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その仮面の下にはA02

 コーネリアはグラディオスを練り歩いた。


 クランドからの要請を受け、救援のために部下を集め、ドイツ支部に降り立ってから、休まずに活動し続ける。胆力と体力がものをいう現場。コーネリアはどちらにも自信があった。


 どれだけ叫ぼうが枯れぬ喉。給水は挟むが歩みを止めることはない。


 各セクションを見学し、腑抜けているクルーを発見すれば叱咤激励する。尻を蹴り上げてでも喝を入れる。


「………だが、予想以上にグラディオスクルーは気合いが入っているな。特にここでは」


「恐縮です。少将」


 コーネリアは砲雷科を訪れた。狭い通路をリーダーを務めるアーレスを引き連れていた。


 パイロット科、整備科では大半に叫ぶ勢いだったが、他ではそこまで叫ぶことはなかった。特に砲雷科は、訪れてから一度も叫んでいない。


「………ここには学徒兵が少ないのか」


「扱うものが特殊ですし、なによりアーレス隊長の試験に合格せねば配属は叶いません」


 砲術長が答えた。


 砲雷科はグラディオスの戦闘員も兼ねていた。配属する試験というのは、やはりフィジカル的なものばかりで、体力に自信のある大人が大半だった。


 特殊部隊出身のアーレス率いる砲雷科は、フィジカルだけでなくメンタルも優れている。


 エースは整備科の次に砲雷科にも足を運ぶことが多かった。誰しもエースを認め、可愛がっていただけ落ち込むかと思っていたが、死別を割り切って仕事に従事できる精鋭が揃っていたのだ。


「その試験とやらに合格したクルーはいるのか?」


「………件の、エース・ノギです」


「そうか」


 コーネリアは叱咤激励以外の目的を持って練り歩いていた。


 クランドとは面識がないが、経歴は閲覧していたし、最前線に多く立っていたとしても噂は聞いた。かなり優秀な軍人という評価を出した。


 しかし、そのクランドでさえメンタルが削られるほどの犠牲が出た。


 どのような人物だったのか、知りたかったのだ。エース・ノギという人物が。


「アーレス砲雷長。貴官はエース・ノギ少尉という人物をよく知っているのか?」


「ええ、エース少尉は………よく砲雷科に顔を出していましたので。整備士からパイロットへ転属する際、体を鍛えたいと私を頼ってくれました。彼は………実直な男の子です。任務に対する姿勢は、我々軍人を志して青春を捧げた、軍学校出身の者たちをも、ある意味でしのぐと言ってもいいでしょう」


「ふむ。しかし別の者は、異端とも称していたな。どういうことだ?」


「それは恐らく、彼は自己犠牲が過ぎるからでしょう。いや………あれは軍人以上の、なにか定めた目的に向かい完走を目指しているようだった。他人を助けるためなら、自分の持つすべて、あるいは自分そのものを捧げてしまう。そのためなら簡単に誰かを欺く。私も過去、欺かれました」


「欺くだと? それは評価に値せんな」


「申し訳ありません。私の表現に誤りがありました。彼の行為は、私たちを欺いたのは確かですが、それは危険区域から脱出させるためだったのです」


「むう?」


「レイライトブラスターの区画です。当時、不安定な主砲は撃てば事故が発生するかもしれなかった。彼はそれがわかっていた。私の部下や、整備長の部下たちをその区画から脱出。無人となったところに彼が居座り、主砲の発射シークエンスを一挙に担いました。結果、事故が発生し………彼は私とカイドウの部下を全員助けるために、その行為を行ったのだと聴取が取れています。エース少尉は、その際に右腕を損失し、二酸化炭素中毒で脳死の判定を受けました。………自己犠牲の権化たる存在なのです。しかし彼はボロボロになっても立ち上がる。誰かを守るために………私さえ………っ、申し訳ありません。お見苦しいところを」


