第61話 あの石の正体
そして休みに入ったある日。
私は、ずっと気になっていたことをガルドに打ち明けることにした。
「ガルド、実は言わなきゃいけないことがあるの」
「なんじゃ?」
「あの、そのー……盾なんだけど」
私はぎゅっと目をつぶって、壊れた盾を差し出した。
「ごめん、壊しちゃった。この前、襲われたときに」
「本当にごめんなさい!」
なぜか隣のレイまで一緒になって頭を下げる。
「ガハハハ! 何を謝っとる!」
「え?」
「盾の役割がなんだと思っとる! 守るためじゃ!」
ガルドは壊れた盾を受け取り、ひびの入った部分をじっと見る。
「壊れてもええ。お主が無事だったなら、何個でも壊してくれ!」
「ガルド……」
「ほんとうに良かった。生きていてくれて良かった」
その声だけは、いつもの豪快さより少し静かだった。
「怪我をしたと聞いたときは、わしも落ち着かんかったぞ」
「……心配かけてごめん」
「ふん!」
ガルドはすぐにいつもの調子へ戻ると、壊れた盾を持ち上げた。
「それより、こいつじゃ!」
「え?」
「Sランク相手に耐えられんかったんじゃろ?」
「……うん」
「なら、もっと改良せんとな!」
ガルドの目が一気に職人のそれへ変わった。
いつものガルドに戻ったのを見て、私は少しほっとした。
『よかった。もう大丈夫そう』
そのとき、ふわりと小さな気配が現れた。
「ルピカ!」
すると、隣にいたレイが不思議そうに首をかしげる。
「……これ、なに?」
「えっ?」
私は思わずレイを見る。
「ルピカ見えるの!?」
「えっ、これがルピカなの?」
レイは少し驚きながらも、ルピカに向かって小さく頭を下げた。
「……よろしく」
「おっ! レイもルピカが見えるようになったか!」
ガルドが嬉しそうに声を上げる。
ルピカもレイに改めて挨拶するように、くるりと宙を回った。
けれど、すぐに私の方へ向き直る。
「フリージア」
「ん?」
「なんか……僕、すごく感じるんだよ」
「何を?」
「君の持ってる何かから」
「私の?」
ルピカは少し困ったように身体を揺らす。
「うまく言えないけど……ドク、ドクって響いてくるんだ」
「ルピカにだけ感じるもの?」
「たぶん……」
「…………」
私は腕を組んで考える。
『私が持ってるもので、ルピカが反応しそうなもの……』
「あっ」
ひとつ思い当たった。
「もしかして……前に拾ったあの石?」
『あのとき、ルピカが持っていてほしいって言ってた、七色に光る綺麗な石……』
「これかな?」
私はアイテムボックスへ手を入れ、あの不思議な石を取り出した。
その瞬間――。
ルピカの動きが、ぴたりと止まった。
「……ルピカ?」
いつもの軽い調子が消えている。
ルピカはゆっくり石へ近づくと、壊れ物に触れるみたいに、そっと手を伸ばした。
そして――。
「……アルシェナ様……」
ほんの小さな声だった。
「え?」
「ルピカ?」
私が呼ぶと、ルピカははっとしたようにこちらを見る。
「フリージア」
その表情は真剣だった。
「これに、君の魔力を注いでくれ」
「私の魔力?」
「ああ」
ルピカはもう一度、七色の石を見る。
「頼む」
いつになく切実な声に、私は思わず石を握り直した。
最初は何も起こらない。
「……これでいいの?」
そう聞こうとした、その数秒後――。
石が突然、まばゆい光を放った。
「っ……!」
反射的に目を閉じる。
とてもじゃないけど、まともに見ていられない。
それでも、閉じた瞼の向こうで何かが動いた気がした。
『……なに?』
恐る恐る目を開ける。
まだ光は消えていない。
でも、その中心に――。
何かの影が見えた。
人……?
