最後の約束
今日も昨日と同じ位の時刻に帰るのか?夕飯は今日もいらないのか?
退勤後にメールを送った。だが例の様に返信は無かった。私達の事を考えず、返事もしないコウイチにだんだん苛つき始めた。何度掛けても出ない。
せっかく昨日勝ったのに負けて無一文になって帰って来るんだろうな……。
ゆうとを迎えに行きマンションに帰ると、コウイチは家の鍵をも開けたまま出て行っていた。心底がっかりした。
そうかそうか、やって良いことと悪いことの区別も着かなくなるほどパチンコに行きたいか。
コウイチにもストレスがある。それを解消出来るよう私は努力してきたつもりだ。しかしこうして家族との触れ合いを投げ出してギャンブルに打ち込む姿をみると、私の努力は無意味だったのではと思わされる。一体あといくら金をどぶに捨てる真似を繰り返すのだろうか。
コウイチが帰ったのは昨夜よりも遅い時間だった。玄関が開く音がしたので帰宅した事に気付いたのだが、いくら待っても部屋には上がって来ない。どうしたのかと、様子を見に行くと、顔色のないコウイチが立ちすくんでいた。
あー、有り金全部負けたんだな。
そう思ったがいつも通りに
「どうしたの?部屋に入りなよ」
と促した。コウイチは首を横に振った。
「そんな所にいてどうするの。良いから入りな。」
私がそう言うとコウイチはやっと靴を脱いで部屋に上がったのだった。居間に直行してソファーに腰を下ろし、頭を抱えているコウイチを横目に私は鍋を火にかけた。だが
「ご飯まだいい」
と、消え入りそうな声でコウイチが制したので火を消した。それ以来何も喋りやしなくなった。
馬鹿だなー。
コウイチが何も言わないので
「どうしたの?」
私から尋ねた。
「まぁ、何があったかはだいたい想像が付くけど。自分の口で言って」
コウイチはゆっくり顔を上げて言った。
「七万五千円負けた……」
「はぁぁ!?」
予期せぬ金額に声が裏返った。私はどこに出かける時も、コウイチと私の通帳とキャッシュカードを持ち歩いている。勝手に引き落としが出来ないようにしているのだ。
「どこから、そんなお金…」
コウイチに問いながらはっと気付いた。もう一つの口座の存在に。
「ユナのご両親からもらった口座から引き落とした……」
「何考えてんの!?頭おかしいんじゃない!?」
気付いた時には、手に持っていた通帳ケースはコウイチに向かって飛んでいた。当たりはしなかったものの、腰を掛けたすぐ隣に鈍い音を立ててぶつかり、畳の上に落ちた。
「頭おかしいもん……」
「病気だよ!」
怒鳴り付けた私に何も言わずまたコウイチは俯いた。
「何で!?親の金に手を付けてまで行きたい!?」
そう言った後、あることに気付き急いで通帳ケースを拾い、両親から貰った通帳を開く。昨日の時点で五万円、さらに今日二万五千円下ろしたと記入されていた。
「昨日はよくもまぁ普通の顔して帰ってこれたね!?」
激昂する私にまた黙り込むコウイチ。
「離婚しよう。いや、もう離婚するから」
これにも返事は無かった。
何を言ったかあまりよく覚えていない。
私はどんなに腹を立てても感情に任せて怒鳴り付ける質ではない。むしろ何を言ったら追い詰められるかと、理論的に考えて理屈でねじふせる節がある。
しかしこの日の私は、過去最大に激情したと言っても過言では無い程に感情が高ぶった。
「本当に迷惑なんだよね!」
「私とゆうとの人生なんだと思ってるの!?」
「私の人を見る目が無かった!」
「どうせ一生そんな生き方しか出来ないよ!」
「顔も見たくない!死ね。」
かなり酷い事を言ったと思う。顔も見たくないという言葉に
「わかった」
コウイチは立ち上がり、家を出ていってしまった。
時刻は十一時を越えている。金も持たず、一体どこに行くつもりなのか。外はまだ寒い。
もしや本当に死んだりしないよね……?
