その仮面の下にはA04
あの事件が起きる朝。
私はエースと約束をした。
いずれどちらかが欠けても、失われなかった方が、そのすべてを引き継いで導こうと。
私はあの時、あのゴキブリみたく生き残るエースが、まさか死ぬだろうとは思っていなかった。
けれどエースは死んだ。私にすべてを託し───押し付けていなくなった。
エースの先読み能力は優れていた。何人助けたのか忘れてしまうくらい大勢を救った。
その能力で、自分の命運さえも見抜いていたのかもしれない。私にすべて託して死ぬと。いや、本当は心の片隅で、運良く生き残るという可能性に賭けていたのかもしれない。
結局は命を落とし、奴の思惑どおりに私の背中にすべてがのし掛かった。
呪いかと思った。
かつて、ライラを助けるために中国支部の外で補給を受けるついでに外に出たことがある。私はソータたちの引率をしていた。エースに頼まれたからでもある。でなけりゃ、メスを助けるなんて選択肢は私にはなかった。
エースはクランドの補佐をするためグラディオスから離れた。その時、私はひとりで変化する運命に立ち向かわなければならなかった。
できるかどうか不安だった。だって、追われていたライラは殺される勢いで投石されていたし。無我夢中だったけど、その石を浴びるつもりもなかった。
あれからだ。ライラの姉のように世話をするようになってから、私はエースから少しばかり転生者として原作破壊行為の一端を担うようになった。
日本支部跡地で日本人と接触したり。
スパイだったジョーから遮るようにイレイザーの製造をしたり。
それこそ、エースの相談だって何回も乗った。
でも、もうこれからはひとりだ。私ひとりでやらなければならない。
私にエースと同じことができるだろうか?
やらなければならないことはわかる。優先順位。今後の方針。
でもさ、これって結局、エースが自分で敷いたレールなんだよな。これからは私がレールを敷くにしても、一貫性のある直線から脱して、蛇行するかもしれない。
不安でしかない。やれるはずがない。
ただ、それでも───やらなければ、エースの努力が無駄になる。徒労となる。なかったことには、できない。
私が諦めたら、原作破壊行為のツケが一挙に押し寄せて、グラディオスが全滅するかもしれない。死ぬはずだったキャラクターがみんな死んで、死ななかったはずのキャラまで死ぬかもしれない。
そんなのは、嫌だ。
「………ライラ。ご飯はレイシアさんのところで食べられる?」
「え、なんで?」
「ごめん。行くところができたんだ」
「………うん。わかった。いいよ」
「ありがとな。夕飯は一緒に食べような」
「うん!」
ライラは素直でものわかりがいい。ここのクルーも全員好きで、誰かと一緒に行動するのが趣味みたいな子だ。マスコットキャラクターみたく扱われるのも頷ける。
私が真剣に頼むと、了解を示してくれた。
購買部で色々買って、半分はライラに持たせる。レイシアへの差し入れも兼ねて。
私はもう半分をビニール袋に入れて、ライラと分かれて会いに行くべき人物のところへ足を運ぶ。
優先順位はとくにない。メスどもは後回しだ。
それは私の理想郷には程遠いから───とかではなく、私の言葉が届かない人物が多すぎるからだ。ヒナ、シェリー、ユリン。特にこの3人。いつまでも自室に帰っていないと聞くので、多分エースの部屋にいるのだろう。かけてやるべき言葉が思いつかない以上、下手な慰めは逆効果だ。私の命が危ない。
「………わかってんよ。私がなにをすべきかくらい。呪いだろうがなんだろうが、やってやんよ。だからエース。お前は精々………あの世で私を羨ましげに眺めておきやがれ」
こうなりゃ自棄だ。
ゼリー飲料でエネルギー補給を済ませると、腹が満たされて歩調が早まる。
エースを失ってまだ十数時間。落ち込んでばかりではいられないと、私は自分をエースに見立てて動いてみることにした。エースだったらなにをするのか。同じ転生者なんだ。あいつの考察も知っている。それを踏まえた上でなにをするべきなのか。
各部屋を回る。
ソータは不在。クスドはメディカルルームに収容。ハーモンはなんかクソ恐ろしげなお姉ちゃまに慰められて号泣してる。シドウはどうせレイシアと傷の舐め合いでもしたのだろう。
アレンは………そういえば最近、任務では急にオラついた。エースの洗脳に近い所業のせいだとは聞いていたけど、どういうことなのかは大体予想がつく。キルカどもに啖呵を切ってからオモチャ同然になり果てたのだ。
歳上の女性にアプローチした結果、面白がったキルカどもがアレンを使ってニャンニャンしてるだとか? まったく興味ねぇけど。なら任せて問題はない。
私は男子の状態を確認したあと、コウのところに赴いた。
コウもまた、自室で自責の念に駆られているひとりだ。
幸い、ルームメイトは不在。なら、私のやることはひとつ。
私にはコーネリアのように、部屋の前で警備してくれるような部下はいない。よって張り紙を貼っておいた。「入れよ殺すから」という文言。物騒だが、これがよく効く。ドイツ支部の女子寮で、こんな張り紙を見たことがあった。まぁ女が男を連れ込んで、致そうという合図でもあり、なにも知らない新人を本当に脅迫する内容でもある。私は近寄らなかった。
まさか前世では彼氏ができず、喪女を貫こうとした私が、こんな張り紙をする側になるとは思わなかったが。
「コウ。いる?」
「………シーナ?」
いることは知っている。ハルモニに腕の端末の位置を探してもらった。
開いていた扉を閉める。施錠はできないので張り紙をしたわけだ。
「ご飯食べた? 私、少しだけ食べたんだ。一緒に食べようよ」
「………食欲が、ない」
「………エースがいないもんね。落ち込むわけだ」
「落ち込むとか、そういうレベルではない。………お前、なんなんだ。あんなことがあったのに………なんでそう明るくしていられる?」
声のトーンに苛立ちが混じる。
有名声優が担当したキャラだけあって、重低音にして爽やかイケメンボイスが耳から侵入し、脳がとろけそうになった。いつものことだが。
「エースなら、こんな時は無理矢理お前を立ち上がらせるかと思ってさ。でも………ショックじゃなかったわけじゃないよ。私も、ハンガーでエースを止められなかったひとりだ。責任も感じてる」
コウが長い足を投げ出すベッドに腰掛ける。とても近い距離だ。手を伸ばせば触れられる。
「シーナに責任は、ない。戦闘空域で、俺はなにもできなかった。ハーモンの次に近い場所にいたんだ。守れたはずなのに………あの時、機体を乗り換えるべきではなかったと後悔しているよ。翼を失った鳥など、価値がないんだ!」
ダチョウやロードランナーに失礼な気もするが、ずっと飛翔できる機体に乗っていて、自分の特性を鑑みた結果、機体をトレードしたことを後悔しているのだろう。
「………そうだとしても、エースはお前たちの選択を喜んでいたよ」
「だが、結果的にエー先輩を死なせてしまった!」
「落ち着けって」
喚こうとするコウを手繰り寄せる。
エースはコウを助けてくれた。第1クールで戦死するはずだったこいつを。その延長で、こんな悲しみを抱えさせることになるって承知して、私に託したのだ。
だったらやってやる。私にしかできないのだから。
コウを抱き寄せ、顔を胸に押しつける。こんな薄い胸のどこがいいのだか、コウは案外、甘えたがりなのだ。
「俺たちは………何時間経とうとも………エー先輩を探したかった」
昨日のことを言っているのだろう。
私も、その時のことはよく覚えている。
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