第6話 お祖父様
ふと、思い出す。
――毎朝、お父様がお迎えに来ることを。
『……やばい。怒られる。』
そう思った瞬間、足がぴたりと止まった。
すると、隣を歩くダリアンが何かを察したように、そっと口を開く。
「本日、陛下は公務のため、朝からご外出されております。」
「フリージア様がお部屋にいらっしゃらなかったことを知っているのは……ランだけです。」
その言葉に、私ははっと顔を上げた。
『……つまり。』
『大丈夫、ってこと?』
ちらりとダリアンを見る。
すると――。
にかっと、いたずらっぽく笑った。
私は慌てて取り繕う。
「そ、そんなこと気にしてないわ!」
「ただ……今日の朝食は何かなーって思っただけよ!」
言いながら、少しだけ視線を逸らす。
『……我ながら苦しい言い訳。』
もう一度ダリアンを見ると、何も言わずこちらを見つめていた。
その表情は、どこか微笑ましいものを見るようで――。
『……完全にバレてる。』
思わず、ふいっと顔を背ける。
ダリアンは、その様子を見てくすっと笑った。
「一つ申し上げておきますが。」
「先ほどもお伝えした通り、これが陛下に知られれば……怒られるのは、フリージア様だけではありません。」
「私もです。」
「確実に。」
「…………。」
私は何も聞こえなかったふりをして、そのまま歩き出した。
ダリアンは困ったように苦笑しながら、その後をついてくる。
そのまま二人で食堂へ向かった。
廊下を歩きながらも、頭の中にあるのはさっき読んだ魔石のことばかり。
『魔石を組み合わせたら……やっぱり何か作れそうなんだよね。』
そんなことを考えているうちに、食堂へ着いた。
朝食には、すでにみんなが揃っていた。
何食わぬ顔で席につき、いつも通り朝食を済ませる。
お父様がいないことに少しだけ安心したのは――ダリアンには内緒だ。
そして朝食を終え、ダリアンと一緒に自室へ戻る。
部屋の前まで来た、その時だった。
第一騎士団隊長と鉢合わせた。
こちらに気づくなり、早足で近づいてくる。
「お嬢様、急で申し訳ございませんが――ダリアンを、少しお借りしてもよろしいでしょうか」
一瞬、きょとんとする。
でもすぐに、小さく頷いた。
「だいじょうぶ。気にしないで、連れていってぇ」
にこっと笑って答える。
その横で。
ダリアンが、固まっていた。
ゆっくりとこちらを見る。
――助けてください。
声には出ていないのに、そんな気配がひしひしと伝わってくる。
……ああ、これ。
絶対怒られるやつだ。
次の瞬間。
隊長の手が、ダリアンの首根っこをがしっと掴んだ。
「失礼します」
そのまま、ずるずると引きずられていく。
「お、お嬢様〜!」
少し離れたところから、必死な声が飛んできた。
「ぜっ……絶対、オレが戻るまでお部屋にいてくださいね〜!!」
遠ざかっていくその姿を見送りながら、私は思わず口元を押さえた。
(……ふふ、なんだか、ちょっとだけ面白い)
にやっと、こっそり笑う。
小さくダリアンに手を振りながら一人で部屋に入り、私は大人しく待つことにした。
けれど――。
「……退屈だな」
部屋から外を眺めても、本をめくってもつまらない。
魔法の練習でもしちゃおうかな、と思い始めたそのとき。
ふわり、と。
目の前に、小さな光が現れた。
ゆっくりと漂うそれは、まるで意思を持っているみたいに、私の前でぴたりと止まる。
「……なに、これ」
そっと手を伸ばれ、触れた瞬間。
光は、形を変えた。
――手紙。
私の手の中に、いつの間にか一通の封書が現れていた。
宛名を見る。
「……お祖父様?」
不思議に思いながら、そっと開く。
中には、たった一言。
――今すぐ、来なさい。
「……来なさいって……どこに?」
場所が書かれていない。
首をかしげながら考えようとした、そのとき。
視界が、曇った
白い靄が、一気に視界を覆い尽くす。
「え――」
声を上げる間もなく、足元の感覚が消える。
ふわり、と身体が浮いたような感覚。
そして。
次に目を開けたとき。
そこにいたのは――
お祖父様だった。
「フリージア!」
顔がとろけるような笑顔で、お祖父様が私の前に現れた。
「久々じゃの! 怪我をしたと聞いたぞ! 大丈夫であったか? あいつ――お前の父では頼りにならんからのう。あいつとは違って、じーじはいつでも飛んでいくぞ!」
