第55話 再会
見学が終わると、一人の下級生がおずおずと声をかけてきた。
「フリージアちゃん……覚えてますか? イチゴです」
もじもじしながら話しかけてきたのは、可愛らしいフューマ族の女の子だった。
『……ん?』
どこかで見たことがあるような気がする。
顔をじっと見ていると、昔の記憶が少しずつつながってきた。
「イチゴ?」
一瞬、頭の中で前世の苺に変換される。
すると、目の前のフューマ族の女の子が嬉しそうに微笑んだ。
「……あっ! イチゴちゃん!」
ようやく顔と名前がつながった。
「ずいぶん前になるね! 小さい頃、一緒に遊んだよね!」
「はい!」
「ね、レイ!」
「うん。大きな滑り台で遊んだね」
「そうそう!」
イチゴちゃんが、ほっとしたように笑った。
「よかったです。覚えていてくれて」
「でも、イチゴちゃんって私とそんなに歳変わらないよね? 二つくらい下だっけ?」
「はい。二つ下です」
「……ん?」
私は少し考える。
『私たち、もう中等部だよね……?』
「ん? んん?」
イチゴちゃんを見る。
「なんで今になって?!」
「えっ」
「もっと! 早く! 声かけてよー!」
思わず、ばんばんとイチゴちゃんの肩を叩く。
「あっ、あっ……」
「フリー。イチゴちゃん困ってるよ」
「あっ、ごめーん!」
「い、いえ……その、声をかけるのが遅くなってすみません」
「なんで?」
「フリージアちゃんの周り、いつもオーラがすごくて……なかなか声をかけられなかったんです」
「オーラ?」
私はちょっとだけ周りを見渡した。
セレスの、俺様感たっぷりのキラキラしたオーラ。
レイの、淡々としているのにやたら整った顔。
ナギの、少し暗い雰囲気はあるけれど、すっとした綺麗な顔。
そして、凛とした可愛さのあるカグラ。
最後に――私。
「…………」
『……確かに、ちょっと声かけづらいかも』
そこで、ふと思い出した。
「あれ? じゃあ、お兄ちゃんたちも学園にいるってことだよね?!」
「はい。イチキお兄様は、フリージアちゃんの三つ上ですよ」
「えっ!? 会ってないよー!」
私はすぐにレイを見る。
「レイも会ってないよね?」
「いや、僕は男子寮で会ったよ」
「え?」
「何度か一緒に朝食も食べた」
「…………」
私はじーっとレイを見る。
「ちょいちょい。なんで教えてくれないの?」
「聞かれなかったから」
『そういう問題?!』
「イチゴちゃん、私とも久しぶりだね」
「えっ、知ってるの?」
「そりゃあ、王族同士の集まりとかあるからね」
「あっ、確かにそうだね」
そんな話をしていると、少し離れたところから声が飛んできた。
「イチゴー! 行くよー!」
「はーい!」
イチゴちゃんは声のしたほうを振り返ってから、私たちに向き直る。
「じゃあ、また会いましょう!」
「うん! あっ、今日のお昼、一緒にしなーい?!」
「えっ、いいんですかー?」
「もちろん!」
「じゃあ、ぜひ!」
イチゴちゃんは嬉しそうに笑い、何度も手を振りながら走っていった。
私も手を振り返しながら、ちゃっかりお昼の約束まで取りつけた。
「イチゴちゃん、かわいいよね」
「そうだね!」
カグラも素直に頷く。
「そうだ! レイ!」
「なに?」
「イチキくんにも会わせて! なんか、ちゃんと挨拶しときたい!」
「う、うん。じゃあ、お昼に呼んでみるよ」
「お願い!」
そんなやり取りをしていると、セレスが首をかしげた。
「先ほどの方は、どなたなんですか?」
私が答えようとした、そのとき。
「あの子はね、僕の国の姫君だよ」
サスケが答える。
「イチゴっていうんだ。小さい頃、僕もよく一緒に遊んでたんだよ」
「へぇ……姫君だったんですね」
セレスが、イチゴちゃんの去っていったほうを少し興味深そうに見つめた。
「そうそう。昔からかわいい子なんだよ」
「えっ! サスケも知り合いだったの!? 言ってよー!」
「いや、聞かれなきゃ言わないでしょ!」
「それもそうかっ」
私があっさり納得すると、サスケは呆れたように肩をすくめた。
その横で、ナギがイチゴちゃんの去っていったほうを見ながら、ぽつりと呟く。
「……イチゴちゃんって言うのか」
「ん?」
思わずナギを見る。
「どうしたの?」
「いや、別に」
ナギはそれだけ言って、すっと視線を逸らした。
お昼になり、食堂でイチゴちゃんと再会した。
「イチゴちゃん、こっちー!」
手を振ると、イチゴちゃんがこちらへ来てくれた。
その隣には、見覚えのない女の子もいる。
「この子、私のお友達のパレル。この子、ノヴァ6のファンなの!」
