バイバイA01
この第16話のタイトルを次回予告で見た時、俺だけでなく大勢のファンは騒然となった。
だって「バイバイ」だよ? さようならだよ?
物騒過ぎるだろ。別れの言葉はまた会おうという意味ではない。アリーデウェルチはそのままの意味なんだ。「永遠にさようなら」って意味なんだよチクショウ。
SNSや掲示板では考察勢が意見を述べる。絶対に誰かが死ぬ。では誰か? 誰も死んでほしくないのに。悲し過ぎる。「天破のグラディオス製作委員会」が本格的に俺たちを殺そうとしている。などなど。
実際そうだよな。俺だって心臓がキュッと萎縮したもん。
で、第16話を見たくないのにリアルタイムで視聴して───はい、絶望。
やっぱりね。死んだよ。あの子が。まさかのあの子が。
いやぁ、悲惨でした。第2クールが始まって4話で退場とか、早すぎる。
ファンたちは嘆き、あの子を追悼し、しかし絶望してばかりではなかった。その次の予告で火がついた。
詳細は伏せるが、俺も胸が熱くなったことを今でも覚えている。
けれども───
「エー先輩。エー先輩ったら」
「んー?」
「もう。さっきからくすぐったいです。髪ばかり撫でるのはやめてくださいよ」
「シェリーの髪はサラサラしてて、長くて、手触りがいいんだ。………気持ち悪かったなら、やめるけど。ごめんな?」
「あ、いえ。別に責めてるわけじゃなくて。触るなら、他に………ね?」
「ん。そうだな」
ベッドに座る俺の前にシェリーがいた。
現在、部屋には俺とシェリーしかいない。ヒナとユリンはカイドウに呼び出され、出発前にそれぞれの機体の最終調整をしているところだ。シェリーはアリスランドとの戦いで被弾率がヒナよりも低かったため、早々に解放された。
展望デッキでソータと別れて、自室に戻って仮眠をしていると、そこに訪れたシェリーに気付いて、上体を起こしたのだ。シェリーは俺の前に座って背中を委ねている。シェリーの背中と壁にサンドされて身動きが取れないので、手持ち無沙汰もなんだから、左手でしっかりとシェリーのサイドで結った髪をもてあそんでみた。
すると不満げにしたシェリーが促すので、両腕で腹から抱きしめる。「へへ」と嬉しそうにするシェリー。当初はただの推しキャラ対象で、学園の後輩でしかなかったが、今ではとても愛おしいひとりとなった。
「シェリー」
「はい?」
「守るから」
背後から抱きしめて、決意を述べる。彼女のうなじに口元を埋めた。とてもいい香りがする。ヒナのスィーツを思わせるシャンプーとはまた違う、柑橘系の香りだ。
「守るって………エー先輩のタキオンはしばらく動けないじゃないですか」
「次の戦闘までは動けるようになる。そしたら………シェリーを守るよ」
「私、ただ守られてばかりの弱い女じゃありません」
「それでも………失いたくない」
そう。失いたくない。
なぜなら、この第16話で戦死するのが───シェリーだからだ。
第6話でヒナを失うかもしれない時の心境よりも荒んではいない。今の俺にはある程度の権力と戦力がある。
俺が手にしたすべてを動員すれば、シェリーだって守れるはずなのだ。
これまで俺はすべてを守ってきた。意のままにした。ハーレム状態は予想外だったけど。
「もう。………でも、無茶しないでくださいね」
「無茶するよ。絶対に」
「それが嫌なんです。………今度は脳死だけじゃ済まないかもしれない。それが一番怖いんです。エー先輩が、エー先輩でなくなるかもしれないって考えただけで」
「………ごめんな」
でも、こればかりは譲れないんだ。
すべてを知る転生者として。それゆえに俺はここにいる。
『エース副隊長。お休みのところ申し訳ありませんが、クランド艦長がお呼びです。しかし艦長室ではなく、艦の外に来てほしいとのことです』
「艦の外? ああ、そういう………了解です。今から向かいます」
