久々のパチンコ
コウイチから怒鳴り付けられても、すぐには言葉が出なかった。状況を把握出来なかったのだ。理解に少し時間がかかったが、どうやらゆうとがぐずって泣いていたのに起きれなかったようだ。わかった途端に腹が立ってきた。ゆうとが夜中に泣こうが喚こうが、いつも面倒を見ているのは私だ。コウイチは建前では「俺がゆうとの面倒みてるよ」などと気前の良い事を言いながら、本音は違ったのか。育児は私の仕事なのに何で俺が、と考えているのだろうか。怒鳴り付けられた事にも傷ついた。
「いつも夜泣きした時は私が面接見てるのに、たまに起きれなかったらそんな言い方されなくちゃいけないんだ」
怒り半分、泣きそうになりながらの言葉だったがコウイチの返事は無かった。
ゆうとを寝かし付けた後、眠れなくなってしまった私は朝食の準備をしておくことにした。するとコウイチが不機嫌な顔で台所に来て、
「がちゃがちゃうるさい。ゆうと起きたんだけど!」
追い撃ちをかけた。それだけ言ってまた寝室に戻って行った。やかましくして迷惑をかけてやろうなどとは露ほどにも思っていなかった。なのにまたしても文句を言われた事が悲しくてゆうとを抱いて居間へ行き、こたつで横になった。コウイチが仕事以外でこんな風に怒鳴ったりすることなんて初めてで、何故こんなに腹を立てられたのかも分からず泣いた。
翌朝、コウイチは起きてからも黙り通しで、私達を置いて出勤して行った。私も仕事があるのでゆうとを送った後コウイチのいる職場に行かなければならない。あまり早く行くと勤務開始まで気まずい時間を過ごさなくてはならなくなる。それを回避するため職安で時間をつぶす事にした。
どうせ条件は合わないだろうと思っていたが、新着の求人が出ていたのでひとまず全て目を通した。その中になんと、ゆうとが通っている保育園と同じ地区に設立している医院の名前が。社員の募集だった。これは私のために募集しているようなものじゃないかと、早速面接を予約しようと思った。だが、社員となれば勤務時間が長くなる。仕事が終わるのが18時を過ぎるので、延長保育を申し出なければならない。先にコウイチの了承を得なければ受けられないと判断し、求人票を印刷して職場にむかった。
昨日の件があったので、いざ本人を目の前にするとどう話をしようか躊躇した。
「朝からハローワーク行ってきたんだけど、ここ受けてみたいと思ってる。社員なんだけどどうかな」
なるべく普通に話したかったが、緊張して少しどもってしまった。コウイチは差し出した求人票を受け取り、さっと目を通した後、
「いいんじゃない。受けてみれば。行動しないと先に進めないし」
適当に返事をした。
行動しないと先に進めないなんて、さんざん辞める辞める言っておきながら店長に話も出来なかったお前が言うのか!?
