アリスランドB01
俺は一旦、グラディオスに戻ることにした。
飲み干した牛乳瓶には、メモ帳をちぎって「ご馳走様でした」と日本語で書いて、岩の上に挟んで置いておく。
ビーツの挙動がわからない。それなら、新たな展開を望むことにした。いつまでも張り詰めていてはこちらの身がもたない。カイドウのアドバイスに従うことにした。
向かった先はクスドがいるブリッジ───ではなく、ハンガーである。
パイロットチームは半分以上を降ろした。残った半分は、補充要員たちである。機体をそのまま放置して、全員が遊びに行くわけにもいかない。有事の際には必ず複数機が出撃できるようにしておく必要があった。
アレンは顔見知りであるキルカたちに頼み込み、シミュレーションで練度を上げているらしい。
ハンガーには整備士もいるが、大半がカイドウに連れて行かれてしまったので、かなり人手が少ない。それでもやることはすべて終えているし、少人数であったとしても、仕事に支障は出ない。
《警告。再び暗号化されたメッセージが発信されました》
ハルモニが脳内チップを通じて発する。
なるほど。人手が少ない今を狙ったか。それなら誰にも見られないだろうしな。
そこで俺は、なるべく足音を立てずに、機体を整備するための足場を登る。小さくて急勾配な階段をゆっくりと。
「ハナ」
「うあっ!?」
九号機のコクピットにはハナがいた。パイロットが機体に乗って、様々な調整を自ら行うのは珍しいことではない。ソータもたまにやる。他は整備士に任せているが、シドウは独自のカスタム機ゆえに積極的にチェックをしていた。
そして彼女もまた、スイス支部では有名なトップガンとして、受領した第七世代ガリウスGについて日夜研究をしているのだ。
「精が出るな。食事は済んでるのか?」
「お、驚かさないでほしい。食事は、まだだが………」
「そっか。なら早く食いに行った方がいい。食堂が閉まっちまうぞ」
「ああ。そうするかな………」
ハナは九号機のシステムを落として、コクピットから出る。
「副隊長。確か外にいたはずでは?」
「戻って来ちまった。コーヒーが飲みたくてさ」
「ああ。そうだったのか。なら、共に食堂に行くか?」
「そのために誘ったんだ。行こうぜ」
俺たちの会話を聞いた整備士たちが怪訝な目を向ける。4人目か? と疑うような視線だった。
俺は普段、そういう疑われる目を向けられたくないがために、異性との会話や距離感というものに気を遣っている。
だが、今日は別だ。ヒナたちは艦外にいるから、自由にやる───という不謹慎なものではない。あとでヒナたちにぶっ殺される勢いで詰められても、これだけは必要なのだと確信を持ってハナに接していた。
揃ってハンガーを出る。
長い通路を歩く。
やがて、展望デッキに出た。眼下に広がる日本の大地。ハナがふと視線を外に向ける。
「あ、ヒナたちだ。………へぇ、なんだ。案外平和じゃないか」
「なんだよ。もしかして、両陣営が額を突き合わせてバッチバチにやってるとでも思ってたか?」
「うん。そうだな。その可能性も否定できないだろう」
もし仮に、シーナが高田たちの心を開くことができなければ、俺たちが生卵と納豆が苦手であれば、鮪の解体ショーで、俺たちが強い拒否反応を示していれば、あるいは一触即発の空気になっていたかもしれない。確かに、その可能性は否めない。
ハナが展望デッキのガラスの前に立つ。俺はハナから1メートルほど離れて隣に並ぶ。
「それで? 私をここに誘い込んで、なにが目的なんだい?」
「………バレたか。聞きたいことがあってな」
俺は今日、この瞬間、第2クール序盤で抱えた問題のひとつに、直面すると決めた。
「………ビーツはどこだ?」
「………えっと? ビーツというと………ああ、噂のアリスランドの艦長代理か。私が知るはずがないだろう? それともなにか? エース副隊長は、私がビーツ艦長代理のスパイだとでも疑っているのかな? それは遺憾だな」