いや、もっと小さくて、細い。
光の中で、誰かがゆっくり形を取っている。
そして――。
光が、少しずつ収まっていく。
完全に消えたとき。
そこには、一人の存在が立っていた。
とても小さい。
背丈はルピカと同じくらいだろうか。
そして、その姿はどこかルピカに似ていた。
『……もしかして、精霊?』
私が不思議に思っていると、ルピカがすっと片膝をつき、深く頭を下げた。
「アルシェナ様……」
「ルピカか。元気にしておったか?」
アルシェナと呼ばれた存在は、穏やかな声でそう尋ねた。
「アルシェナ様……その……申し訳ございません!」
「えっ?」
突然謝り始めたルピカに、私は思わず声を上げた。
「今まで、アルシェナ様の存在に気づくこともできず……」
ルピカは悔しそうに俯いた。
「よいのだ。仕方のないことだったのだから」
アルシェナ様は優しく微笑む。
「こうして再び会えた。それだけで十分じゃ」
「……アルシェナ様」
すると、アルシェナ様はゆっくりと私の方へ顔を向けた。
ぱちりと目が合う。
『……あれ? 私?』
「そなたが、私を助けてくれたのじゃな」
そう言うと、アルシェナ様は私に向かって丁寧に頭を下げた。
「ありがとう」
私は反射的に頭を下げた。
「あ、あのー……どちら様? ルピカ?」
私が尋ねると、ルピカは慌てて姿勢を正した。
「こちらは、僕たち精霊界の王、アルシェナ様でございます」
「おお……」
思わず声が漏れる。
アルシェナ様は、にこっと微笑みながらこちらを見ていた。
「アルシェナ様は、とても偉大なお方なんだ。僕たち精霊にとって憧れの存在であり、母とも呼べるようなお方なんだよ」
「へぇ……」
「ただ……千年と少し前に、突然行方が分からなくなってしまって……」
ルピカの表情が曇る。
「最初は僕たちも必死に探したんだ。でも、いつからかアルシェナ様の存在を感じ取れなくなって……それどころか、なぜかアルシェナ様に関する記憶そのものが、頭から抜け落ちてしまったような……」
ルピカは困惑した表情を浮かべた。
「先ほど、あの石に触れた瞬間、突然記憶が戻ったといいますか……今まで忘れていたことが、一気に蘇ったんです」
「気にするな。誰一人として責めたりはせぬ。それに、皆もそう頭を下げるでない」
アルシェナ様が穏やかにそう告げた。
『……皆?』
その言葉に、私は不思議に思って周囲を見回した。
「……えっ?」
いつの間に!?
工房の中には、数えきれないほどの精霊たちが集まっていた。
小さな光をまとった精霊、ふわふわと宙に浮かぶ精霊、色とりどりの姿をした精霊たち。
『こんなにいたなんて……』
「どうした? フリー?」
レイが不思議そうに私を見た。
「えっ? 見えないの? ものすごくたくさんの精霊が、ガルドの工房に来てるよ!」
「そんなにおるのか?」
ガルドが周囲を見回す。
「わしに見えるのは……そうじゃな、十人ってところかのぉ」
「えっ、十人だけ?」
「僕はたぶん、ガルドよりもっと少ないよ」
レイも辺りを見渡しながら答えた。
『こんなにたくさんいるのに、見える数が違うんだ……』
そのときだった。
工房の外から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ルマンド? どうしたの? ちょっと、引っ張らないで!」
「お前もか? いったいどうしたというのだ?」
『……あれ? この声って……』
ガチャリ。
工房の扉が開いた。
そこに立っていたのは、お父様とお母様、そしてアイリオン先生。
さらに、その後ろにはドワーフのブロムまでいた。
『ええっ!? みんなどうしてここに!?』
「どうしたの? お母様たち?」
突然現れたみんなに、私は首を傾げた。
