その仮面の下にはA01
闇夜が空を支配する刻。サーチライトは闇そのものを切り裂くように前後左右へと忙しなく動いていた。
日付が変わる頃になって大地へと現れた宇宙戦艦。最新鋭機をその身に孕み、不敗神話を築き上げる噂に名高い艦、グラディオス。
激しい戦いを連想させるほどの損壊を負い、それでも飛翔。地球を一周して、ドイツ支部へと舞い戻る。
ドイツ支部に最初に降り立った場所へと設置を完了させる。
しかし、それですべてが完了したわけではない。
ドイツ支部の支部長であるドルテ、パイロットの指揮官シュワルツ、海路から戻ったのでは間に合わないので、艦載機のガリウスFの腕に飛び乗って空路から直接支部に戻ったコーネリア以外数名。整備士たちが見守るなか、その数分後に昇降口たるハッチが開くと、設置したタラップから数名が降りてきた。
「………特殊強襲特装艦グラディオス、艦長のクランド・デネトリアです。コーネリア少将。この度は救援に駆けつけていただき、感謝します」
「うむ。盟友を助けるのも我が家訓。オルコットの好きにはさせん。………間に合ってよかった。安心したぞ、クランド大佐。本部から捜査隊が派遣されると聞いた時は肝を潰した」
「少将自ら登場された際は、心が震えました」
クランドが敬礼する。コーネリアは微塵も表情を緩めることなく敬礼を返す。
そのふたりを、ドルテたちはなにも発さずに見守っていた。
「心が震えたわりには、抑揚のない声をしているではないか」
「………申し訳ありません。信頼する部下を、失いましたもので」
「そうか。そうだな。それは仕方がない。酷なことを言った。許せ」
「いえ………」
クランド率いるグラディオスの重鎮は、アリスランドの襲撃からの危機が去ったことに一切の喜びなど浮かべず、沈殿した面持ちをしていた。
コーネリアは一同を見渡し、それからフンと鼻を鳴らす。
「危機は去った。ゆっくり休め。と言いたいところだが、そうもいかん。豚は豚でも、悪名と悪知恵だけは立派な雄豚が、勢力を集めているやもしれん。その対策を練らなければならない。やれるな。クランド艦長」
「ハッ。心得ております」
「うむ。よろしい。………とはいえ、ひと息つく時間くらいはあってもいいだろう。シャワーを浴びて、目を覚まして来い。ドルテ支部長。会議室を借りる。30分後だ。いいな?」
「ハッ。軽食の支度も整えます」
本部の少将とあっては、クランドもドルテも頭が上がらない。階級が上なこともあるが、ドルテなどは率直に女狼の異名を持つ彼女の威容に恐れを成したのもある。
なぜなら、クランドはかなりの高身長で、180センチはあるのだが、コーネリアはそれに匹敵するほど身長が高く、ドルテはどうしても見上げなければならない。軍人にしては傷の少ない容貌で、美しさのなかに凛々しさと猛々しさを兼ね備えている。気圧されてしまうのだ。
しかしコーネリアは部下だろうが盟友だろうが、他人を気遣える器量を持っていた。消耗したメンタルや体力が少しでも戻ればいい。クランドはやり手の軍人だ。30分もあれば悲しみを心の片隅に追いやれる。そう信じて時間を設けた。
その日、重鎮らは眠ることなく対策を練った。
しかし、得策は得られなかった。
会議室で何杯目になるか忘れるくらいのコーヒーを飲んだあと、アイデアが尽きたクランドは、ポツリと呟く。
「こんな時、エースがいれば………」
悲嘆に暮れる暇はない。しかし失ったものが大きい。クランドの言葉を全員が耳にしたものの、聞かなかったことにして、会議を進行させた。
夜が明けた。
長い夜だった。
クランドはクルーに休むように言った。しかし、実際に睡眠を取ろうにも、なかなか寝付けない。
カイドウは無言で去り、酒を浴びるほど飲んで意識を黙らせたのだろう。しかしそのような術を持たない者はどうか。
