銀の髪の少女A02
痩せ細った男が送迎に来た。それが俺の第一印象。
クランドの補佐として同伴することになった俺。それと護衛のアーレス。この3人をバリアの外まで自動車で送迎しに来た男は、眼窩がくぼみ、頬は痩せこけ、まるで骸骨を思わせるような外見だった。
しかも「お迎えに上がりました。支部長がお待ちです………」と今にも消え入りそうな声で述べた。これがもしグラディオスクルーなら、クランドは叱責していたところだろう。基本的な礼節に欠いていると。
プルプルと震える弱々しい敬礼。直立するのも辛そうだ。
「ご苦労。では、案内してもらおうか」
クランドが敬礼を返す。俺たちも倣う。
挨拶が終われば、軍人の男は、揶揄的表現ではないが、これまた叩けばいくらでも埃が出そうな薄汚れたジャケットをも振るわせて、後部座席のドアを開ける。クランドが乗り込むと、その隣に俺が。アーレスは助手席に座る。俺が助手席に座ってもいいのだが、アーレスの巨体ではクランドが窮屈になってしまう。
では助手席はどうなのかと思いきや、送迎の男が痩せていたお陰で、アーレスが巨体であっても肩が触れ合うくらいにしか届いておらず、然程迷惑そうにはしていなかった。
このジープもかなり古いし傷んでいる。今にも分解しそうだ。アーレスが乗った時の揺れなんて、サスペンションがぶっ壊れたのではないかというくらい異音を鳴らした。
それでも男は微塵も気にした様子もなく、エンジンをかけて、何世代前なのかわからないくらいの古いジープを走らせる。
グラディオスはバリアの近くに降ろした。バリアに隣接している距離だ。
それなりに距離があるので、補給も大変そうだろう。
ジープもすぐにバリアのなかに入る。銃を構えた軍人たちが検問の前で待ち構えていたが、俺たちは呼び止められることもなく、敬礼を送られて通ることができた。
バリアの外は廃墟だったが、では内側は栄えているのかと言えば、そうではない。
辛うじて原型を留めている建造物。立ち並ぶシャッター街。
おかしい。原作はシャッター街ではなかった。こんなゴーストタウンの風態などしていないはず。
人間の気配がない。ネズミが荒れた路面を走っているくらい。
外を眺めていると、一際大きな施設に入った。間違いない。ここが中国支部の基地だ。
すると一挙にひとの気配が蘇る。とはいえ、これは───
「っ………」
「声に出さない方がいい」
「………はい」
なんだこりゃ。と叫びそうになった。クランドが止めなければ、男に聞いていたかもしれない。
やっと発見した人間たち。酷い有様だった。誰もが強制労働をさせられているような。全員、瞳に生気を宿していない。
強制労働に従事する者97パーセントに対し、現場監督者というか、小銃を構えて監視している軍人が3パーセント。
いったい、どういう地獄なんだ。これは。
「………では、向かって正面にお進みください………」
基地はフェンスで何層かに隔絶されていて、より奥へと進めば進むほど、建物がより綺麗になっていく。
その最奥部。城───とまでは言わないが、かなり立派な基地があった。ドイツ支部よりかは劣るが。
そこで降ろされる俺たち。運転手はそこで交代。エントランスには複数の軍人。また敬礼を受けて、数人が先導する。
なにもかもが変だ。
この中国支部の支部長は、北京出身で、難民の受け入れには協力的ではなかったものの、自国の民は愛し、そして自国に誇りを持っていた。
バリアの内部限定で経済を循環させ、文化を守る。そんな思想をしている女性だったのだ。
だがさっきの、いかにも世紀末で無力な民が収容され、頂点に君臨する絶対王者のために強制労働を強いられていたような光景はなんだ?
いったいハオ支部長になにがあった? 基地にいるのはほとんどが中国人だった。なぜ自国の民を奴隷にする?
意味がわからず混乱する。
「では、この部屋でお待ちください。支部長はすぐに参ります」
「うむ。ご苦労」
クランドは案内をした男たちが開いたドアの奥にある部屋に、一瞬だけ眉を動かしたが、特にそのあとはなにをするでもなく、なにを言うこともなく、絢爛豪華な応接間に足を踏み入れる。
埃っぽい外の空気とは違う。
そしてハオ支部長と会談した部屋と同じところにあるはずなのだが、内装も大きく変わっていた。
それまでの中国の歴史を模る文化的な装飾や、歴代の指導者の写真を飾った部屋だった。
「失礼します」
俺たちが応接間に入ると、女性が数人入った。10人ほど並べそうな長いテーブルに座る俺たちに、茶を用意してくれて───またもや目を疑った。
ハオ支部長はチャイナドレスを着た女性に茶を淹れさせた。
だが俺たちの背後にいるのは白人のメイドで、しかも紅茶を淹れ始めた。
絢爛豪華な応接間もそうだが、あまりにも西洋文化に特化している。
ハオは中国を愛し、中国人であることを誇りに思い、中国の存亡と発展については真剣に考えていた。そのためなら周囲の諸外国の支部さえ席巻する勢いだった。
それがなぜ、こうなってしまったのか。これではまるで中国人を排して奴隷化しているようではないか。
ただ、ハオという人物を前もって知っているのは俺だけだ。クランドとアーレスは堂々としていた。俺もなるべく顔に出さないよう、平然としながら淹れられた紅茶に口をつけ───
《警告。薬物反応を感知しました》
「っ………この部屋、少し暑いですねぇ」
「そうか? 私は涼しいくらいだ」
「エースくんは暑がりだねぇ」
唇からほんの一滴ほど飲み込むと、脳内チップを介してハルモニが警告する。こういう時はとても便利だ。
ふたりとのやり取りも、第三者が耳にすればなんてこともない会話だが、事前に決めておいたサインでもある。
万全を期すべく俺を同席させた理由はそこにあった。いくつかの合言葉を決めておくことで、危険を回避するためだ。今のは危険薬物が入っているという合図である。
その会話以降、クランドとアーレスは紅茶に手を伸ばそうともしなくなった。
しばらくして、ドスドスと物凄い音が廊下から響いた。
いったいなにが───と振り返ると、バンと音を立てて巨漢が転がり込むように応接室に突入した。
「お待たせしたなぁ。久しぶりだな! クランド」
「………テンプス?」
俺はつい、仰天して叫びそうになった。
おかしい。なぜテンプスがここにいる? と。なぜならテンプスという男は、俺が知る限りでは───アリスランドの元艦長で、ビーツが殺害したと豪語したからだ。
死んだはずの男が、なぜここにいる?
肥満体型。漂う異臭。それを隠すように振りかけたであろうコロンが混じって、吐き気を誘発させる激臭になっている。そして頭部から広がる無数の傷痕。
「………お前が中国支部の支部長か?」
「遺憾ながらな」
「アジア人など取るに足らんと差別的な発言をしたお前が、中国支部の代表をするとは」
「色々あったからな。………で、そっちのふたりは? 俺はひとりで来いと言ったはずだが」
「紹介しよう。エース・ノギ少尉だ。そして砲雷長のアーレス。私の補佐と護衛だ」
「小賢しい。俺とお前の仲だろう? なにを怖がっている?」
「警戒しているだけだ。すでに一服盛ってくれようとしてくれたからな」
クランドとテンプスは同期の軍人だったか。これはなかなか、因縁がありそうだ。
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