「えっ? それは私が聞きたいわ。ルマンドが急に私を引っ張って、ここまで連れてきたのよ」
お母様は困ったように、自分のそばを飛び回るルマンドを見た。
「わしもじゃ。ループに無理やり連れてこられたんじゃが……」
ブロムも不思議そうに首を傾げている。
『へぇ……お母様の精霊ってルマンドっていうんだ。ブロムの精霊はループなんだね。そういえば、名前を聞いたのって今が初めてかも』
「わしは、ブロムがループと何やらわちゃわちゃしとったから、気になってついてきたんじゃ」
エルドがそう言って、ガハハと笑った。
お父様とアイリオン先生も、何か異変を感じ取って工房まで来たらしい。
『いったい何が起きてるの?』
「ルマンド、分かったから離してちょうだい。一体何をそんなに慌てて……」
そこまで言いかけたお母様の声が、ぴたりと止まった。
お母様の視線が、私の目の前へと向けられている。
そこには、七色の淡い光をまとった美しい精霊――アルシェナ様が浮かんでいた。
「……まさか」
お母様は小さく呟くと、すっと背筋を伸ばした。
そして、いつもの優雅な所作で、深く頭を下げる。
「アルシェナ様……お久しぶりでございます」
『……えっ? お母様も知ってるの!?』
お父様たちもその言葉に反応し、驚いたように目を見開いた。
「アルシェナ様! お、お久しぶりです! まさか、ご健在だったとは……!」
お父様の声には、驚きと喜びが入り混じっていた。
続いて、お母様が一歩前に出る。
「アルシェナ様、今までいったいどちらにいらっしゃったのですか?」
すると、アルシェナ様は穏やかに微笑んだ。
「あら、皆さん。それに、ルマンドとループも。お元気でしたか?」
名前を呼ばれたルマンドとループは、すぐさまアルシェナ様の前に進み出ると、片膝をついて深々と頭を下げた。
「アルシェナ様……ご健在でいらっしゃったとは……」
二人の声は、感極まったように震えていた。
アルシェナ様はそんな二人を、優しい眼差しで見つめていた。
私は目の前で繰り広げられている光景を、ただ呆然と眺めていた。
『……えっと、ちょっと待って。何がどうなってるの?』
みんながアルシェナ様を知っていて、しかも精霊界の王様で……。
『情報が多すぎて、頭が追いつかないんだけど……』
そんな私をよそに、アルシェナ様は少し考えるように首を傾げた。
「あら、どこから説明しましょう?」
そして、ふわりと微笑む。
「そうね……最初からお話ししたほうがいいかしら?」
その言葉に、周囲の精霊たちが一斉にアルシェナ様へと視線を向けた。
誰もが食い入るように見つめ、その言葉を一つも聞き逃すまいと耳を傾けている。
さっきまで工房の中を飛び回っていた精霊たちまで、いつの間にか静かになっていた。
『……なんだか、すごいことになってきた』
アルシェナ様はそんな精霊たちをゆっくりと見渡すと、懐かしむように目を細めた。
「そうね……さっき、私がいなくなったのは千年ほど前だと言っていたわね?」
アルシェナ様は、昔を思い出すようにゆっくりと話し始めた。
「ええ、それで合っているわ」
周囲の精霊たちは、静かにその言葉に耳を傾けている。
「あの頃、魔獣が急激に増えたでしょう? 私も精霊の国を守るために結界を張ったり、周辺に現れる魔獣を調べたりと、何かと忙しくしていたの」
アルシェナ様は、お父様たちへと視線を向けた。
「特に、あなたたちに会ってからは、今まで以上に気をつけるようにしていたのよ」
その言葉に、お父様たちは真剣な表情で頷いた。
「あなたたちが去ってから、数日後のことよ。私たちの国は突然、何者かに襲われたの」
アルシェナ様の表情が、少しだけ曇った。
「私は皆を守ることに必死で、自分自身への警戒をすっかり忘れてしまっていたのね」