 アーレスは涙脆いところがあるが、今回は異なる。純粋にエースを思い出し、悼み、涙した。砲術長でさえも涙を浮かべて洟をすする。


 コーネリアはそんな彼らをしばらく観察し、視察を再開した。






 その1時間後のことだった。


 ハーモンはなにもかも手がつかず、放り出すように職務を放棄し、自室にこもった。


 4人部屋の自分のベッドの間仕切りを引いて引きこもる。幸い、ルームメイトは外にいる。誰もいない。


 その落ち込みようは、誰もが目も当てられないものだった。かける言葉がない。


 いっそのこと罵ってくれればいいのに。殴り、蹴り、お前のせいだと指摘されてもハーモンは受け入れるつもりだった。その最たるヒナたちに半殺しにされようと。


 だがヒナたちは現れなかったし、全員なにも言わない。気の毒に思っている目を向けられて、ハーモンは逃げたのだ。


 ところが、そんな時に来訪者が訪れる。


「こんなところにいたのかハーモン。探したぞ」


「………見ないでください少将。こんな情けないパイロットの姿など」


 まだ返答できる余力はあった。照明もつけない部屋で、間仕切りの向こうにうっすらと見える人影とコーネリアの声で実姉と気付いた。


「………今はお前が恐る軍人として会いに来てはいないよ。お前の姉として、会いに来た」


「………姉貴?」


「開けるぞ」


 ハンガーで叱責された声音ではなく、女狼の異名を持つ者とは思えないとても優しい声音に、ハーモンは顔を上げる。コーネリアは弟の返事を待たずに間仕切りを開く。


「………酷い顔だな」


「………」


「邪魔をするぞ」


 よいしょ。とコーネリアはハーモンが使っているベッドに腰を下ろす。二段ベッドの下だったのもある。弟と目線を合わせるには、巨体を屈ませる必要があった。


 数年ぶりに見る弟は、姿だけなら成長し、大人に近いている。だがその瞳は、怯え、後悔の念に苛まれた子供のようだった。


「………大切なひとを失うのは初めてか?」


「………姉貴は、いつもこんな感じなのか?」


「ああ。何度も見送ったよ。………お前の気持ちはよくわかる」


「けど」


「わかる。昨日のグラディオスの交戦記録を見た。お前の機体を、あの灰色の機体が庇ったな。………私もそうだ。艦隊で指揮をするとな。弾幕から遮るようにブリッジに身を晒す部下もいた。なかにはもっとも信頼する者もいた。生きてくださいコーネリア様。そう言い残して死んでいった。………お前を守ったエースなる人物も、そう言いたかったのだろうよ」


 コーネリアは手を伸ばし、ハーモンの顔や頭を撫でる。


「姉貴は………どうやって立ち直った?」


「人それぞれと言いたいところだが………酷なことに、やはり慣れだろうな。割り切ることに慣れてしまった、冷徹非情な人間になること。それだけだ。お前にはできるだけ、そうなってほしくはないよ」


「俺だって………慣れたくねぇ」


「そうだな。だったら生きろ。そして強くなれ。誰かを守れる男になれ。そして死ぬな。お前にできるのはそれくらいだが、その程度とは言わん。その領域は、私が目指して未だ達成できていない目標でもある。お前には、できるだけそれを目指してほしいよ」


「………ああ」


 家出する前はコーネリアにさえキャンキャンと吠える犬同然だったのが、成長したらこんなにも他人の話を聞ける男になっていた。傷心しているのもあるだろうが、傷心しては余計に聞き入れられないことだってある。


 立派だ。とコーネリアは内心でハーモンを評価した。


 そして、ハーモンを短期間でこうも変えた男への評価も改めた。


「………ここに来てから多くを見た。そして多くを聞き、多くを知ることができた。エース・ノギ。お前が信奉する男について」


「エー先輩を?」


「ああ。………大した奴じゃないか。エースとやらは」


 ハーモンはまたコーネリアを見た。今度は目を逸らさなかった。


リアクションありがとうございます!


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この作品は皆様の温かい応援で成り立っております。ブクマ、評価、感想、リアクションなどのありがたい応援を、ガソリンのごとく注入していただければ、作者は尻尾があれば全力でぶん回しつつ筆を加速させることでしょう。何卒よろしくお願いします!

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