第56話 時は流れ
そんな少し残念な気持ちを抱えたまま、冬休みもあっという間に過ぎていった。
その後も大きな騒ぎが起こることはなく、授業に訓練に、いつもの毎日を過ごしているうちに季節は巡っていく。
そして森の様子が少しずつ変わり始めた。これまでなら必ず残されていた獣の足跡が、ある日を境に途切れるようになったのだ。代わりに、誰のものとも知れない深い爪痕が、城から遠く離れた木々の幹に刻まれていた。
国の方でも門番は、いつものように笑ってすごせなくなっていた。夕暮れになると森の奥から低い音が響き、ティグとニクスが戻ってきても、なぜか獲物を一匹も連れていない日が増えていった。
周りの変化に気づかないまま。
そして――。
気づけば、私たちは高等部へ進級していた。
ロータスお兄様は、数々の功績を認められ、今では王国魔法省の長を務めている。
アスターお兄様も卒業後すぐに騎士団へ入団した。
王族でありながら一兵士として現場に立ち続け、その実力で第三騎士団隊長の座を受け継いだ。
相変わらず自由奔放らしいけれど、部下からの信頼は厚いらしい。
リリィお姉様は法務省で働きながら、孤児たちのために学校や病院を設立した。
貴族の中には、
「孤児と貴族を同じ学び舎に通わせるべきではない」
そんな声を上げる者も少なくなかった。
それでもリリィお姉様は決して諦めなかった。
何度反対されても孤児たちのために奔走し続け、今では多くの子どもたちから慕われている。
そして、シルヴァンお兄様。
今では自分の研究室を立ち上げ、植物から作る薬の研究に没頭していた。
昔から植物のことになると周りが見えなくなるところはあったけど、それは今も変わらないらしい。
ただ、その研究は少しずつ形になり始めていて、怪我や病気に使える薬もいくつか完成していると聞いた。
そう思うと、なんだか少しだけ不思議な気持ちになった。
そういえば、ティグたちの存在も、今ではすっかり当たり前になっている。
最初の頃は、それはもう大騒ぎだった。
神獣が王城にいるという噂は次第に他国へも広まり、国同士の争いに発展しかけたことさえあった。
けれど、数年が経つうちに騒ぎも落ち着き、他国ではいつしか真偽の分からない噂話として扱われるようになった。
一方、我が国ではというと……。
『ティグは、フリージア様が飼っている大きなペット……みたいな認識になっちゃったんだよね』
あれだけ恐れられていた神獣なのに、今では城の人たちもすっかり慣れてしまっている。
『……ティグが聞いたら、絶対怒るだろうなぁ』
思わず小さく笑ってしまった。
でも、こうして振り返ってみると、数年の間に本当にいろいろなことが変わった。
お兄様たちはそれぞれの道を歩み始め、ティグたちの存在も、今ではすっかり日常の一部になっている。
『……時間が経つのって、早いなぁ』
そして、それは私自身も同じだ。
私だって、いつまでも初等部のままじゃない。
初等部の頃は広く感じていた校舎も、今ではすっかり見慣れた景色だ。
魔法も勉強も難しくなった。
後輩もできた。
そして何より――みんな大きくなった。
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朝。
女子寮の部屋で身支度を整える。
鏡に映る自分を見て、私は小さく首を傾げた。
昔より髪は長くなった。
光を受けると銀にも虹色にも見える髪。
宝石のような瞳。
転生した時から思っていたけれど。
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『やっぱりこの顔すごいな』
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正直そう思う。
自覚はある。
かなりある。
ただ自分で言うのは恥ずかしいから言わないだけだ。
だから周囲が騒ぐ理由もちゃんと分かっている。
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「フリー、早く行くよー」
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部屋の外からカグラの声が聞こえた。
「今行くー!」
慌てて部屋を飛び出す。
カグラもすっかり大人っぽくなった。
勉強も魔法も優秀。
落ち着いた性格で、先生からの信頼も厚い。
男子からの人気も高いらしい。
本人は全く気にしていないけれど。
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「またギリギリです」
「間に合ってるよ?」
「そういう問題ではありません」
「はい……」
少し怒られた。
教室へ向かう途中。
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「フリーちゃん!」