せっかくふたりきりになれたばかりなのに。もっとシェリーの感触と香りを、体に刻みつける勢いで堪能していたかったのに、これだ。
「シェリー。俺、もう行くよ」
「じゃあ、私も行きます。ひとりで来てほしいとは言ってませんでしたし」
「え、いいのかな?」
「お休みのところ申し訳ありませんが。って言ってたじゃないですか。私たちの誰かが近くにいることくらい、もうグラディオスでは全員が知ってますって」
ああ、なるほど。だから最近、馬鹿弟子たちを含めて男性たちから面白くない目を向けられる機会が激増したんだな。補充要員まである意味で敵になるとは。
「行きましょ。私、もう一度この日本を見たかったんです。空気もとてもおいしいし」
「もし食糧庫が無事なら、牛乳をもらうといいよ。あれはうまかった」
「へぇ。それは興味ありますね。ほら、早く立って」
シェリーは先にベッドから降りると、なんと自分の体で俺から死角を作っていて、軍服のジャケットやシャツのボタンをすべて空けて、いつでも俺が触れるように待ち構えてくれていた。
本当に惜しいことをした。ベッドから降りたシェリーは、そのボタンのすべてをあっという間に閉じてしまう。
「あ………」
「そんな物欲しげな顔しても、私は逃げませんから。………変わったひとですね。ユリン以上あるとして、ヒナ以下だっていうのに。それでも私の胸が大好きなんですもんね」
「………頼むから、それ絶対に部屋の外では言ってくれるなよ?」
「はいはい。わかってますって」
サイズがどうのとかは関係ない。俺は、俺が好きだと言ってくれた彼女のすべてが好きになってしまったんだ。我ながらクズのような思考としていると思う。優柔不断で、女心を弄ぶクズの真骨頂。それでもシェリーは良いと言ってくれているし、覚悟もしている。揺れているのは俺だけだった。
シェリーに手を引かれてベッドから降りる。で、ついでにシェリーの顔を繊細な指遣いで手繰り寄せ、頬に唇をつけて、共に部屋を出た。
通路を歩き、ともにハッチから外へ。
砲雷科と元日本支部の整備士たちが総出で復旧させたバリアは、ようやく展開され、偽装のための投影も完了していた。
「うわぁ………早くあれ、回収しないとな」
「私があとで外に出て、回収しますよ。カイドウさんにも言っておきます」
「悪い。頼んだ」
食事会をした広場に突き立つパピヨンジャケットの残骸は、未だに目立つ。カラーコーンとテープで間仕切りし、子供が接近しないよう警告していた。いつまでも放置するわけにもいかない。タキオンはすぐに動けないのだし、誰かに頼むしかなかった。
とはいえ、タキオンの全長は12メートル。そこに設置されるバックパックタイプのジャケットは3メートルほど。つまり、整備科が所有するパワーローダーなら数機使えば持ち上げられる。無理にシェリーに頼むこともなかったのも確かだが、無碍にするのもな。
「艦長。エース・ノギ、到着しました」
艦の近くにクランドがいた。隣に立つと敬礼する。
「ああ。ご苦労。………シェリー。きみを呼んだ覚えはないのだが………まぁいいだろう。見てのとおり、この拠点も復興した。あとはこの広場にあるパピヨンジャケットを回収すれば仕事は終わる。あとは彼らが埋めてくれるそうだ。残された仕事は少ない。数時間後に、我々はここから出発する。ミスタータカダに、最後の挨拶をと思ってな。きみを呼んだ」
「なるほど。わかりました。ご一緒します。………あと、それと………」
「………きみの言いたいことはわかる。だが………物事を円滑に進める上では、仕方ないと思っている」
クランドでさえ黙認する事態。
それが今、俺の目の前にあった。
イカれポンチハムスターが、またやらかしていた。
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