その仮面の下にはA03
「そりゃあ、経歴は滅茶苦茶だったがな。我々のように軍に属する家の出でもない。しかし志願してからは、目覚ましい成長を遂げたとある。………お前を見て確信したよ。ハーモン、お前は昔から誰にも懐こうとしなかったな。家庭教師であっても、兄上はもちろん、派閥争いに躍起な父上は論外として、この私も例外ではなかった」
「い、いやそれは」
「いいんだ。私はお前を可愛がった反面、愛情のある鞭を振るった自覚はある。苦手意識を持たれても当然だ。そしてお前の周囲には、常に父上の息がかかった人員がいた。窮屈だったろう。それが外に出て………余程、エースとやらの隣が心地よかったのだと見える」
「………まぁ、な。エー先輩は、デクスター家のハーモンじゃなくて、ただの後輩として見てくれて、グラディオスに乗ってからは特に………効率よく馬鹿やって、笑って、叱ってくれて………たまに俺のために本気で怒ってくれて、庇ってくれて………整備士なのにパイロットになって出撃して、マジでなにしてんだって思ったけど………家柄とか、利害とか関係なく接してくれたんだ。俺は、軍務とか誇りとか語るクソ兄貴どもより、エー先輩の方が兄貴だって思えて………けど、けど………何度も死にかけてっ。この前なんて民間人の女守るために身代わりになって拷問されてよ………で………ついに………俺を庇って………死んじまった! 俺がっ、俺が殺したようなもんなんだ! けどみんななにも言わねえ! 姉貴! 俺を、俺を殴ってくれ! 兄貴にしてぇって本気で思ったエー先輩を守れなかった俺を、ぶっ殺す勢いで殴ってくれ! でなけりゃ───」
喚き、涙を流すハーモン。しかしコーネリアの選択は異なる。
「馬鹿者が。私は今、姉として会いに来たと言っただろう? 本心から猛省し、後悔しているお前を殴れるものか」
コーネリアはハーモンに触れ、そして手繰り寄せる。
母親が赤子を抱くように、胸に収めた。
「泣け、ハーモン。泣けるうちに泣いておけ。私はそうさせてくれるひとがいなくて、平然と犠牲を選べる非情な将となってしまった。しかしお前には、そうなってほしくはない。たまには甘えろ。甘えていいんだ。エースという男も、そうさせてくれたのではないか?」
昨日はひとりでコクピットのなかで狂ったように泣き喚いた。今日は姉の胸で泣く。
扉は開いていて、コーネリアの部下が数人控えていた。その近くにソータの姿があった。
ソータは泣かなかったが、ハーモンの大声を聞いた途端、その場に蹲る。聞きたくなかったのかもしれない。しかし、耳に入ってしまった。ハーモンの本心が。
ソータもまた、ハーモンに怒りを覚え、そして誰かに責めてほしかった。それでも誰もソータを責めずに同情的な目を向けてくれた。
アイリを頼りたかった。けれど、アイリもまた辛い状況にある。甘えさせてくれるとは思えず───
「ソータ。こっち、来て」
隣からアイリの声がした。気付かないうちに隣に座っていた。
アイリは強引にソータを連れ出した。女子部屋に連行する。ルームメイトはいない。
「ごめん。気付けなかった。ソータも辛いよね」
ベッドに誘う。隣に座らせると、ソータの頭を抱く。
「なんで………?」
「エー先輩のこと、ずっと頭から離れなくて。そのうち、エー先輩の言葉を思い出したの。エー先輩はいつも私たちに構ってくれた。私とソータが仲良くするだけで喜んでくれた。私たちのために動いてくれた。………きっとエー先輩がここにいたら、こういう時こそ側にいてやれって言うはずだから。ソータが壊れないようにするのも、私の役目だって言うはずだよ」
「でも、アイリだって辛いのに」
「辛いよ。でもね、そういう時だからこそ………ソータに近くにいてほしいと思った。傷の舐め合いだってわかってる。でも、私はそれを選ぶことに躊躇いはないよ」
エースの選択が、アイリに行動させた。
そこにおらずとも、原作にはない選択をアイリにさせたのだ。それはきっと正しい選択だ。
ソータもまた、アイリの選択が無ければ、より心に闇を抱えたかもしれない。
アイリも辛いはずなのに、救いの手を差し伸べてくれた。
エースがこの場にいれば、きっと喜んでいたことだろう。
私はかなり長い時間、自室に引きこもっていた。
すべてエースが原因だ。
私はこれでもエースを尊敬していた。私にはできない選択を平然と選ぶ。
常人───いや、狂人の所業。しかし私にとっては指針であり、嫉妬の対象であり、ライバルでもあった。
そんなエースがいない。
どれだけこの艦に影響するのだろう。計り知れない。
私とは違って、エースは最初期からグラディオスにいた。名もなき整備士Aとして乗船し、少しずつ邁進し、信頼を築き、誰がどう見ても根幹たる人物となったのだ。
原作にはいるにはいるが、セリフなんてあるか無いか。表舞台には決して立てないはずの男が、グラディオスで革命を起こしたのだ。
救われた命は数知れず。ネームドキャラクターは絶対。ついでに名も知らない整備士や砲雷科のクルーも助けてしまった。
カイドウ、シドウ、レイシア、クランドからの信頼も厚い。
失うには惜しいどころではない。奴にそんな自覚があったのかは知らないが、失ってはいけない人物だったのだ。
「しーな。おなか、すかない?」
「………そこにあるの、食べていいよ」
「もうないよ」
「………あー」
私の唯一のルームメイトである、民間人にして敵側のスパイではあるが人類を愛した末に味方を裏切ってしまった女、ライラが不安げにして、ベッドにいつまでも横たわる私を見ていた。
飲まず食わずにいて数時間。ライラに促されてエネルギーバーを齧った程度。酷く喉が乾くが、水を飲む気力もない。
このライラという女はアンノウンが人類を学ぶため、人間を模して作られ、送り込まれた。
前の話でグラディオスと別れ、絶望した末に人類の敵となる。そしてソータに殺される。
エースはその運命さえ断ち切った。
ライラを殺させず、絶望もさせず、ここに存在させた。
なんていう功績だろう。私は真似できない。私は………そんな器でもない。
転生者としての格が違うのだ。ファンとしてなら負けない。けれど、このアニメの世界に来て、成すと決めたことを全力でやり遂げるのがどれだけ難しいのか知った。
エースはその難しさも跳ね除けた。
すごい奴だった。
「私に………できるのか?」
「なにが?」
「エースの代わりが」
「しーなは、しーなだよ」
「………それは、そうだけど」
自問自答する選択であり、ライラに答えさせるべきではなかった。ライラは至極真っ当なことしか言わない。
ダメだ。眠れていない頭で考えても、なにも浮かばない。
「………なんか、買いに行こうか」
「ん」
食堂は閉まっている。業務について無断欠勤しているが、カイドウからはなにも言われていない。公休扱いされているのだろう。いや、きっと子供たちはみんなそうなのだ。大人たちが代わりに仕事をしてくれている。私たちでは、心の整理をすぐできはしないだろうからと。
私は手を伸ばしてライラと指を絡めて起き上がる。ともにオレンジ色のジャージという、酷い姿ではあるが、支給される衣服のひとつだ。これで出歩いても問題はない。
ともに購買部に向かう。なにか食べなければ。食べられるうちに。
エースはもう、なにも食べられない。
ここに存在することを私は譲ってもらった。託されたのだ。
「あいつ………こうなること、わかってたんだろうな」
ライラにも聞こえないだろう小声で呟く。
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