「ああ。ビーツの、アリスランドのスパイって線は消えてる。でもある意味でお前はスパイだ」
「………なんの証拠があるのかな?」
ハナは静かに俺を見た。
自然な仕草だが、ジャケットの内側に仕込んだ小型の拳銃を、いつでも抜けるように右手を構えている。
そう。ハナはスパイだったのだ。
それが俺が問題視することであり、ここ最近でとにかくブロックし続けたメッセージの発信源でもある。
「報告………グラディオスはドイツ支部を出発。中国支部へ向かう」
「なに?」
「報告………ドイツ支部で問題発生。支部長のテンプスが私怨に走る。以後、テンプスは不要な人材として認定」
「え………」
「報告………第七世代ガリウスGは可変機として運用が可能。また、中国支部で銀色の髪をした少女を保護。ただの難民として判断。しかし彼女は胸に謎の熱源を持っている。調査の必要があり」
「………」
ここまで突きつけると、ハナは笑顔という能面を顔に貼り付けて、じっと俺を凝視する。
彼女は理解している。その能力がある。優秀だしな。
俺も鍛えているとはいえ、ハナに近接戦で勝てない。この場で俺を組み伏せるのは可能だ。だがその直後に俺の脳内チップがハナを敵勢力と断定し通報する。いかにハナとはいえ、脳内チップの能力を一瞬で奪うことは不可能なのだ。
ゆえにハナは俺に手を出せない。出方を観察し、表面上では笑顔を浮かべているが全力で警戒しているのがわかる。
「まだ他にもあるけどな。それとついさっきのメッセージについてもな。日本にて生存者を確認。彼らは日本支部のバリアを復旧させると同時に、拡張と偽装を施す。調査の必要がある。………なかなか興味深い内容じゃないか。えぇ? オルコットのスパイさんよぅ」
「………なるほど、そこまでバレていたか。流石だ。やはり脳内チップか?」
「まぁな」
連合軍の重鎮であるオルコットに暗号通信を何度も行っていたハナ。
なぜそんなことをしたのか。
原作では、ハナはヒナの従姉であることを隠していた。ヒナの死因の解明をしていたのである。その上で協力者であるオルコットに情報を送っていたのだ。
今回はヒナが生存するifルート。ハナにとって原作では「グラディオスはヒナを見殺しにした悪き存在」という強い怨念と認識が消えて、ただのスパイとして活動していただけだ。
つまり………うまくいけば、ハナをこちら側に抱き込めるかもしれない。
「ついでに言うとな。お前の九号機に仕込もうとした厄介なプログラムだけど、弾いたのも俺な」
「まったく、本当に厄介だな。脳内チップ………ここまでとは」
ハナのジャケットのポケットのなかで、そのプログラムが秘められているメモリーが踊る。
「ちなみにだけど、そのプログラムの正体はなにか、知っているか?」
「九号機を媒体に、いざとなればウィルスをグラディオスにばら撒く………と聞いたな」
ハナは観念して、知りたいことをすべて教えてくれた。
なら、その認識すべてを変えてやる。本来の、正しい方向へ。
「違うな。それの中身はウィルスだけど、感染先はグラディオスじゃない。九号機だよ」
「なんだと?」
「機体の能力を爆上げするとかいう夢のプログラムでもない。………見な。これがその正体だ」
ハナの腕の端末に、九号機に仕掛けようとしたプログラムの全容を送る。
それに目を落としたハナは、やがて瞠目し、息をするのも忘れるのだった。
「ばっ………馬鹿な………遠隔での自爆を目的としたプログラムだと………!?」
「そうだ。上はお前を使い捨てるつもりだったんだよ。オルコットって野郎も、そのつもりでお前をグラディオスに乗せたんだ。スパイであることがバレることを前提に。でも誰が送りつけたのかまでは、お前が死ぬことで隠蔽する。………人間って奴は、アンノウンよりも冷酷だな」
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