「……ん?」
「ノヴァ6?」
「何それ?」
私が首をかしげると、サスケが驚いたようにこちらを見る。
「あれ? フリー知らないの? 僕らにつけられてる呼び名だよ」
「へっ? 呼び名?」
「なんだっけな。『新星の六人』とか『輝く六人』とか、そんな感じの由来だったような……」
サスケはそこまで言って、自分で少し恥ずかしくなったのか笑った。
「言ってて恥ずかしいな、これ。ははっ」
すると、セレスが堂々と胸を張った。
「何を言う! 私のこの美しさと華麗な魔法を見れば、それくらい言われて当然だろう!」
「……いや、僕は静かに過ごしたかったよ」
ナギが小さくため息をつく。
「何を言う、ナギ!」
セレスがすぐに振り向いた。
「君の闇魔法は誰にも真似できない。それに、あれだけ膨大な魔力を持っているんだぞ」
「……」
「入学のとき、小さな球にあれだけの魔力を込めて、それでも割らなかっただろう? あれを見たときは僕も驚いたぞ!」
「……覚えてたんだ」
ナギが少し意外そうにセレスを見る。
私も同じだった。
『セレスが人を褒めた……』
そこにも驚いたけれど、それ以上に驚いたのは、あのときのナギの魔法がどれだけすごかったのか、セレスがちゃんと理解していたことだ。
『セレス……ちゃんとみんなのこと見てるんだ』
いつも自信満々で、自分のことばかり褒めているように見えるけど。
セレスの実力も、どうやら口だけじゃないらしい。
いつも自信満々で、自分のことばかり褒めているように見えるけど。
セレスの実力も、どうやら口だけじゃないらしい。
ナギは少し照れたのか、そのまま黙ってしまった。
「セレスが人を褒めたね」
カグラがくすっと笑う。
「そうだね」
サスケも頷いた。
「……なんですか、その反応は」
セレスが少し不満そうに眉を寄せる。
私はそんな三人を見ながら、そこで話を戻した。
「てかさ、由来はどうでもいいんだけど……」
改めてみんなを見回す。
「そんな名前つけられてたこと、今初めて知ったんだけど。ねぇ、カグラ?」
「あっ……私、だいぶ前から知ってたぁー」
カグラが気まずそうに斜め上を見る。
「聞いたとき、びっくりしたし恥ずかしかったー」
「なんで教えてくれなかったの!」
「だって、このメンバーと一緒にいると、こういう名前つけられるんだなぁって……」
「それ!」
サスケがすぐに食いついた。
「僕も思った! ははっ」
「そんなことないですよ!」
突然、パレルが勢いよく否定した。
「先輩方、本当にすごいんです!」
「えっ?」
「カグラさんは、いつも優雅で凛としていて、何をしてもほとんど失敗しないって有名です!」
「そ、そうなの?」
カグラが少し照れる。
「それにサスケ先輩も! フューマ族の中でも魔力の扱いが飛び抜けて上手いって! このままいけば、お兄様たちの実績を超えるんじゃないかって言われてます!」
「えっ、僕そんなこと言われてるの?」
今度はサスケが目を丸くした。
「はい!」
「ナギ先輩の闇魔法もすごいです! あれだけ膨大な魔力を、あんなに小さくまとめられる人なんてほとんどいないって――」
「……もういいよ」
ナギが少し顔を赤くして、視線を逸らした。
「えっ、でもまだ――」
「ほんとに、もういいから……」
「それからセレス先輩は!」
「ほう! 聞きましょう!」
セレスだけは嬉しそうに身を乗り出す。
「魔法も綺麗で強くて、それに立ち振る舞いも華やかで――」
「そうでしょう、そうでしょう!」
「あと、顔も綺麗で――」
「当然です!」
『こっちは止める気ないな……』
パレルちゃんはさらに続ける。
レイが静かに止めた。
「えっ、まだ話し終わってません」
パレルちゃんが残念そうにする。
次の瞬間、パレルと目が合った。
「…………」
『あ、次、私だ』
「わ、私もいいから!」
「でも!」
「ほんとに大丈夫!」
私とレイで慌てて止める。
「まだいっぱいあるのに……」
パレルちゃんは少し残念そうだった。
「……パレルちゃんは箱推しだね」
私はぼそっと呟いた。
「ん?」
サスケがすぐに反応する。
「今、箱推しって言った? 何それ? 箱を押すの?」
「あっ、いや……箱は押さない」
「じゃあ何?」
「えーと……んーとっ。箱推しっていうのは、その団体全体を推すってこと」
「全体?」
「うん。誰か一人だけじゃなくて、その団体にいるみんなが好きってこと」
「へぇー」
サスケは分かったような、分かってないような顔で頷いた。
「じゃあパレルは、僕たち全員が好きってこと?」
「はい!」
