正社員とお祝い
翌日、日曜。帰り支度を整えていたいると、出勤前のコウイチから電話がかかってきた。
「店長に話したよ」
「ほんとに!?」
前日は早くに寝てしまったためコウイチと連絡を取る事がなかったのだ。
「会社の不満とか、思ってること全部話した」
コウイチの不満とは会社の上司の事だ。
まったく現場に顔を見せず、たまに現れても書類を渡すだけ。店長と話をしても他の従業員など素知らぬ顔で帰って行く。こんな事では自分やアルバイトの志気が高まらない。もっと積極的に声をかけたり気にかけたりしないと店の事はわからないだろう。正社員になりたいのに仕事ぶりも見てもらえない。働く意思が沸かない。
というのがコウイチの持論だ。それに対し、店長は
「会社の不満で辞めるんだったらどこに行っても続かない」
と引き止めにかかったらしい。だが七年間も働いていて、これだけ我慢してきたのに正社員にしてくれない会社側に問題があるとは思わないか。
「それなら正社員になれたら頑張れるか」
と問われ、コウイチは二つ返事で
「頑張ります」
と返したらしい。
移住の話は無くなったが、正社員になれるのなら私としては満足だ。店長は上に話を通すと約束してくれたらしい。
「良かったね」
心から言葉が出た。
「うん。多分確実になれると思う。」
「多分なのか確実なのかハッキリしてよ」
と、冗談めかしてなじったがコウイチも嬉しそうだった。
「ただ、手取りは減るけどね」
コウイチは少し残念そうに付け加えた。
「仕方無いよ。でも社員になれたらボーナスもちゃんと出るし、今までの事は報われるよ」
私が前に正社員で働いていたときの給料は保険等差し引いて十二万程度だった。コウイチは私とゆうとと義母の三人を扶養家族として抱えているのでまだ少なくなるだろう。だが昇給はあるし、店長職も少しは覚えているので副店長クラスの役職が付けば手当が出る。今までは働けば働いた分だけ給料が出ていたので、給料が月によって多かったり少なかったりしていた。今はだいたい240時間程働いているのだが正社員になれば180時間働けば、少なくても安定した給料が入る。つまり時間に余裕ができるのだ。そうなれば何も文句は無い。
「それと、今度準社員の研修があるって」
「へえ、正社員になるための?」
「違うみたい。準社員を集めて、会社の経営理念とか方針とかの説明があるんだって」
七年勤めて今更かとも思ったが、重役に顔を覚えて貰うためにも調度良いだろう。出勤時間が近づいていたので電話を終わらせ、私も帰り支度を進めた。
夕方に我が家に帰り着いた。早くコウイチの話を聞きたくてそわそわした。ゆうとが寝た後いつもより豪華な夕飯を作り、部屋を掃除して帰りを待った。
帰宅したコウイチの手には研修の要項の記載されたプリントが握られていた。それを受け取り目を通しながら私は夕飯を温め直した。
「今日店長が本社に電話してくれた」
「えっ!行動が早いね。いつもその位早く取り掛かれば良いのに」
頼んだ事が放置された揚句忘れられる、という前例が何度もあったので、コウイチの件も話が進まないのではと思ったが、さすがに事が事だけに要らぬ心配だったようだ。
「まぁね。でも大丈夫かな」
自分で確実だと言っていたくせにまだ不安らしい。
「あと、今日の昼重役の人が来て宿題出された」
「宿題?」
コウイチは二つのレポートを書くように命じられていた。一つは競合店に行き、客層や料理の感想をまとめること。もう一つは自店で店長になったらやりたい事、やろうと思う事を具体的にまとめること。
「それ、すっごいチャンスじゃん!」
コウイチは常日頃、こうしたらいいああしたらいいと呟いている。よく思い付くものだと感心するが、まさかこんな形で機会が巡ってくるとは思っていなかった。
「俺もそう思う。頑張ってレポートして、他の準社員と差を付けてやりたい」
コウイチがやる気を出しているのを見て私もやる気が出た。早く新しい仕事に就いて家計を支えたいと思った。大富豪になりたい訳ではないが、好きな物を買ったりと少しは金に余裕が欲しいと思うのは当たり前の事だろう。中流家庭に憧れる私にとって、コウイチが正社員になれる可能性が生まれた事は、将来への希望と言っても大袈裟ではないのだ。
話は全く変わるが、私とコウイチは月に一度程晩酌を交わす。晩酌なんて言ったら日本酒なんかをちびちび呑んでいる想像をするかも知れないが、実際は安い缶チューハイや発泡酒で手軽に済ませている。美味しいかどうかは別としてとりあえず楽しい。コウイチは余り飲める方では無い。350ml一缶も飲めばたいがい顔が赤くなっている。一方私は3缶は飲まないと酔いが回らない。なので5缶買ってくればコウイチが1.5缶、私が3.5缶ずつ飲むのが暗黙の了解となっている。
コウイチが正社員になるかもしれない話を受けて浮足立った私達は、気が早いにも程があるが"お祝い"と称して酒を飲んでいた。これからの事を色々話して楽しい時間を過ごした後、いつもより多く飲んだせいか私はかなり酔った。体が泥の様に布団に沈む感覚が気持ち良くてすぐに眠りについたのだった。
ああ〜
夢でゆうとが泣いてる〜
ゆうちゃん泣かないで〜
ハッと跳び起きた。瞬間、
「なんで起きないの!?」
コウイチに怒鳴り付けられた。
これは夢?現実?
ゆうとがわんわん泣いている。夢だったらよかったのに……。