アルシェナ様は静かに言葉を続けた。
「精霊たちを避難させたあと、私は大樹の力を守るために、持てる力のすべてを注ぎ込んだの。あの力だけは、決して奪われるわけにはいかなかったから……」
「大樹の力……?」
「ええ。そして、ようやく大樹の封印を終えた、そのときだったわ」
アルシェナ様は、遠い記憶をたどるように目を伏せた。
「そやつが現れ、私は戦うことになったの。でも、そのときにはもう、ほとんどの力を封印に使い果たしてしまっていて……」
小さく息をつく。
「本来の力を出すこともできず、私はそやつに追い詰められてしまったの」
アルシェナ様は、遠い記憶をたどるように目を伏せた。
「あやつは、おそらく私を殺したと思っているはずよ」
「でも、私もただでは終わらなかったの。最後の悪あがきで、残されたわずかな力を振り絞ってね」
そう言って、私の手の中にある七色の石へと視線を落とした。
「何とか自分の存在をあの石の中に封じ込め、消滅だけは免れたのよ」
アルシェナ様は、少し困ったように微笑んだ。
「もっとも、そのまま千年以上も閉じ込められることになるとは思わなかったけれどね」
お父様が険しい表情で問いかけた。
「待て、アルシェナ様。あやつとは……いったい何者なのですか?」
アルシェナ様はしばらく沈黙したあと、静かに口を開いた。
「……魔人族の王、ゼノディアスよ」
その名が告げられた瞬間、工房の空気が張り詰めた。
「魔人族の……王……?」
私は思わず呟いた。
アルシェナ様は小さく頷いた。
「ええ。千年前、私たち精霊の国を襲った者。そして、私を消し去ろうとした張本人よ」
「そんなことがあったとは……」
お父様は険しい表情を浮かべた。
「我々も気づかず、、、すまなかった。精霊の国が襲われたと聞いて、すぐに向かったのだが……着いたときには、もう誰もいなかったのだ」
お父様は悔しそうに拳を握りしめた。
「大丈夫ですよ。あれは私の責任です。あなたたちが気に病むことではありません」
アルシェナ様は穏やかに微笑んだ。
すると、黙って話を聞いていたブロムが、首を傾げながら口を開いた。
「で、お前さんがいなくなった理由は分かったんじゃが……その後はどうなったんじゃ? というか、今はどういう状態なんじゃ?」
ブロムはアルシェナ様と、私の手にある七色の石を交互に見つめた。
「相変わらずせっかちですね。ふふっ」
アルシェナ様は楽しそうに微笑んだ。
「その後のことは……フリージアさんがご存じかと」
「……へ?」
突然、全員の視線が私に集まった。
『えっ? なんで私!?』
お父様はまたしても眉間に深いしわを寄せる。
「フリージア……! また何かしたな?」
『えええっ!? 突然こっちに飛び火したんだけど!?』
「えっ? ほっ? 私!? 別に悪いことはして……ない? よ!」
「なぜ疑問形なんだ……」
「だ、だって! 郊外授業の帰りに綺麗な石を見つけて、拾っただけだもん!」
私は慌てて説明を続けた。
「何となく魔石かなって思って、ガルドに相談したら、ルピカが持っていてほしいって言うから……」
そこで一度、言葉を区切る。
「……ただ持ってた……だけ!」
じーーーーっ。
お父様だけでなく、みんなの視線が痛い。
『な、なんでそんなに見つめるの!? 本当にそれだけなのに!』
「そうですね。フリージアさんは、ただ私を持っていてくださっただけですよ」
アルシェナ様が助け舟を出してくれた。
「彼女には、私がただの石にしか見えなかったでしょうし、その石が何なのかも分からなかったはずです」
そう言って、私に優しく微笑みかける。
「壊さず、大切に持っていてくれたことに感謝しています」
『アルシェナ様……!』
ようやく疑いが晴れた……のかな?