後ろから聞こえた声に振り返る。
ナギだった。
昔より背も伸び、体つきも少したくましくなった。
でも、優しくて少し気弱なところは変わらない。
「おはよう」
「お、おはよう」
そしてその後ろから。
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「ナギ!」
聞き慣れた声。
「勝手に先へ行くな!」
セレスだった。
金髪を揺らしながらこちらへ歩いてくる。
エルフ族らしい整った顔立ち。
風と光属性を操る優秀な生徒。
女子人気も高い。
そして本人はそれをちゃんと自覚している。
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「セレス様だ……」
「かっこいい……」
セレスはその視線に気づいたのか、女子たちへ軽く手を上げた。
「おはようございます」
にこっ。
まるで人気アイドルみたいな、爽やかな笑顔だ。
女子たちから小さな歓声が上がる。
「やはり僕の魅力は……」
セレスが小さな声で、満足そうにつぶやいた。
『また自分に酔ってるよ……』
「嬉しい?」
私が聞くと、セレスは当然のように胸を張った。
「声が重なって、私とカグラは揃って可愛らしく首を傾げた。
そんな私たちを見て、セレスは小さく息をつく。
「……一番気づいてほしい人には、気づいてもらえないんですがね」
ほんとうに、誰にも聞こえないくらい小さな声だった。
もちろん私は、そんなことを呟いていたなんて気づかなかった。
そんな時。
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「おはようございます」
静かな声が聞こえた。
レイだった。
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昔よりずっと背が高くなった。
銀髪は朝日に照らされて輝いている。
整った顔立ち。
長い睫毛。
そして相変わらず無表情。
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「レイ様だ……」
「素敵……」
女子たちの声。
「………………」
本人は全く気にしていない。
「その反応は何なんですか!」
セレスが叫ぶ。
レイがぼそりと呟く。
「……面倒です。」
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六人揃って教室へ向かう。
初等部から変わらないグループだ。
私たちは教室へ向かっていた。
みんなの話を聞きながら、私は前を見ずに歩いていた。
「あ」
誰かとぶつかりそうになる。
その瞬間。
ぐいっと腕を引かれた。
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「きゃっ」
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身体が傾く。
次の瞬間。
誰かの胸にぶつかった。
でも痛くない。
『あれ……?』
顔を上げる。
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目の前に銀色の髪。
レイだった。
私はレイの胸にぶつかっていた。
「……」
一瞬だけ思考が止まる。
『近い』
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顔を少し上げる。
すると。
レイの顔がすぐ近くにあった。
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『近い近い近い』
心臓がどくんと鳴った。
「前を見て歩いてください」
レイはいつも通りだった。
「は、はい……」
慌てて離れる。
顔が熱い。
「大丈夫ですか」
「だ、大丈夫!」
全然大丈夫じゃない。
すると横から小さな笑い声が聞こえた。
「ふふっ」
カグラだった。
「?」
「なんでもないよ」
そう言う割には、口元がにやにやしている。
「……ありがとう。」
少し俯いたままお礼を言い、私はそっとレイから離れた。
今、自分がどんな顔をしているのか分からない。
だから、レイの顔をまともに見ることができなかった。
なぜか胸の奥が、少しだけ落ち着かない。
私は俯いたまま歩き出す。
――そんな私を、レイが静かに見つめていたことには気づかなかった。
そのまま教室についたが、教室が騒がしかった。
前の方で生徒が群れている
「アスター様おはようございます!」
「今度剣を教えてほしいです!」
「今お付き合いしてるかたは?!」
いろんな声が飛び交っていた。
それでアスターお兄様がいることがすぐ分かった
私が声をかける前にセレスが大声で
「アスター様ー!」
その声に近くにいた生徒も振り向く
