その仮面の下にはB02
目を開く。今度こそ。
俺はベッドの上にいた。そこまで豪華ではない。簡易的なものだ。しかし清潔感はあった。
悪夢から覚めて摩訶不思議な空間から落下して、今度こそ現実だと確信を持てた。
周囲にはなにもない。いや、機材などはあるにはある。ただ、生活感がない部屋だった。長いこと使われていなかった場所を急遽掃除して機能を復活させた印象。
そんな無機質な、どこかプレハブ小屋を思わせる空間でしばらく呆けていると、頭のなかにいきなり声が響いた。
『どうやらうまく覚醒したようだ』
「ぃぎっ!?」
『ああ、済まない。こうしてダイレクトに通信をするのは初めてで、調節ができていなかった。音量を下げよう』
知った声だった。
けれども、まさか現実でそれを耳───ではなく頭で知覚するとは思いもしなかった。
いったいどうなっているのやら。
『この現実では、すでにきみがグラディオスから失踪して5日が経過している。通常なら、まず死亡判定されているに違いない。いやはや、無茶をするのものだ。機体は万全とは言い難いというのに、パイロットのきみまでボロボロだったとログに残っていた。精神接続をしても精神が摩耗するだけで意識障害を誘発することなく、そして拙い医療設備であったとしてもきみの体は完治へと向かっている。まったく。どういう精神と肉体をしているのかと調べてみれば、私を作った私が過去に完成させた脳内チップが自動的にきみの肉体を合理的に作り替えていたというのではないか。ゆえに、きみはすでに私を作った私であっても、認知できる人類とは言い難い存在になっていると言えるだろう。そこは知覚したまえよ』
偉そうな口調で矢継ぎ早に捲し立てやがって。半分くらいしか理解できなかったぞ。
『さて、目覚めて早速だが………きみの現状を知らせておいた方がいいか。きみは母艦から離れ、やがて深海を漂って死亡するところ、海流に乗って流されたようだ。グラディオスから救命処置として浮上装置が遠隔操作で発動するよう入力されたようだが、誤作動を起こして半分ほどしか機能しなかったようだ』
《それで………深海に沈むことはなかったと?》
『そうなるだろう。きみが着用していたパイロットスーツだけは奇跡的に無傷だった。しばらく酸素供給も行えていたし、水圧で潰されるほどの深さまで沈まなかったし、低体温症も避けられた』
脳内チップを介してケイスマンの声が届くならと、ビーツとの会話で用いた電子音声でメッセージを飛ばすと、会話が成り立った。
どうやら俺は、うまく奇跡が重なって死ぬこともなく、そして───なにかに助けられたらしい。
『話の続きはまたあとでにしよう。客が来ている』
《どういうことだ?》
『10秒で来る。一旦通信を切るぞ』
客と称するからには敵ではないのだろう。しかし油断はできない。
俺を助けるにしても、なんらかの目的があるだろう。例えばグラディオスへの人質、あるいは身代金目的で強請るとか。
しかし、本当に10秒で訪れた客とやらは、ノックもせずにドアを開くと、俺と目が合って意外そうな顔をしていた。目を丸くしながら、水を入れていた桶を抱えて歩み寄る。
俺は、その男を知っていた。
「やぁ、お目覚めかな。化け物くん」
「トー………マ、ス」
「へぇ、覚えててくれたんだ。嬉しいねぇ」
ニコニコと笑う少年の風態をする男。猫みたいな容貌をする胡散臭い野郎。
トーマスだ。
第1クール終盤で登場し、原作であればグラディオスから脱出した際に爆発に巻き込まれて宇宙空間を彷徨うことになり、生死不明となった。だが今回は違う。俺が利用価値があったから助けた。
トーマスは第五世代ガリウスEという、なにもかも杜撰な量産機を設計製造をする権利をコンペでもぎ取り、以後勢力を停滞させることとなったオードリアインジェクション社のエージェントだ。グラディオスに接近したのは第七世代ガリウスGのデータを盗んで持ち帰るため。命を助けてからは、グラディオスとオードリアインジェクション社との連絡を担当する窓口となり、小間使い同然に働いていた。でも死ぬよりマシだろう。
「いやぁ、驚いたよ。まさかエースくんがこんな死に掛けてるなんてさぁ。笑える」
「………う、せ」
「うわぁ。声も出せないくらい消耗してるねぇ。………っていうのは冗談だよ。きみ、マジで化け物なんだね」
「………あ?」
「きみをとある海域でサルベージした時、瀕死の重体だったんだよ。生きてるのが不思議なくらいね。傷だらけで、パイロットスーツ脱がしたら大量出血するしさ。左目なんて取れかかってたんだよ? いやぁ、僕に医療の知恵があってよかったねぇ。応急処置くらいはできたし。………けど、ここからが本題。僕は知識はあるけど、怪我をした際に処置するくらいが限度。医者がするオペなんてできない。でもね、きみはそんな重体であっても、奇跡的に回復したんだよ。マジで………ゾッとした。傷なんてすぐ塞がってさ。輸血くらいだよ、僕がやったの。どうなってるわけ? その体」
久々の再会に喜んだと思ったら、怪訝な目を向けてくれやがる。忙しくて、うるせぇ野郎だ。
「しばらく目を覚さないだろうなって思ってたら、もう目を覚ましてるし」
『………ナノマシンだろうな』
「わっ………って、スピーカーからエースくんの声が聞こえる!?」
『騒ぐなって。キンキン響いて頭痛ぇ』
「あ、ごめん」
お喋りなトーマスに辟易していると、壁にスピーカーを発見したので脳内チップで接続。俺の声に似せた電子音声を再生し、これでやっと会話が成り立った。
「ナノマシンって………え、マジ?」
『グラディオスの医療ポッドだよ。どんな怪我でも最短で完治する。俺はそのナノマシンを使う機会が多くて、逆にナノマシンを大量に体のなかに閉じ込めてたんだ。小指の骨折くらいなら数秒で治るくらいにな』
「へぇ。やっぱ人間やめたんじゃん」
『テメェ。客に対してその態度かよ』
「うん。ごめんって。………けどさぁ、いくらお客様とはいえ、限度があるよね!? 某がどれだけ苦労したと思ってるんだよ!」
喚くトーマス。
こいつの苦労については、予想ができるというか、振り回してしまったという自覚はある。
『グラディオスを追いかける過程で、俺を助けたのか』
「そ。なにしろ大金が舞い込む仕事だからね。だからこの件に関しては追加料金もらうから」
『わかったよ。それは払う。………それよりも、ここはどこだ?』
「それについては、すぐわかるよ。タカダさん! どうぞ、お入りください。エースくん、目を覚ましましたよ!」
『タカダ………さん?』
タカダという名前にも覚えがある。
トーマスの声により、ドアが開くと雪崩れ込むおっちゃんとおばちゃんたち。
目を見張る。誰もが感涙しながら俺を取り囲む。
「おお、エースくん! 目を覚ましたのか。よかったよかった!」
「あんな大怪我していたのに、もう治りかけてるなんて。すごいねあんたは。大したもんだ!」
「米食え、米! 力出るぞ!」
「ガハハハ! お前もしぶてぇ野郎だなエース!」
口々に飛び交う、日本語。途端にトーマスが置いてきぼりとなる。
つまり俺は、もう立ち寄ることのないと思っていた、元日本支部跡地にいたということだ。
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