大切な事だから、気まずいながら勇気を出して相談したのに、コウイチのどうでも良さそうな態度にまた涙が滲んだ。酒のせいで起きれ無かった位で、ここまで冷たくされなくてはならないのか。仕事中も家に帰っても、気の晴れない一日だった。
ふと思った。コウイチもストレスが溜まっているのかもしれない。そういえば先日、コウイチはパチンコに行きたくて勝手に金を下ろしたが、我慢した事を思い出した。そうだ、コウイチはもう2ヶ月近くパチンコに行っていない。そろそろ我慢の限界が来て、財布から金を抜いてもおかしくない頃だ。
コウイチは仕事から帰っても黙り込んだままだ。私は一万円を差し出した。
「これで好きに遊んで来て」
金でつるようで気は引けたが、他の言い方が出来なかった。精一杯に歩みよったつもりだった。
「え……いいよ。なんか怖いし」
「良いからストレス発散してきて」
「わかった……」
そして夕飯を温め直しながら昨夜の事を謝った。
「昨日起きれなくてごめんね」
「こっちも怒ってごめん」
喧嘩をしても仲直りはいつも早いのだ。だが今回は謝ってはいるが気が済まなかったので
「でも私、いきなりコウイチに怒鳴られて悲しかった」
と伝えた。
「だって何回呼んでもユナが起きてくれなかったんだもん!」
全く覚えていなかった。コウイチが言うには、ゆうとが泣いているのに私は無反応で眠っていたらしい。ミルクを作ったり抱っこしたりと、どんなにあやしても泣き止まず大変だったと。さらには、私はそんなコウイチを尻目にトイレに起きて、その後何も無かったかのようにまた布団に就いたらしい。覚えていないとは言え、ここまで来ると流石に自分の非を認めざるをえない。
「ごめんね……えへっ」
と悪びれて見せた。コウイチももう怒ってはいなかった。これにて一件落着、無事に仲直りを果たした。
コウイチの研修は三月上旬の予定だ。その少し前に私の面接の予約を入れた。
コウイチは渡した一万円で次の休みにパチンコに行くのだと言って上機嫌だった。渡しはしたものの、複雑な気分だった私は、これでコウイチのストレスが発散されるならと割り切る事にした。
この時はまだ、私はコウイチの押してはいけないスイッチを触れてしまった事に気付いていなかった。
それから数日後、コウイチが落ち込んだ様子で衝撃的な発言をした。
「一万円無くした……」
えーっ!!
「探したの!?」
「うん……」
もう、本当にがっかりした。
「そっか……まぁどうせ、負けると思って渡したお金だから」
この馬鹿野郎!心の声が言葉になりかかったが、コウイチがあまりに落ち込んだ様子だったのでそう言った。
「罰が当たったんだよ……パチンコに行きたいなんて思ったりしたから……」
結構深く落ち込んでるじゃないか。そうだこの際ギャンブルから足を洗うんだコウイチよ。
「しばらくパチンコには行かない……」
それだけ落ち込んでしばらく、かよ!
ツッコミたくなったが、コウイチに我慢させると反動が恐ろしい事態を招くのは分かっていたので、そうしなさいとだけ言った。
その翌週の事だった。
『お金見つかったからパチンコ行ってきます!』
休みだったコウイチからメールを受信していた。私は仕事の休憩時間にそれを読んだのだが、しばらく行かないって言った癖に見つかったら即効行くんかい!と、少し笑った。あれだけ探して見つからなかったのにどこに隠れていたのだろうか。まぁ、あったなら良かった。とりあえずストレス発散してくれれば良いと思い、帰りにゆうとを迎えに行って夕飯の支度をした。しかしコウイチは夕飯時になっても帰ってこない。
『ゆうとのお風呂はどうするの?私が入れていい?』
コウイチはゆうとと風呂に入るのが好きだ。一応聞いておくかとメールしたが返事が無かった。これは相当のめり込んでいるなと想像が付いて風呂には自分が入れる事にした。
ゆうとを寝かし付けてもコウイチは帰って来なかった。10時を過ぎた頃にやっと
『今から帰ります、遅くなってごめんね!』
とメールが入った。程なくしてコウイチは帰って来たのだが
「ごめんね、遅くなってゆうとの事も何にも出来なくて」
と何度も謝ってきた。別にたまに行く分には私も文句は言わない。ストレス発散できたならそれで良いと思った。
いつもなら勝った時はこちらから聞かなくとも、〇〇円勝ったよ!と話すが今日はなにも言わず夕飯を食べている。
「負けたの?」
私は意地の悪い笑顔で尋ねた。
「三千円勝った!」
と、コウイチは言った。6時間以上も打ち続けて三千円か。負けなかっただけましかと思ったが、
「でも明日も行って結局負けると思う」
と私は言った。
「明日はもう行かないよ。疲れたもん」
コウイチは連休だったのだ。これだけ遊んだのだから明日はゆっくり休んでゆうとと触れ合いたいだろう。
だが翌日も、休憩時間には
『ちょっと出掛けてきます』
というコウイチからのメールを受信していた。
出かけるって絶対パチンコだろ!結局行くんかい!!
やはりダメ男はダメ男のままのようだ……。