アスターは声の方向を見るがすぐ私に気づき
「フリー! 最近会えていないから心配したぞ。」
「悪い虫にはつかれていないだろうな?」
アスターお兄様はちらりとレイへ視線を向けた。
「お父様が会いたそうだったぞ。休みの日に帰ってあげてないのか?」
「いや、めんどうで……」
「それにお母様も、新しいお菓子がどうのこうの言っていたぞ。」
「あっ、そろそろ新作のお菓子教えてあげなきゃ。」
「まあ、そんなのはどーでもいい!」
「今日はな」
話しを続けようととしたら先生が入ってきた
「はいはい、アスターくんに群がるのはそこまで。」
「全員、自分の席についてください。」
「今日の魔法授業は課外訓練です。」
「おー!」
「えー……」
生徒たちの反応はさまざまだった。
アカネ先生は小さく微笑み、そのまま話を続ける。
「今回の課外訓練では、魔獣を討伐してもらいます。」
教室がざわついた。
「初等部ではマウッスィ、ラビッティと、段階的にレベルを上げてきました。」
「そして今回は――ブルッティです。」
「うわっ、あのでっかいやつか!」
「しかも素早いんだよな……。」
あちこちから驚きの声が上がる。
先生は生徒たちを見回した。
「皆さんはもう高等部です。」
「実力を考えれば、十分に対応できる相手でしょう。」
「ですが、もちろん全員が同じ実力ではありません。」
先生の声が少しだけ真剣になる。
「魔力に自信のない人は、無理に前へ出る必要はありません。」
「攻撃役だけが戦いではありません。」
「仲間の援護や、防御、状況の把握も立派な役目です。」
「自分にできることを考え、仲間と協力して討伐してください。」
「皆さんは、それぞれ得意なことや特性が違います。」
アカネ先生は教室全体を見渡した。
「ですから、グループごとに必ず治癒魔法が使える人を一人入れてください。」
「攻撃役。」
「援護・支援役。」
「治癒役。」
「それぞれが自分の役割を理解し、連携して戦うことが大切です。」
先生は指を一本立てる。
「強い人が一人いるだけでは勝てません。」
「仲間を信じ、役割を果たしてこそ、一つのチームです。」
「そのため、これまで以上に防御訓練と実戦形式の戦闘訓練を増やします。」
「さらに、その都度、実力を確認するための実技試験も行います。」
「えぇーーっ!」
教室中から悲鳴が上がる。
先生は苦笑しながら手を軽く上げた。
「落ち着いてください。」
「落第点をつけるための試験ではありません。」
「これは皆さん一人一人の成長を確認し、弱点を知るための訓練です。」
生徒たちはほっと息をつく。
すると先生は少し笑みを浮かべた。
「もちろん、努力した者にはそれに見合う評価も与えます。」
「試験で特に優秀な成績を収めた生徒には、学園認定バッジを授与します。」
その一言で教室の空気が変わる。
「バッジ!?」
「認定バッジって、あの!?」
「すげぇ!」
さっきまで嫌そうにしていた生徒たちの目が、一気に輝いた。
教室中が認定バッジの話で盛り上がる中、先生がパンッと手を叩いた。
「そ・れ・と。」
その一言で、生徒たちは一斉に静かになる。
「今回の訓練には、魔法省と騎士団の方々が指導役として来てくださることになりました。」
「自分に何ができるのかを考え、グループ内でしっかり役割を決めてください。」
「そしてもう分かってると思いますが第三騎士団が監視役のお手伝いをしてくれます。」
「やったーぁ」
「はい、てわグループ分けをします。」
教室のあちこちで、「誰が治癒役?」「俺は前衛!」と相談する声が上がり始めた。
グループ分けが始まると、私たちは特に相談することもなく自然と集まっていた。
気づけば、いつもの六人だ。
「やっぱりこのメンバーだよな!」
サスケが笑う。
誰も異論はなかった。
私はみんなを見渡しながら、それぞれの役割を確認する。
「私は前に出るね。」
レイも静かに頷く。
「私も攻撃を担当します。」
セレスは自信満々に胸を張る。
「攻撃なら任せろ。」
「俺も前衛だ!」
サスケも拳を握りしめる。
攻撃役は、私、レイ、セレス、サスケの四人。
そして──。
「私は後ろから援護するね。」
カグラが微笑む。
火属性は攻撃も得意だが、周囲をよく見て仲間を支えることにも長けている。
ナギも小さく手を挙げた。
「ぼ、僕も後ろから支援する……。」
「治癒は僕が担当するね。」
ナギの治癒魔法は学年でも高く評価されている。
傷を癒やすだけでなく、魔力の消耗を和らげる補助魔法も得意だ。
「よし!」
サスケがにっと笑う。
「これなら負ける気がしねぇ!」
こうして、私たちはいつもの六人で課外訓練に挑むことになった。
私たちは第三騎士団に護衛されながら、封印の森の手前にある演習区域までやって来た。
この辺りは魔物や魔樹も生息しているが、騎士団によって定期的に討伐されているため、中等部の実習にも使われている場所だ。