そう考えた瞬間、私はコウイチを止めに裸足で走っていた。階段を下りた所にいたコウイチに駆け寄り、腕を掴んで部屋に連れ戻した。
コウイチを居間に正座させて私は聞いた。
「どうするの?本当に離婚していいの?」
「だってそれはユナが…」
「自分はどうしたいの」
「離婚したくない……」
「転職したいって話が出た時言ってたよね。時間に余裕のある仕事がしたいって。ゆうとと遊びたいって。結局パチンコの方が大事なんだね。」
私の問いにコウイチは
「俺もずっと我慢してたんだよ。苦しかったんだよ。……ユナと遊びに行きたい、ゆうととも遊びに行きたい、パチンコにも行きたい。行ったらこうなるのは分かってた。でも自分が止められ無かった……!」
言葉を失った。そんなに、精神的に依存しているとは思っていなかった。あくまで息抜き程度だと思っていた。自分が甘かったと衝撃を受けた。何も言えずにいると
「もう疲れた……」
コウイチは生気のない顔をしてうなだれた。その様子を見て何故か涙が溢れて来た。
「自分に疲れたって意味だから!ユナとゆうととの生活に疲れたんじゃないよ」
慌ててコウイチは付け足した。
「好きで一緒になって、一生一緒にやっていこうと思ってたのに……どうして?どうしてこんなに上手く行かないんだろうって思ったら泣けた」
そう私が言うと
「俺もだよ!一生一緒に生きて行きたいよ!」
「でもパチンコまた行くんでしょ!?」
コウイチは少し黙った後
「どうしたら許してくれる…?」
そう聞いて来た。
「もうパチンコは辞めて。二度と行かないで」
私は無理を承知で頼んだ。返事は勿論、
「わかった……」
二つ返事。破られる事に慣れすぎた約束をまた交わした。しかしその後、
「お願いがある」
と続けた。
「なに?」
「ギャンブル依存症のカウンセリングを受けたい。多分自分の力じゃ治せない」
カウンセリング。コウイチの口から出た言葉に、少なからずショックを受けた。そう、コウイチはギャンブル依存症だったのだ。改めて認めると、家族としての戸惑いがあった。
「それで治らなかったら俺の事は捨てて良いから……」
「わかった」
ここでゆうとが夜泣きして、話合いは終わった。
ゆうとを寝かし付けながら、片手でケータイを弄りギャンブル依存症について調べてみた。
ギャンブル依存症は治りにくく、治ったと思っても再発しやすい。本人だけの力では完治は難しい。また家族の傷付く度合いも大きい事から、別にカウンセリングが必要になる場合もある。
調べた結果を見てまた絶望した。本当にコウイチは克服できるのだろうか。もういっそ別れた方がいいのかもしれない。しかし、もしここで別れたとして、コウイチには一生ギャンブルで苦しむ人生が待っていると思ったらやり切れない想いが込み上げた。だが、私ももう傷つきたくはない。
ゆうとが寝付いた後、私は静かに覚悟を決めた。
コウイチは寝室には来なかった。いや、来れなかったのだろう。居間で横になっていた。
「ちょっと話があるから起きて」
コウイチはいそいそと正座した。
「一緒に治そう」
そう言ったが、こくんと頷くだけでまた黙ってしまった。
「一生こんな生き方したくないでしょ?」
また頷いた。
「私と別れて他の人と結婚しても、また同じ事の繰り返しになるよ。嫌でしょ?」
これには首を横に振り、
「他の人とは結婚しないよ」
と反論した。最後に
「大丈夫!」
と声をかけた。突然の私の発言に、コウイチはふっと表情をゆるませ
「何が?」
と尋ねた。
「私がいるから」
こうして私は、二人で乗り越えようと決意したのだった。
今思えばドラマチック過ぎて、自分の発言ながら恥ずかしい。
多分私はこの時、初めてコウイチの家に行った日と同じ事を考えたのだろう。
私がなんとかしてあげなくっちゃ!
治すと決めた以上、もう甘えさせてはならない。
どうするのが最善か。
それだけを考えていた。
ここ最近のできことです(:_;)
もうそろそろネタ切れ…