勢いそのままに距離を詰められ、私はぱちぱちと瞬きを繰り返す。
――次の瞬間。
「コホンッ」
軽い咳払いが、横から入る。
視線を向けると、そこには第一隊長とダリアンが立っていた。第一隊長は呆れたように眉を下げ、一方のダリアンは、目を見開いていた。
きっと、“王”としてではないお祖父様を見るのは初めてなのだろう。
戸惑ったように視線を揺らしながら、どう反応すればいいのか迷っているようにも見えた。
その咳払いを聞いた瞬間、お祖父様はぴたりと表情を引き締める。
さっきまでの、とろけそうな笑顔はもうない。
まるで最初からそんな姿など見せていなかったかのように、“王”の顔へ戻っていた。
「フリージア」
静かに、語りかける。
「先日の“全属性の魔法”については、エルディオンから話を聞いておる」
その一言で、空気が少し重くなる。
「この件は極めて珍しい。……いや、前例がないと言ってよい」
「ゆえに、現時点で対処できる者はおらぬ」
ゆっくりとした口調。
けれど、その言葉の一つ一つが重い。
「だが――」
ほんの少しだけ、声が柔らぐ。
「フリージアは、わしの大事な孫じゃ」
「そなたを、ないがしろにすることは決してない」
まっすぐに、私を見る。
「このことは、誰にでも話してよい内容ではない」
「だが、恐れる必要はないぞ」
優しく、続ける。
「そなたの周りには、支える者がおる」
「何かあれば、すぐに相談するのじゃ」
そして、ほんの少し間を置いて――
「……もちろん、じーじでもよいからの」
最後だけ、ふっと表情が緩む。
……さっきの顔に戻った。
少しだけ、場の空気が緩んだ気がした。
「それと」
再び、話を戻す。
「この件については、そなたの側に常にいる者にも伝えることにした」
ちらりと視線が動く。
「ダリアンと、ランじゃ」
その言葉で、私は改めて周囲を見る。
ダリアンの隣に、ランが立っていた。
二人とも、すでに事情を知っている様子で――
どこか安心させるように、静かに微笑んでいた。
「もちろん、先ほど魔誓契約についても了承を得ておる」
「すでに、サインも済んでおる」
そう言って、お祖父様は小さく頷いた。
『これでダリアンさっき連れてかれたのか』
そんな事を考えながら私は、お祖父様を見上げて尋ねた。
「……お祖父様は、四属性も使えるけど……怖いと思ったことはありましたか?」
少しだけ、声が小さくなる。
お祖父様はゆっくりと私の方へ歩み寄ると――
今度は“王”ではなく、“じーじ”の顔で答えてくれた。
「そんなことは、一度も思ったことはないぞ」
穏やかな声だった。
「周りからな、“化け物”と言われたことはあったがの」
ほんの少しだけ、遠くを見るような目になる。
「それでも、この国を守れるのであれば――」
「力は、あって困るものではないと思った」
そう言って、また私を見る。
「……だからな」
ふっと、優しく笑った。
「きっとフリージアは、じーじに似たんじゃろう」
ぽん、と頭に手が乗る。
「フリージアは、強くて、賢い子になるぞ」
くしゃりと、優しく頭を撫でられる。
その手は、大きくて、温かくて――
私は少しだけ顔を上げた。
「……じゃあ」
小さく息を吸って。
にこっと笑う。
「じゃあ、じーじみたいに強くなる!」
はっきりと、そう言った。
その瞬間。
お祖父様の動きが、ぴたりと止まった。
――そして。
「……っ」
何かをこらえるように、顔をそらす。
けれど、次の瞬間にはもう――
「~~~~っ、かわいいのう!!!」
完全に、崩れた。
さっきまでの威厳はどこへやら。
思いきり抱きしめられて、頭をぐしゃぐしゃに撫でられる。
「わしの孫がこんなことを言うとは……!」
「もう何でもしてやるからの! なんでも言うんじゃぞ!」
……あ、これ。
ダメなやつだ。
そのまま、ぎゅうっと抱きしめられていると――
ふと、横の気配に気づく。
ちらりと視線を向けると。
第一隊長が、ほんのわずかにため息をついていた。
……呆れてる。
でも、止める気はないらしい。
そのさらに隣では。
ダリアンとランが、顔をそむけていた。
肩が、わずかに震えている。
……あれ、これ。
笑ってる?