私はほっと胸をなで下ろした。
「……で? その後はどうなったんじゃ?」
ブロムが再び尋ねた。
『ブロム、ほんとにせっかちだなぁ……』
「そうですね……何と言いますか」
アルシェナ様は少し考えるように首を傾げた。
「あるとき、強大な魔力を感じたのです。それも、私ですら今まで感じたことのない、不思議な魔力を」
「アルシェナ様でも……?」
アイリオン先生が驚いたように呟いた。
「ええ。フリージアさん、何か心当たりはありませんか?」
「えっ? 魔力……?」
私は腕を組んで考え込んだ。
『魔力……魔力……何かあったっけ?』
「んー……あっ!」
ひとつ思い当たった。
「先日、魔獣に襲われたときに、魔力を……少し……」
あのときのことを思い出しながら、言葉を続ける。
「アスターお兄様が言うには、今まで感じたことのない属性同士の魔力だったとか……?」
私は自信なさげに首を傾げた。
「……それ、かな?」
「きっと、それですね」
アルシェナ様は納得したように頷いた。
「おそらく、フリージアさんはまだ、その魔力をうまく制御できていなかったのでしょう」
「……うん」
「そのため、放出された魔力の一部が体内を循環し、あなたが持っていた石にも流れ込んだのだと思います」
アルシェナ様は、自分の胸元にそっと手を添えた。
「私はその魔力を少しずつ吸収することができました。それは、長い眠りから目覚めるには十分すぎるほどの力だったのです」
「……私の魔力で?」
「ええ。あれほどの魔力がなければ、私は今もあの石の中で眠り続けていたでしょう」
アルシェナ様は優しく微笑んだ。
「そして今日、あなたが直接魔力を注いでくれたことで、ようやく外へ出ることができたのです」
みんな、アルシェナ様の説明を聞いて、何となく事情を理解してくれたようだった。
ただ、一人を除いて。
『……ん?』
お父様が、じーっと私を見つめている。
しかも、眉間には深いしわ。
「お父様! そんなに疑うような顔をしないでください! 私、悪いことはしてないですよー!」
「……今回は偶然の再来か? それとも災難か? フリージアの近くには必ず事件が起こるということなのか……?」
お父様は腕を組み、何やらぶつぶつと呟いている。
『ちょっと、お父様!? 聞こえてますけど!?』
「それにしても、フリージアはいつも何かを呼び起こすな」
ザルヴァニアが感心したように口を開いた。
「しかも、どれも普通なら簡単に出会えるような存在ではない」
『……それは私もそう思うけど』
「あら、フリージアは生まれたときからそういう子よ♡」
お母様は頬に手を添え、どこか嬉しそうに微笑んでいる。
『お母様……そこは否定してほしかったなぁ』
そんなやり取りを眺めていたアルシェナ様が、ふと思い出したように口を開いた。
「ああ、そうそう。皆様にもう一つ、お伝えしておくことがありましたわ」
「何でしょうか?」
お父様が顔を上げる。
アルシェナ様はにこりと微笑んだ。
「わたくし、このフリージアさんと契約を結びましたの」
「…………」
一瞬、工房の中が静まり返った。
「「「…………は?」」」
次の瞬間――。
「「「ええええええっ!?」」」
全員の視線が、一斉にアルシェナ様へと向けられた。
『……え?』
『……契約?』
『…………誰と誰が?』
「アルシェナ様! そ、それはどういう意味ですか!?」
お父様が思わず声を上げた。
「あら? そのままの意味ですよ?」
アルシェナ様は不思議そうに首を傾げる。
「わたくし、フリージア・フェリアさんと契約を結びましたの。これからは彼女の友となり、時には導き手となり、魔力の面でも力になろうと思っています」
「あっ、いや、それは……」
お父様が珍しく言葉に詰まっている。
「アルシェナ様は精霊界の王だ。それは、さすがにまずいのではありませんか?」
「そうですぞ! 国を守ったり、ほかの精霊たちを導いたり……何かと役目があるじゃろう?」
ブロムも慌てて口を挟んだ。
けれど、アルシェナ様は少しも困った様子を見せなかった。
「大丈夫ですよ。わたくしたちの国は、もうありませんから」
その言葉に、みんなが一瞬黙り込む。
「それに、わたくしがいなくても、精霊たちは千年以上もの間、無事に暮らしてこられたでしょう?」
アルシェナ様は周囲に集まる精霊たちを優しく見渡した。
「わたくしは、ほんの少し手助けをしてあげるだけで十分なのです」
そして、にこりと微笑む。
「それに、もう契約してしまいましたし」
「いや、しかし……」
お父様はまだ何か言いたそうだ。
そんな中、私はそろそろと小さく手を上げた。
「あの〜……」