ドイツ支部に降り立って次の朝を迎え、出勤時間に合わせて部屋を出るクルーたち。
その表情は一律されたかのように、同様だった。
正気のない面持ちで、一斉にベッドから出て着替えて部屋を出る。乱れひとつもない、まさに───機械的な動作。インプットされた情報を正確に実行する。
眠れるはずがなかった。
眠れたとしても、ほんの数秒。すぐに起きてしまう。
目を開ければあの悲劇がイメージして繰り返し、目を閉じれば瞼の裏に焼きついたかのようにイメージがループする。
灰色のタキオンの胸に、漆黒のタキオンの腕が突き立つあの瞬間が。背部から貫通していた。
思い出す度に後悔する。あの時、やれたことがあったのではないかと。エースを守ってやることができたのではないかと。
死人のような顔をして食事をする。誰もなにも喋らない。常に沈黙が続く。こんな時でも腹が減る。食欲がなくても詰め込む。それが仕事だ。区別がついていた大人たちは、なにがなんでも食事を摂る。
しかし、子供たちは別だ。
特にパイロット。
いつまで経っても食堂に現れない。炊事兵らはもちろん彼らの食事を作って待っていたが、閉めなければならない時間になっても来なかったので───ラップで包んで冷蔵庫に保管した。昼食の時間になれば廃棄し、現れなければ保管し、また廃棄するだけだ。
全員がわかっていた。
誰よりも辛いのはパイロットだ。7割が未成年で、親しく、慕っていた恩人の死を割り切れるほど発達した精神をしていないことなど。
クランドは達観していた。会議の場にクスドを連れ出さなかった。行くとは言っていたが、強引に残した。その数時間後、シミュレーションルームで倒れたと聞いた。
ショックを隠しきれていない。
それは、業務が開始して、ふらっと全員がハンガーに出現、一堂に会した時もそうだった。
ソータたちは全員、心ここに在らずといった容貌をしていた。
誰もなにも喋らない。いや、いつまでも現れないヒナ、シェリー、ユリンがいないだけマシだ。ソータとハーモンは、彼女たちに半殺しにされる覚悟で、いやいっそのことそうされた方が楽になれると思い、ハンガーに足を運んだ。
未成年パイロットたちの視線が一瞬重なる。それからハンガーの奥のブースへと移る。
いつもなら、昨日まではそこにあった灰色の機体がない。
その事実が、エースの死をより深くソータたちの心に刻みつける。
「報告で聞いてはいたが………予想よりも酷いな。これは」
「………申し訳ありません」
その時だ。ハンガーに新顔が現れた。シドウが斜め後ろに控えて、頭を下げた。
誰もがその顔と声を覚えていた。
昨日のアリスランド戦で窮地を救ってくれた恩人だ。
「………姉貴」
「なんだそれは。貴様、軍人の端くれだろう。公務のなかでそんな腑抜けた呼び方をするな!」
「っ………申し訳、ありま、せん。少将」
あのハーモンが素直に頭を下げる。口調も直した。クランドや各セクションのリーダー、尊敬する先輩にしか頭を下げることがなかった彼が、ここまで従順になるのだ。コーネリアは身内にも厳しいとわかる。
「少将。彼らは………」
「わかっている。恩人を失ったのだろう。だが、それでも乗り越えてもらう。諸君らは軍人だ。ただの子供ではない。それを踏まえて志願したのだろう? 出自などの過去はどうでもいい。今と未来が肝要なのだ。ハーモン。それはお前とて例外ではない。立て。前を見ろ。今すぐ立ち直れとは言わん。だが次の出撃で腑抜けているようであれば容赦はせん! ………それでは次に死ぬのはお前だからだ」
シドウが部下をフォローしようとするが、コーネリアとてそれは重々承知していた。
それゆえに、自ら叱咤激励をしにグラディオスに現れたのだ。
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