必死にこらえているのが、なんとなく分かる。
私はもう一度、お祖父様の方を見上げた。
……やっぱり。
ちょっと、恥ずかしい。
それでも、お祖父様は離す気がないらしい。
「よしよし……ほんとに可愛いのう……」
まだ撫でてくる。
ちらり、と横を見る。
第一隊長が、今度ははっきりとため息をついた。
「……陛下」
低い声で呼ぶ。
けれど。
「なんじゃ」
全然気にしていない。
「そろそろ、本題に入っていただけますか」
ぴたり、と空気が止まる。
その一言で。
お祖父様の手が、止まった。
「……む」
少しだけ、不満そうな顔。
……怒られてる。
その様子を見て。
今度こそ、ダリアンとランが吹き出した。
「――さて、本題じゃ」
先ほどまでの柔らかい空気が、すっと消える。
「フリージアの力は、あまりにも特異じゃ」
静かな声。
「ゆえに、外に知られるわけにはいかん」
私は、思わず姿勢を正した。
「今後、魔法の使用は制限する」
「使うのは、ここにいる者の前か――結界内のみじゃ」
少しだけ、間を置く。
「ただし」
その一言で、空気が変わる。
「力を閉じ込めるつもりはない」
まっすぐ、私を見る。
「正しく使えるよう、育てる」
「指導はアイリオンが行う」
「そして」
視線が横に流れる。
「ダリアンとランは、常に側につけ」
二人が、静かに頷いた。
「守るためでもあり、見守るためでもある」
最後に。
もう一度、私を見る。
「フリージア」
声が、少しだけ柔らぐ。
「怖がる必要はない」
「だが――軽く考えてよい力でもない」
「……それだけは、覚えておくのじゃ」
私は、少しだけ考えてから。
こくん、と頷いた。
「……うん」
それから、顔を上げる。
ぎゅっと小さく手を握って。
「でも――」
にこっと笑った。
「強くなるのは、やめないよ」
まっすぐに、そう言った。
その言葉が、静かにその場に残る。
――そして。
「……うむ」
お祖父様が、ゆっくりと頷いた。
その表情は、どこか満足そうで。
「よい目をしておる」
小さく、そう呟く。
第一隊長も、腕を組んだままこちらを見ていた。
「……覚悟はあるようですね」
低く、短い一言。
でも、さっきまでより少しだけ視線が柔らいだ気がした。
ダリアンはというと。
「……すげぇ」
ぽつりと、思わず漏れた声。
慌てて口を押さえている。
その隣で、ランは静かに微笑んでいた。
何も言わないけれど。
その表情だけで、十分伝わる。
――大丈夫ですよ。
そんなふうに言ってくれている気がした。
ひと通りの話が終わると、お祖父様は「無理はするでないぞ。何かあれば、すぐじーじを呼ぶんじゃよ。今日は話しは終わりじゃ」とだけ言って、私の頭をもう一度撫でた。
それから、視界がふっと曇って。
気づけば、元いた部屋に戻っていた。
「……戻ってきた」
一瞬で元の部屋へ戻され、私は思わず辺りを見回した。
じーじの魔法すごーいと思いつつ、自分の行動に気をつけなきゃって改めて思った。
そのためには。
もう一度調べなきゃ。
私はゆっくりと顔を上げた。
「……魔誓契約」
魔力ごと刻まれていた、あの魔誓契約。
何なのか、ちゃんと知りたい。
図書館へいこう。




