゃねぇよ。プリンター用意してくれ。それとお前が持ってきた積み荷、全部出しな』
「あ、うん。それくらいなら。………え、でもさ。それじゃまるで、あの機体を修理するどころか………」
『ああ。作り直す』
「………マジで?」
『それくらいやらなきゃ、勝てねえ相手なんだよ』
絶句するトーマス。なにを言ってやがるのだろうこいつは。みたいな目を向けられたが、そんなのもう慣れている。
しかしトーマスの疑念も、当然と言えば当然なのだ。
俺がこれからやろうとしていることは、はっきり言って常軌を逸している。正気の沙汰ではない。自分でもそう思ってしまえるくらい狂っているプランを打ち立てようとしているのだ。
ここにいるのはグラディオスのハンガーで勤務する整備士たちではない。かといって素人でもない。軍人で、まだ日本支部が機能していた頃に活躍した生き残り。世代交代したかもしれないが、それでもアリスランドの製造に携わった整備士なのだ。
それがいきなりガリウスの整備ではなく、製造をしてほしいと言えば、誰もが首を捻るだろう。可能なのかと。
ただ、そうであったとしても。
『できない。とは言わせねぇぞトーマス。最短でやってもらう。例え、俺とお前のふたりだけになったとしてもな』
「うひー。さっき発破かけたことに対するお返しってやつぅ? うーん、でも技術云々なら、そこまで気にしなくてもいいと思うけどね? ほら、ジャパンのかつての別命知ってる? 技術大国ニッポンってさ。採掘資源が乏しい代わりに、輸入した材料をとんでもない錬金術を使ったみたいに加工しちまうんだってね。ここにいるひとたちってね、そういういう技術屋ばかりが集まってるんだってね。だからアリスランドなんてとんでもない宇宙戦艦を最短で製造できちまうんだよ。だから余程のことがない限り、エースくんが不安になることはないと思うけどね」
簡単に言ってくれやがる。
それなら絶対に唸らせてやる。これから行おうとしている難しいロードマップで。いや本当にヒィヒィ言われたら困るんだけど。
車椅子に乗って運ばれること10分。ドックはかなり距離があり、暇だとぼやいたトーマスのお喋りから逃げることもできず、苦痛を受ける。適当に相槌を打ってやり過ごし、しかしその軽作業の甲斐あってか、いつの間にか到着していた。
「と、いうわけで。ようこそエースくん。かつて日本の最先端にして、最前線に送る戦力を製造し、歴史から日本という名称の国が消え去ってからも技術力を保持し続けた、栄えある富士ドックへ!」
「おいトーマス! 部外者のテメェが、なに我が物顔で俺らのこと語ってやがる!」
「い、いやだなぁ皆さん! 同じ釜の飯を食った仲ってやつでしょお? ナットーも食べられるようになったじゃないですかあ!」
「偏見もなく好き嫌いもなく、なんでもガバ食いできるエースならともかく、納豆程度で仲間入りできたと思ってんなら大間違いだっつーの!」
なんか職人の連中って、妙にトーマスに厳しいのな。
トーマスは宇宙出身だし、容姿だって白人に近いだろう。納豆が食べられるようになったのなら大したものだ。それでも拒絶されるってことは、ははーん、まだ色々食べられないものがあるんだな。
あとでそれをいじってやるとして、ドックにあったプリンターに脳内チップと同期して設計図を送信する。受信したそれが設計図を大量に吐き出すと、受け取った職人たちは難色を示すかと思いきや。
「ふーん。ガリウスってのも、案外精密にできてんのな」
「トーマスの奴が持ってきた材料だけで足りるかこれ?」
「問題ねぇよ。必要ならここの余りを使ってやればいい。どうせ棚の肥やしになってたもんだ」
「うへぇ。システム周り面倒くさそうだな。こりゃあ、妻にやらせた方がよさそうだ」
職人たちの反応は様々だったが、誰ひとりとして「不可能」とは言わなかった。
トーマスの言うとおり、ここは凄まじい場所なのかもしれない。
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