「はい? どうしました、フリージアさん?」
「……ひとつ聞いてもいいですか?」
「もちろんですわ」
「……いつ契約しました?」
しーん。
『……あれ? これ、ティグのときも似たようなことがあったような……』
なんだか嫌な既視感がある。
アルシェナ様は、そんな私を見て楽しそうに微笑んだ。
「あら、先ほど石に魔力を注いでくださったでしょう?」
「はい」
「あのとき、わたくしもあなたに魔力を流して、お応えしたのですよ」
「…………」
『……え?』
『あれって契約だったの!?』
「ちょ、ちょっと待ってください! 私、ただ石に魔力を入れただけなんですけど!?」
「あら、そうでしたの?」
アルシェナ様は口元に手を添え、ふふっと笑った。
「でも、ちゃんと契約は成立していますわよ」
『……また知らないうちに契約してたーー!?』
お父様たちの方から、何となく冷たい視線を感じる。
『……見れない。怖くてそっちを見れないよ……』
私はそっと視線をそらした。
「なので、これからよろしくお願いしますね。フリージアさん」
「あー……はい」
何とも気の抜けた返事になってしまった。
すると、アルシェナ様は何かに気づいたように目を輝かせた。
「あら? フリージアさん、あの頑固な神獣とも契約していらっしゃるのね」
「えっ? ティグのことですか?」
「ええ。懐かしいですわ。あの子に会うのも久しぶりね。今はどちらに?」
「あー……ティグなら、森にいるかと」
「そうですか。では、少しこの辺りを見て回ってきますね」
アルシェナ様は嬉しそうに微笑むと、ルピカたちへ顔を向けた。
「ルピカ、ルマンド、ループ。案内をお願いできるかしら?」
「かしこまりました!」
三人の精霊は揃って頭を下げた。
「それでは、皆様。また後ほど」
そう言い残すと、アルシェナ様たちはあっという間に工房から姿を消してしまった。
「…………」
『……あれ?』
残されたのは、お父様たち大人の面々と私。
しーんと静まり返る工房。
『……えっと』
恐る恐る顔を上げる。
みんなの視線が、まだ私に向いていた。
『……アルシェナ様!?』
『私を置いていかないでぇぇぇ!!』
『……よし、ここは逃げるに限る!』
私はすっと立ち上がり、何事もなかったかのように笑顔を作った。
「では! 私もそろそろお部屋に戻ります!」
お父様たちが何か言い出す前に、ぺこりと頭を下げる。
「お父様、お母様! では、失礼します!」
くるりと踵を返し、風のごとく走り出した。
「おい! フリージア!」
『聞こえなーい!』
お父様の声にも耳を貸さず、私はあっという間に工房から姿を消した。
残された大人たちは、しばらく呆然と扉を見つめていた。
「……はぁ」
エルが深いため息をつく。
「まったく……フリージアには驚かされる一方だな」
眉間を押さえながら、再びため息をついた。
「しかし、今回のことはフリージアが何かを起こしたというより、偶然が重なった結果なのか……?」
「いや、俺はそうは思わないな」
アイリオンが静かに口を開いた。
「あれも、フリージアの魔力が引き寄せたんじゃないかと思う」
「……どういうことだ?」
「ここ最近の出来事を振り返ってみろ。どれもフリージアを中心に起きているだろう?」
アイリオンは、フリージアが走り去った扉へと視線を向けた。
「あの子自身にそのつもりがなくても、特殊な魔力が何かを引き寄せている可能性はある」
「……そうか」
エルは腕を組み、難しい顔で考え込んだ。
「となると、もっと警戒するべきか……護衛を増やすか?」
「無駄だろうな」
それまで黙っていたザルヴァニアが、あっさりと言い放った。
「護衛を増やそうが、行動を制限しようが、あの娘は全部拒むだろう」
「……否定できんな」
「それに、いくら周囲を固めたところで、今回のようなことまで防げるとは思えん」
ザルヴァニアは腕を組み、静かに続けた。
「それよりも、フリージア自身を鍛えることだな」
「本人の訓練か……」
「ああ。あの娘はまだ、自分の魔力を完全には扱えていない。まずはそこからだろう」
アイリオンも小さく頷いた。
「俺も同感だ。あの子には、まだまだ教えることが山ほどあるからな」
その言葉に、エルは再び深いため息をついた。
「……まったく。あの子にはいつになったら安心させてもらえるのやら」
「……ところで、お前さんたち。そろそろわしの工房から出ていってくれんかのぉ?」
ガルドが呆れたように口を開いた。
「これだけ大勢おられたら、作業がしづらくてかなわんわい」
「……ああ、すまんな」
エルが苦笑いを浮かべる。
それをきっかけに、皆もぞろぞろと工房を後にしていった。