パレルは迷いなく即答した。
「これを箱推しって言うのか」
サスケは「ほぉー」と、妙に納得した顔をする。
「じゃあ、一人だけ好きなのは?」
「それは単推し」
「たんおし?」
「うん。例えばノヴァ6の中で、カグラだけが好き! とかならカグラ単推し」
「なるほどなぁ」
サスケはまた一つ新しい言葉を覚えたように頷いた。
「だって、パレルちゃん!」
「分かりました! 私は箱推しです!」
『……この世界に推し文化を広めてる気がする』
案の定、この言葉はその後、学園内でじわじわ広まっていくことになる。
『変なこと教えちゃったかも……』
そんなことを考えていると、少し遅れてレイが食堂へやってきた。
その隣には、レイより少し背の高い少年がいる。
「あっ、お兄ちゃん!」
イチゴちゃんがぱっと顔を明るくした。
「遅いよー!」
「ごめん、遅くなった」
少年はそう答えながら、ちらっと私を見る。
そのまま私の向かいに座り、レイも隣へ腰を下ろした。
私は少年の顔をじっと見る。
『……面影あるかも』
「お久しぶりです。イチキ……くん?」
「はい。お久しぶりです、フリージア様」
「やっぱりイチキくんだ!」
昔会ったときよりずっと背が伸びていて、一瞬分からなかった。
「大きくなったねー!」
「フリージア様もです」
「そりゃそうか」
お互い何年も経ってるんだから、当たり前だった。
「イチキくんが先輩なんだから、敬語やめてよ」
「普通でいいよ」
「う、うん……」
なんだか妙にぎこちない。
「違うよ、フリージアちゃん」
イチゴちゃんが、にやにやしながら口を挟む。
「お兄ちゃん、緊張してるの!」
「え?」
「フリージアちゃんが、あまりにも美人になってるからだよ。ふふふ」
「イチゴ! 余計なこと言うな!」
「ほら〜、顔赤い!」
「赤くない!」
『……ほんとに赤い』
私は思わず笑ってしまった。
「でも、お兄ちゃんにはフリージアちゃんは無理だよ。もう決まってるからっ」
「……分かってる」
イチキくんは少しむっとしたように答える。
「それに、僕には許嫁がいる」
「えっ、そうなの?」
私が驚いていると、サスケが横から不思議そうに口を挟んだ。
「じゃあ、なんでそんなに緊張してるの?」
「それとこれとは別だろ!」
イチキくんの顔がまた少し赤くなる。
「ほら〜! やっぱり赤い!」
「イチゴ! うるさい!」
兄妹のやり取りを見て、みんなが笑った。
「そうだ! あのでっかい滑り台、まだある?」
ふと思い出して聞くと、サスケがすぐに反応した。
「ああ、城の裏にあるやつね。まだあるよ。今でもオレら普通にやるもん」
「えっ、何それ?」
カグラがぱっと食いついた。
「滑り台? でっかいって、どれくらい?」
イチゴちゃんが少し考える。
「んーと……あれ、城と同じくらいの高さはあるかなー」
「えー! すごい! 私、行ってみたい!」
「おいでおいで!」
イチゴちゃんが嬉しそうに笑う。
「それなら、今度の冬休みあたりに来たらどうです?」
イチキくんがそう言うと、サスケもすぐに乗ってきた。
「おっ、それいいね!」
「じゃあ、みんなで行こうよ!」
カグラが楽しそうに声を上げる。
「ナギもセレスも、みんなだよ!」
「……僕も?」
「もちろん!」
「私は当然行きますよ。そんなに大きな滑り台なら、この私が華麗に滑ってみせましょう!」
『滑り台まで華麗に滑る必要あるの……?』
でも、気づけば話はすっかり冬休みの予定になっていた。
「じゃあ、本当にみんなで行こうよ!」
「うん! 絶対楽しいよ!」
「案内なら任せて!」
イチゴちゃんも嬉しそうに身を乗り出す。
いつ行くか、何日くらい泊まるか。
そんな話まで始まって、私もすっかりその気になっていた。
『久しぶりのトーキアかぁ。楽しみ!』
――だけど、その計画は思ったより簡単にはいかなかった。
冬休みが近づくころには、みんなの家から次々と許可が下りなかったのだ。
理由は、各地で増えている魔獣だった。
「えぇー……」
カグラが残念そうに肩を落とす。
「せっかく楽しみにしてたのに……」
「仕方ないよ。今は国を跨いで移動するのは危ないってことだろ」
サスケもそう言いながら、かなり残念そうだった。
ナギもセレスも許可は下りなかったらしい。
『まあ……お父様たちからしたら、遊びに行くために今この状況で国を跨ぐなんて許せないよね』
分かってはいる。
分かってはいるけど――。
『行きたかったなぁ……』
そんな少し残念な気持ちを抱えたまま、冬休みもあっという間に過ぎていった。




